*こちらで書いているお話はフィクションです。
登場人物は実在の人物の名をお借りしていますが、
ストーリーは作者の創作によるものです。

 

 

 

 

 

 

 

3.




あれは…一年前の夏だった。
大学を中退して、バイト三昧の日々だった。
色んなバイトを経験したけど、
どれも長続きしなかった。
とにかく僕は稼ぎたかった。
だけど、学歴も中途半端な僕がまともに稼げるはずもない。
それで、僕は…安易に水商売の世界に入った。
元々、愛想がいいわけでもない。
口下手だし、心にもないことは口が裂けても言えない不器用なタイプだ。
そんな僕が、ホストなんてできるわけなかった。


「ふざけんな!いい加減にしろよ!」


客を怒らせることはしょっちゅうで、
先輩ホストからは毎日のように殴られた。
その日もまたさんざん殴られ、ゴミ捨て場で蹲っていた時…


「君、ホスト?」


声をかけられ見上げると…
街灯の眩しい光を背に、誰かが立っていた。


「え…まあ…」


「大丈夫?ずいぶん殴られてたけど。
でも、さすがだね。顔は殴らないんだ。
暴力はいけないけど、あのホストたちプロ意識高いね」


僕を心配してくれているのか?それとも…
僕を殴った先輩たちを褒めるなんて。
なんだか胡散臭いと思った。


「大丈夫です!店に戻らないと」


僕は立ち上がり、安物のスーツについた土を払った。
夜の街には、こういう胡散臭い連中は山ほどいる。
言葉巧みに話しかけて、
ホストなんかよりもっとヤバい仕事に誘い込もうとする連中が。
バックにヤクザがいたりなんかして…
こういうのには関わらないのに限る。


「あ、ちょっと!君、稼ぎたくない?」


ほら、きた!やっぱりそういう輩なんだよ。


「結構です!いまの仕事で十分…」


「そんな風には見えないけど?
そんな安物のスーツ、髪もボサボサで…
君に客がつくとは思えないけど?」


そう言って、男はぐっと僕に近づいた。
その男は…


「え?女?!」


驚いて声を上げた僕に、


「ふふ。よく言われるよ。
でもね。俺は正真正銘の男だよ。
なんなら確かめてみる?」


男は僕の手を掴み、股間に持って行こうとした。


「や、やめて!こんなとこで!」


僕は慌てて男の手を振りほどいた。
男は長い睫毛に縁取られた大きな瞳を向けて


「やっぱり。君、ゲイだよね?」


「はあ?!」


隠していた秘密を…いとも容易く見破られた。
男はニヤリと笑って


「俺の名前はキム・ヒチョル。
君みたいな子を探してたんだよ。
俺の事務所の…正社員にならない?
健康保険も年金も保障するからさ」


僕はぐうの音も出なかった。
慣れないホストなんかよりは…
どっちかと言えば女ごころがわかる僕としては、
ホストで女の子に貢がせるのは気が引けてたし。


「シム…チャンミンです。
よ…よろしくお願いします」


それが…僕と社長との出会いだった。
社長の仕事は、簡単にいえば「何でも屋」だった。
テナントも疎らな雑居ビルの5階に、
「KH企画」なる胡散臭い事務所を構えていた。
その雑居ビルは、社長のおじいさんから譲り受けたものらしく家賃はタダ。
仕事の内容は主に「人材派遣」だ。
社員は僕の他にもいるらしいけど、会ったことはない。
社長に呼び出された時だけ事務所に行くシステム。
僕の仕事は、結婚式での友人役のサクラや「恋人代行」が多い。
身長185cm、細身でわりとはっきりした顔立ち。
どの仕事も僕の容姿が武器になる。
昨夜の仕事も…
大学時代の友人たちに、容姿や実家のことでバカにされてる女の子。
スクールカーストっていうの?
就職して「素敵な彼氏ができた」って言っちゃって…
実際は彼氏なんていないけど、引っ込みがつかなくなってしまった。
そこで、うちの事務所に「恋人代行」の依頼があったってわけ。
一夜限りの恋人でしかないけど…
それで彼女を見る周囲の目が変わり、本人が満足できればいいよね。
僕のレンタル料金はわりと高め設定だけど、それでも仕事の依頼は絶えない。



「おお、チャンミン!連日すまないな。
実は…大口の仕事が入ったんだよ」


社長から連絡があって、僕はまた事務所へ向かった。
心なしか社長の顔色が悪いのは…気のせいかな?


「大口って…どういう意味ですか?」


「時間制じゃなくってさ。三日間、チャンミンをレンタルしたいそうだ」


「三日間?!旅行の同行かなにか…ですか?」


それは、いままでにないパターンの依頼だった。