*こちらで書いているお話はフィクションです。
登場人物は実在の人物の名をお借りしていますが、
ストーリーは作者の創作によるものです。
1.
たとえば…
僕が「恵まれた家庭環境」で育っていたら?
仲の良い両親。郊外の一軒家。
大学に通って、サークルなんか入って。
週末には友達とクルマで海へ行ったり。
そのうち恋人なんかもできたり。
恵まれてなくってもいいんだ。
ただ、「普通」の二十歳でいられたら…
こんなところで、こんな風に…
耳を塞ぎたくなるような大音響のダンスミュージック。
酒とたばこと香水の咽るような匂いの中、
なんの生産性もない時間を消費することもなかったんだろうな。
いや、生産性は…ある。
だって、僕は「コレ」でなんとか食いつないでいるわけだし。
「ねえ、飲んでるぅ?」
「あ、うん…相当酔ってるみたいだけど…大丈夫?」
「へへ…今日は気分がいいの。
だって…こんなカッコいい『彼氏』
みんなに見せつけてやったんだもん」
「はは…ははは…」
「彼女」はそう言って僕にしなだれかかった。
ふと視線を感じる。フロアで踊っている彼女の友達がこちらを見てる。
「もう…弱いのに飲み過ぎだよ」
僕は視線を意識しながら彼女の髪を「わざと」やさしく撫でた。
「ねえ。こっちで一緒に踊ろうよ」
友達のひとりが声をかけてきた。
なんていうんだろう…
きっと、世間一般の男はこういうタイプの女の子が好きなんだろうな。
僕の拳ほどしかないような小さな顔、カラコンの大きな瞳に涙袋。
ツンとした可愛い鼻筋にサクランボみたいな唇。
ガーリーさ満点のミルクベージュのロングヘア…
肩先を出したトップスにタイトなミニスカート。
世の中の大半の男は、こんな潤んだ瞳と笑顔で誘われたら…
イチコロなんだろう。
でも…そんなマヤカシは僕には通じない。
「ごめん。もう帰るよ」
「え?」
「酔いつぶれてる彼女を放って踊ってなんていられないでしょ?
送ってかないと。『彼氏』として当然だから」
僕は彼女の肩を抱き、バッグを持って店を出た。
店を出た時には、もう彼女はふらふらで…
それでも、店の外までご丁寧にお見送りしてくれるお友達の手前もあって、
タクシーを拾い、僕も一緒に乗りこんだ。
《どこまで見てるんだよ。しつこいなぁ…》
後部座席からチラッと店の方を振り返ると、
彼女の友達がタクシーの行方を凝視していた。
「運転手さん、KHビルまで」
「はい。ああ…酔いつぶれちゃったんですね?
大丈夫ですか?」
人の良さそうな年配の運転手がルームミラー越しに苦笑いした。
彼女は完全に意識を失い、僕の膝で眠ってしまった。
「ええ…たぶん…寝たらスッキリすると思います」
「失礼ですけど…彼女さん?」
遠慮がちに運転手が訊ねた。
「いいえ。違います」
僕のきっぱりとした口ぶりに、
運転手は肩を竦め、申し訳なさそうに頭を下げた──
「おい!チャンミン、どうしたんだよ?!」
「いいから手伝ってよ。重い…っ」
僕は「彼女」を背負いながら、事務所のドアを開けた。
酔っ払いっていうのは、どうしてこんなに重いんだ?!
事務所のソファーになんとか「彼女」を寝かせた。
「社長、水!」
「あ、ああ。水な。水、水…」
社長から渡されたペットボトルの水を一気に飲み干し、
僕は生き返った心地になった。
「はぁ…疲れた…」
「どういうことだよ。依頼人を事務所に連れてくるなんて。
ここまでするんなんて…どういう風の吹き回し…」
「そうだけど…予想外に酒に弱かったんだよ。この子が。
いつのまにかめっちゃ飲んでて…
酔いつぶれちゃって、家も知らないしさ。
僕のアパートに連れてくのもヤだからさ。
ここに連れて来るしかなかったの!」
「うう…ん」
社長は困った様子で髪を掻きむしった。
「だから…起きるまでここで寝かせてあげてよ。
あんなにはしゃいで、飲んで…
すっごくストレス溜まってるみたいだから。
羽目外したワケだって、わからなくもないし」
「うん…まあ…」
社長は…生返事で宙を見上げた。