*こちらで書いているお話はフィクションです。
登場人物は実在の人物の名をお借りしていますが、
ストーリーは作者の創作によるものです。

 

 

 

 

 

 

 

《最終話-後編》

 

 

 

「おや、おまえたち。どうしたんだい?」


ふだん小雀のように騒がしい子供たちが、
水を打ったように静まり返って項垂れている。
老師は驚いて、子供たちの顔を覗き込んだ。


「だ、だってぇ…可哀想なんだもん!
ねえ、ユンホは死んじゃったの?」
「ユンホは『しんじつのあい』を見つけたんでしょ?
嘘もついてない!正しいことをして、どうして死刑になるの?」
「やだ、やだ!ユンホが死ぬなんて!
チャンミンはどうしたの?どうして助けにきてくれないの?!」


堰を切ったように、子供たちは泣き叫んだ。
痩せた体を、手加減なしの子どもたちに力いっぱい揺さぶられ、
老師は目を白黒させて慌てた。


「お、落ち着くんじゃ!そんなに揺さぶっては、わしの脳みそが溶けてしまうじゃないか!」


老師が宥めると子供たちは鼻をすすり、
涙でぐちゃぐちゃになった顔で


「だって…ユンホが死んじゃったぁ!」


「おお、よしよし。安心しなさい。
この話はこれで終わりではないから」


「本当?!」


「泣いたカラスがもう笑った」とは、よく言ったもので…
流した涙の痕を頬に残しながら、子供たちは瞳を輝かせた。
老師は、そんな単純で純粋な子供たちが可愛くて仕方ない。


「ああ、本当だとも。
ユンホを乗せた舟が沈んだことを確かめると、
従事官や兵士たちは池から引き揚げた。
ユンホを吞み込んだ千丈池は、不気味な静けさに包まれた…」


ぷつん、ぷつん、ぷつん──


池の底から小さな泡が吹き出し、
ひとつ消えては、また吹き出してくる。
吹き出した無数の泡は、やがてどんどん大きくなり…
池の水は煮え湯のようにぶくぶくと泡立った。


「そして…池の水が波立ち、それにつれて地面も揺れ始めた。
池は山奥にあったが、その麓の村の民たちは恐ろしさで震えあがったそうじゃ。
女や子供たちは恐ろしくて家の中で身を寄せ、
男たちは天変地異だと山のほうを見て、呆然と立ち尽くした」


やがて、池の方角から水柱が渦を巻いて天に昇るのが見えた。
村人たちは地面にひれ伏し、


「あれは…千丈池のほうじゃないか?!
今日もまた、偉いお医者様が処刑されたという噂じゃ!」
「祟りだ!長年、千丈池に罪人を沈めてきた…
その祟りが出たんじゃ!!」
「村が…村が呑み込まれる!」


口々にそう言って、大の男たちも震えあがった。
大人たちは村の寺に駆け込み、和尚とともに仏に祈った。
山から天を突きさすように伸びた水柱は、
勢いを増し、どんどん大きくなった。


「あっ!あれ…すごい!とうちゃん、あれはなに?」


小さな子供が空を指差し、父親に訊ねた。
子供の声に、大人たちは怖々空を見上げると…
水柱がまるで…大きな怪物のような形で空に聳え立っていた。


「あれは…龍の形ではないか?」


「龍?和尚様、龍って…」


和尚は古い巻物を取り出し、龍を知らない村人たちに見せた。
巻物に描かれた墨絵の龍を見た子供は、


「そうだよ!龍だよ!
池で死んだ人たちが龍になったんだよ!」


「そうかもしれぬな。
怖がることは無いのかもしれん。
龍は神の使い…何もしない人間に危害を加えたりしない。
罪人の魂が成仏しようとしておるのだろう。
それとも、龍が迎えに来ているのか…
皆で手を合わせ、来世を祈ってやろうではないか」


和尚の導きで、村人たちは水柱に手を合わせた。
すると、心は徐々に鎮まり…虞の気持ちはどこかに消えていった…


「見て…あの龍、羽があるよ。
大きな羽を広げて、空に向かって飛んで行くみたい!」


子供たちが聳え立つ水柱に手を振ると、
透明な水の龍は、大きな翼を広げて青い空に飛び立っていった──


「老師さま、それって…チャンミンが?」


「ああ、そうじゃ。わしは…
チャンミンがユンホを迎えにきたのだと思っておる。
チャンミンは、龍族の王子として相応しい魔力を身につけ…
愛するユンホを迎えに来たのだと。
いまでも、どこかに真朱の湖は存在しておるはずじゃ。
その湖の底の世界では、ユンホとチャンミンが仲睦まじく暮らして居る…と」


「本当?!」


「齢100年を生きておるわしが言うのだから間違いはない。
そうだ。おまえたちだけに…こっそり教えてやろう。
実は、ユンホとチャンミンは…」


.........................................


「チャンミン、支度は出来た?」


「ああ、もう少し。髪飾りがうまくいかなくて…」


「私がつけてあげよう」


そう言って、ユンホはチャンミンの髪に紅い真珠で拵えた簪をさした。


「きれいだよ。チャンミン…
龍王としての風格も増して、日ごとに美しさが磨かれるようだ」


ユンホの手を取ると、チャンミンは赤く染まった頬を寄せた。
あの時、ユンホを置いて湖に戻ったチャンミンは、
魔力を取り戻し、父王から龍王の座を譲り受けた。
異界の者を救い、永遠にともに暮らすためには…
チャンミンが強い龍王となるしかなかった。


「間に合ってよかった…あのままユンホを見殺しにせずに済んだ」


そして、ユンホは…
湖底の世界の住人となるべく、人間としての人生を閉じる必要があった。
ユンホの魂は転生し、チャンミンの元へと還ってきたのだ。
人間界での罪や穢れをすべて禊ぎ、ユンホは生まれ変わった。


「チャンミンが迎えにきてくれて…私はどれほどうれしかったか」


「翼をもつ龍は無敵なのだ。ユンホのため、私はそうなれた。
もう…私たちはけっして離れることはない。永遠に…」


今日は龍王として、チャンミンが真朱の恵みを人間たちに与えるめでたい日だ。
すっかり大人になったユタやロロ、チソンアたちも笑顔で側に控えている。
パラムはよき側近となり、チャンミンを支えていた。
美しく着飾ったチャンミンは微笑み、夫のユンホは麗しい妻に口づけた。
今日もどこかにある湖で…紅い真珠が心清き者を潤している──


「あっ、しまった!ちょっと待ってくれ!」


「もう遅い。そなたが鈍くさいのだ。はっはっは」


大ナマズは髭を撫でて得意そうに笑った。
チャンミンの父王は…天に昇り、神龍となった。
今日も大ナマズと碁を打ちながら、
のんびりと真朱の湖を見守っている──


「昔々、二人の美しい若者がおってな。
それは、それは…魂で結ばれ、愛し合っておった…」


その後──
時が経ち、ユンホやチャンミンのことなど忘れ去られ…
シュリ王女は隣国の王子とめでたく婚礼の儀を行なった。
偕国王と王妃の間は…新たに男の子を授かった。
その子は、クンの生まれ変わりとして…
「タシ(もう一度)クン」と名付けられ、大切に育てられた。
ユンホの父は出家し、いつまでもユンホとチャンミンの幸せを祈ったという。


昔々、朱く染まる湖の恋人たちのお話…



《完》



*最後までお付き合い下さりありがとうございました♡