*こちらで書いているお話はフィクションです。
登場人物は実在の人物の名をお借りしていますが、
ストーリーは作者の創作によるものです。

 

 

 

 

 

 

《思ひ、繚繚》



ユンホが高熱を出して三日目の夜──
寝ずの看病をしていたシュナがユンホの傍らを離れた。


「シュナ?」


「申し訳ございません。
このようにユンホが高熱を出したのも…
私のせいなのです!」


シュナの言葉の意味が理解できないユンホの父は、
訝しげな眼差しで、


「どうしてそなたのせいだと言うのだ?
不眠不休の看病で疲れているのだろう。
ユンホは私が見ているから…シュナは休みなさい」


「いいえっ!
私が…禁忌を犯し、旦那様を愛してしまったばかりに…
そして、ユンホは生んではならない子であったというのに…
私は世界の理を歪める恐ろしいことをしてしまったのです!」


シュナは床にひれ伏し、泣き崩れた。


「やはりそなたは疲れているのだ。
どうしてユンホを生んではならなかったと…
そのように悲しいこと言うのだ?
ユンホは…私たちにとって可愛い、かけがえのない宝ではないか?」


「ええ、そうです!ユンホは…
命に代えても惜しくない大事な子です。
旦那様と私の愛の結晶です!
そのユンホを…母である私が苦しめているのです。
だから…私は…私のすべてを懸けてユンホを守ります!」


そう言うと、シュナは外へ飛び出した。


「待ちなさい!もう夜も遅い。
こんな時間にどこへ行くというのだ?!」


「行かなくては!
これを乗り越えることができたなら…
ユンホは必ず命を永らえることができます!
私しか…ユンホを助けてやることはできないのです!!」


「シュナ!」


ユンホの父の制止を振り切り、
小雪の舞い散る闇の中をシュナは走り出した。


「シュナ!待つんだ!!」


熱に魘されるユンホを放っておくことも出来ず…
ユンホの父は、暗闇を睨んで立ち尽くすしかなかった。



「一晩中、降り続いた雪が止み…
東の空に朝焼けが見えた頃、ユンホの熱はすっかり下がっていた。
熱が下がったことを見届け、私はシュナを探しに行った。
あの雪の中、どこへ行ったのか…
下男たちも一緒に探したが見つからない。
私は、ふと…シュナがよく佇んでいた川を思い出した。
悲しい瞳で川面を見つめていた、あの川だ。
急いで向かうと…あの凍てつく寒さの中、水垢離をしたのか…
シュナの体は水に濡れ、川岸に倒れていた」


「母上は…?!」


ユンホの父は静かに首を横に振った。


「私が駆けつけた時には、もう…」


「自分の命と引き換えに…私を守って下さったのですね…」


大粒の涙がユンホの膝を濡らした。
チャンミンは静かに…シュナの冥福を祈るように目を閉じた。


「不思議だったのは…あれほど冷たい雪の夜であったのに、
シュナの体はまったく凍っていなかった。
冷たくなってはいたけれど、肌の感触も表情も…
まるですぐに生き返るように綺麗だった。
そして…菩薩のような笑顔さえ湛えていた。
私はシュナの…母の深い愛情に心が震えた」


じっと聞き入っていたチャンミンが、
ふとユンホの父に訊ねた。


「やはり…お母上は…龍の化身であると?」


「はい。あの鱗はたしかに龍のものであると…
いまになって確信いたしました。
ユンホが持っていた鱗は、シュナと一緒に荼毘に付しました。
煙が白い龍のごとく天に舞い上がるのを見て、
シュナが異世界の者であったかもしれない想いも、
ユンホの出生の秘密も…
すべてを封印しなくてはいけないのだと。
そういう気持ちに駆られたのです。
長い間、閉じ込めていた思いを解放するきっかけは…
龍王様の来訪でした。王子、貴方様の父上です」


「ああ…やはり…では、ユンホは…人間と龍の?」


ユンホの父は黙って頷いた。
チャンミンは思った。
ユンホの母、白龍のシュナは自分と同じ龍族だった。
父の龍王はユンホを見て…
人間と龍の間に生まれたのだと、
微かにでも感じていたに違いない。
龍族は同族の繋がりを重んじる。
ユンホの母、シュナのことも…
龍族の王である父は、どこかで知っていたに違いない。


「だから…父王様はユンホの父上に秘薬を授けたのだな。
その昔、同族の白龍が世話になったと…」


強く慈悲深い父王は…
自分が龍族の血を引くユンホを連れてきたことに、
大いに悩み苦しんだのだと…
チャンミンは改めて思い知った。
異世界に棲む者が愛し合ってはいけない。
種を乱し、運命を狂わせることになると…


「父王様…」


父は…ユンホと自分の愛を許してくれるのだろうか?
畏れていた父の存在が、
チャンミンの中で、懐かしく愛おしいものに変わった瞬間だった…