*こちらで書いているお話はフィクションです。
登場人物は実在の人物の名をお借りしていますが、
ストーリーは作者の創作によるものです。

 

 

 

 

 

 

《長い旅の終わり》



響き渡る触れ太鼓の音に、
宮殿内にいた人々が大門に集まって来た。
ずるずると地面を引きずる鎖の音がだんだん近づいて来る。
今日、髑髏島に送られる罪人はハヤンだけでない。
宮殿内の地下牢に留め置かれていた罪人たち、
政治犯、横領犯、殺人犯──
比較的身分の高く、
罪を犯した貴族や豪族などがハヤンと一緒に島に送られるのだ。
ユンホは胸の苦しさを押さえ、大門に駆けつけた。
人垣をかき分け、罪人の列の最後尾を歩くハヤンを見つけた。
身に着けた白い衣はぼろぼろで血が滲み、
美しい金色の髪は色褪せ、肌は埃にまみれていた。
細い足首に太い鉄輪が食い込み、
両足は鎖で結ばれ何度もハヤンはよろめいた。
ユンホは悲しみのあまり声が出なかった。
だが…このままでは…
勇気を振り絞り、ユンホは叫んだ。


「ハヤン先輩!ハヤン先輩!」


聞こえていないのか、それとも無視しているのか。
ハヤンは俯いたまま、その表情は見えない。


「先輩!必ず…先輩を都に戻して差しあげます!
こんなのはおかしい!先輩に罪はありません!!」


ユンホは声を張り上げた。
集まった人の波が揺れ、
ユンホは罪人の列に押し出される格好になった。


「先輩!」


ハヤンの肩を掴むと、
死んだような目に光が宿った。


「ユンホ、いけない!
こんなことをしては…君まで罪を犯すことになる!
いますぐ戻りなさい!俺から離れるんだ!」


「いいえっ、先輩。
先輩は間違っていません!
先輩が同性しか愛せないのは…罪なんかじゃない!
生まれ持った宿命なのです。
先輩は仰ったじゃないですか?
誰かを愛する、愛されることは素晴らしいことだと!
私もそう思います!
たとえ…身分や生まれた世界が違っても…
たとえ…それが男でも女でも!」


「ユンホ…」


ハヤンはそれまでの生気を失った瞳ではなく、
西域の血を引く澄んだ青い瞳でユンホを見た。
そして、ユンホの耳元に囁いた。


「ユンホ…君は…
チャンミンとの愛を貫いてくれ。
俺のようなしくじりはするなよ。
二人の気持ちがしっかりと結ばれていれば…
いずれ必ず…愛は成就する」


微笑んだハヤンは、
ユンホが慕い、憧れであった麗しい姿だった。


「何をしている!
医官殿、いけません!」


髑髏島まで引率する衛兵がユンホをハヤンから引き離した。


「行くぞ!遅れるな」


衛兵はハヤンを引きずり、
乱暴に列に戻した。


「ハヤン先輩!」


振り向いたハヤンは…
ユンホを見つめ何度も頷いた。
やがて、罪人たちの列は大門を出て行き…
見物していた者たちは、
蜘蛛の子を散らすように居なくなった。
大門の前に呆然と、ひとり立ち尽くすユンホ。
すべてを見守り、近づいてきたのは…


「ユンホさん…」


振り返るとチャンミンがいた。
ぼんやりした思考が徐々に晴れていく。
感じていた違和感の正体が何なのか──
重い扉がゆっくりと開くように、
ユンホの中で愛しさが解放されていく。


「チャンミン…」


そうだ…
自分が初めて愛したのは…
あの美しい真朱色の湖の王子だった。
栗色の長い髪、光を集めた鳶色の瞳…
小さく愛らしい友、薄紫のジャカランダ、空を舞う魚の群れ…
いま…ユンホの記憶が色鮮やかに戻って来た…


「チャンミン!」


失くした宝物を見つけた少年のように…
ユンホはチャンミンを抱きしめた。


「ど、どうしたのですか?こんなところで…
誰かに見られたら…」


「チャンミン。よく顔を見せて」


柔らかな手がチャンミンの頬を包む。
ユンホの黒い瞳にはチャンミンだけが映っていた。


「チャンミン…ごめん…
私を探しにきてくれたんだね?」


「えっ…ユン…」


「ユンホと…いつものように呼んでほしい」


「まさか…記憶が?!私が…わかるのか?」


チャンミンの長い髪に顔を埋め、ユンホは静かに頷いた。


「嘘…どうして?」


「長い間閉じ込めていた気持ちを素直に口にしたら…
私には心から愛していたひとがいることを思い出した。
何度も何度も同じ思考を辿ったら…
龍族の王子、チャンミンと愛し合った日々を思い出した!」


「ああ…ユンホ…!!」


二人を苦しめた長い呪縛が…ついに解かれた。