*こちらで書いているお話はフィクションです。
登場人物は実在の人物の名をお借りしていますが、
ストーリーは作者の創作によるものです。
《不如意》
「そんな…先に好きになったのはコムではありませんか!」
あまりにも理不尽で、
ハヤンにとって不利な状況にユンホは憤った。
「どちらが…なんてことはどうでもいいんだ。
俺もコムを愛していた。それは変えようもない事実だ。
コムが清童でなくなったのは…俺がそうしたからだ。
俺は、このままの関係でいいと思っていた。
ずっとこうして…
俺が年を取って医官を退官したら、
どこか遠くの鄙びた海辺で暮らそうと思っていた。
その時はコムも一緒に…」
「コムには?」
「言ったよ。だが…待てないと言われた。
コムは…あまりにも若い。そして…幼すぎた。
そんなコムに夢中になっていた俺が悪い。
すべて…俺が悪いんだ」
ユンホは唇を噛みしめ、必死に首を横に振った。
「違います!ご自分だけ責任を感じないでください!
トウヤ先生や医務庁の医官たちは、
皆ハヤン先輩の人柄を知っています。
誰かの体や心を弄ぶような人ではないと!
嘆願書を偕王様に上奏します!
ハヤン先輩とコムは純愛であったと」
「ユンホ、やめておけ。
君まで無実の罪を着せられてしまうかもしれない!
俺がこうなってしまったせいで…
すでに父上や母上、兄たちの顔に泥を塗ってしまった。
親孝行どころか…俺は本当に愚かな息子だ。
俺のような者はいない方がいい。
…死を賜っても仕方ないと思っている」
「やめてください!」
声を殺し、ユンホは鉄柵越しにハヤンの腕を強く掴んだ。
「ハヤン先輩は…もうコムを愛していないのですか?」
「…愛している。コムがあんな行動に出たのは…
俺を愛するがゆえだと思っている」
「だったら!二人で逃げて下さい!
この国の外へ…どこか遠い国へ…」
その時だった。
真っ暗だった牢部屋が一斉に明るく照らされた。
驚いたユンホが振り返ると、
そこには口元を布で隠した数名の王警隊が立っていた。
王警隊は、宮殿の中での潜入捜査も行う。
ある時は衛兵、ある時は厨の料理人、
そして…医官の中に紛れることもある。
それゆえ、正体を知られぬよう覆面をしているのだった。
「ユンホ殿、そこまでです」
「うっ…」
「牢番を眠らせたのは貴方様ですか?
そこまで為さるとは…
我々は、貴方様とハヤン医官の関係を見縊っておりました。
ただ、親友としての最後に会いたいと。
それだけのことと考えておりました。
もし、これ以上…我々の任務を邪魔されるのであれば…
王女様の婚約者として見逃せることも、
見逃せなくなりますよ」
王警隊の一人が、ユンホに敬意を払いながらも…
毅然とした口調で鋭い視線を向けた。
「我々はユンホ様の動きを注視しておりました。
ハヤン医官を兄とも慕っておられたことも…
もちろん、承知しておりましたので」
ユンホは背筋が寒くなった。
王警隊は…罪人であるハヤンの身辺をつぶさに探っていたのだ。
「従事官殿!ユンホは関係ない!
君たちの言うように、俺に最後の挨拶をしたかっただけだ!」
「ですが…ユンホ殿は医官殿に逃げろと唆したのでは?」
「ユンホはそんなことは一言も言っていない!
君たちが聞き違えただけだ!
さあ、ユンホ!さっさと出て行ってくれ!
君からの最後の挨拶は受けた。もう思い残すこともない」
「先輩!」
ユンホの両脇を王警隊が抱えた。
抵抗しても屈強な彼らに敵うはずもない。
「ハヤン先輩!」
ハヤンはユンホの叫びに背を向けた。
藻掻くユンホの耳元で従事官が囁いた。
「お静かに。本来なら王様に報告せねばなりませんが…
今回だけは目を瞑って差し上げます。
以前、私の部下が貴方様に難しい病を治していただきました。
その礼です」
王警隊はユンホを地下牢の入り口まで連れて行き、
厚くて重い扉を閉めた…
「ユンホさんっ!」
チャンミンが茂みの中から駆け出してきた。
「待っていてくれたのか?
こんなに夜露に濡れて…」
「医官様には会えたのですか?」
「ああ、会えたよ。チャンミンのおかげだ。
君にはいつも助けられている。本当に…」
そう言って、ユンホはチャンミンを抱き寄せた。
チャンミンは、首筋に温かいものが伝うのを感じた。
《ユンホ…泣いている?》
その涙で、ユンホがハヤンと決別したことを悟った。
チャンミンはユンホの背中に腕を回し、
まるで幼子を宥めるようにそっと擦った。