*こちらで書いているお話はフィクションです。
登場人物は実在の人物の名をお借りしていますが、
ストーリーは作者の創作によるものです。

 

 

 

 

 

 

《核心》



潤んだ瞳は漆黒の宇宙を映していた。
奥底知れない闇…
その先は極楽なのか?それとも…
ユンホの黒い瞳の中に一粒の月が浮かんでいた。
吸い寄せられるように、
チャンミンはユンホと唇を重ねた──


「!?」


ユンホの動揺が、
重ねた唇からチャンミンに伝わった。
きっと、いま…
ユンホは黒い瞳を瞠り、
何が起こっているのか必死に理解しようとしているはずだ。
年も身分の下の幼い少女…
王女の女官から突然、接吻をされたのだから。


《ユンホ、私を拒むなら…
思いきりここで突き飛ばしてくれ。
そうすれば私は再び井戸に落ち…
そのまま水脈を通って湖底の世界へと帰る。
ううん。帰れなくてもいい。
龍族の掟を破った私は、
このまま水脈の泡となっても悔いはない。
こうしてそなたの…温かい体温を感じながら果てていけるのなら》


ユンホがチャンミンの両肩を強く掴んだ。


《突き放される!》


チャンミンは怖くて、固く目を瞑った。
すると…
ユンホの腕が背中を抱き寄せ、
チャンミンはすっぽりとユンホの腕の中へと納まった。
数秒の出来事だったが、チャンミンには永遠に感じられた。
やがて、熱に浮かされた接吻は解け…
ユンホは、チャンミンの潤んだ赤い目元をじっと見つめた。


「チャンミン…」


「ごめんなさい。私…」


咄嗟に謝った。
だが…チャンミンの胸には、後悔も疚しい気持ちも…
微塵もなかった。
申し訳ないと思ったのは…
ユンホの心を乱してしまったことだけだった。


「私、なんてことを…
ユンホさんは王女様の婚約者でいらっしゃるのに…
どうか、このことは秘密にしてください。そうでなければ…あっ!」


ユンホがまたチャンミンを引き寄せた。


「な、なにを?!」


「このまま…しばらくこのままでいてくれないか?」


「えっ?」


ユンホはチャンミンの髪に頬を埋め、
何度も大きく息を吸った。


「私は…いまにも倒れてしまいそうなのだよ。
考えてみれば、山の中で気を失っていたあの時から、
私の運命はめまぐるしく変わっていった。
その速さに…私自身が追いついていないんだ。
クン王子様のご逝去、婚礼の延期…
あまりにも大きな出来事に飲み込まれて、
こうして立っているだけでもやっとなんだ」


「ユンホ…さん?
なぜ、そのようなことを私に?」


頑是ない少女の瞳に、
ユンホは我に返った。


「すまない!謝らなくてはいけないのは私のほうだ。
つい…君といると…」


ユンホはチャンミンから離れ、
井戸の側にある梅の木に凭れかかって項垂れた。


「正直に言うと…私は女人を心から愛したことがないのだよ。
王女様と婚約を交わしたのも…
父や恩師、周りの勧めが大きく心を動かした。
いや、そんな言いぐさは王女様に失礼だね。
王女様の活発さ、明るさ、強さ…
私にはない、眩しいほどの光に惹きつけられたと思う。
でも、戸惑うことも多くて…
自分の気持ちがどんどんわからなくなった。
まだ幼い女官の君にこんな話をするなんて…
私はどうかしていると…自分でも思っている」


「いいえ、ユンホさん…!」


チャンミンは駆け寄り、ユンホの手を強く握った。
覗き込んだユンホの瞳は薄っすらと涙が滲んでいた。


「チャンミン、私は…」


チャンミンはユンホの肩に額を当てた。


「私は…ユンホさんをお慕いしています!
もし、これが不貞だと言われるなら…
私は甘んじて罰を受けます!
私はユンホさんが好きです!ずっと…お会いした時から」


真朱の湖での甘やかな日々を思い出してくれなくてもいい。
やはり自分はユンホを愛している。
姿かたちは変わっても、ユンホへの愛だけは変わらない。
人間の…女の姿になったとしても…
ユンホへの愛を貫き通したかった。


「チャンミン…
君の笑顔、君の仕草、君の匂い…
すべてが私の心を癒していた。
口にしてはいけないと思っていたんだ。
君を…愛し始めていることを…」


「ユンホさん!」


そして、また…二人は熱い口づけを交わした。
チャンミンの体が、ユンホの温もりで満たされていく──
そんな二人の様子を、井戸の縁に登ったオコジョのチソンアが眺めていた。
ふと、井戸の中を覗くと…
暗い水底に揺れているクンの笑顔があった。


《王子様…これが王子様の望まれていたことなのですね?》


チソンアの心の問いかけに、
クンは微笑みながらゆっくりと漆黒の中に消えていった──