*こちらで書いているお話はフィクションです。
登場人物は実在の人物の名をお借りしていますが、
ストーリーは作者の創作によるものです。

 

 

 

 

 

 

《異界転生》



衣の上からそっと触れた胸には…
本来の自分にはないものがあった。
よく見れば身に着けている衣服は、
先ほど部屋を出て行った女人たちと同じものだ。


「どういうことだ?!」


「まさか」と思い、恐る恐る股間に手を伸ばしてみると…


「えっ?!」


あるはずの「男の証」がない。
困惑したチャンミンは驚き、痛む体を無理やり起こした。


「痛っ…!」


全身のあちこちが痛む。
こんな痛みは生まれて初めての経験だった。
龍族のチャンミンは病や怪我などには無縁だったからだが…


「ふう…体が重い…頭もくらくらする…」


寝台から身を起こし、ふと辺りを見回すと…
先ほどの女人、ユジンが言っていたように、
色鮮やかな女人の衣服があちらこちらに掛けてあり、
質素ながらも華やかな雰囲気を醸し出している。
そして、ふと一枚の鏡に目を遣った時…
チャンミンは驚きのあまり声を上げた。


「これは…どうしたことだ!」


鏡に映った自分の姿…
顔はたしかに自分であるけれど、
どこか違和感があった。


「これが私…?!」


偉丈夫だったチャンミンの体はすっかり丸みを帯び、
胸のあたりはふっくらと盛り上がっている。
肩幅は華奢になり、指はつららのように白く細かった。


「私は…女人になってしまったのか?」


混乱し、チャンミンはふらふらと寝台から立ち上がった。
鏡に映る立ち姿は、どこからどう見ても女人だ。


《ここは…本当にユンホのいる人間界なのか?
大ナマズめ、私を騙したのではあるまいな》


「ちょっと、チャンミン!寝てなきゃ駄目じゃないの!」


外へ出ようと扉を開けるとユジンと鉢合わせになった。
チャンミンは背中を押され、寝台に座らされた。


「もうっ!オンニの言うことを聞きなさい!
チャンミン、あんた疲れてるのよ。
ここのところ王女様の婚礼の準備で忙しかったから。
チャンミンは花嫁衣装の縫子までさせられて…
徹夜が続いて寝てないんでしょう?だから眩暈を起こして井戸に落ちたのよ」


ユジンはチャンミンの額の汗を衣の袖で拭ってくれた。
きっと世話好きな気のいい娘なのだろう…


「チャンミン、井戸に落ちたことは覚えてる?」


チャンミンは俯き、無言で首を振った。
恐らく自分は…「極楽の桃」のおかげで人間界に来れたのだろう。
倒れていたという井戸を伝って…
水脈がどこか繋がっていたに違いない。


「あの…私は何も覚えていなくて。
ここは…西の宮という場所ですか?」


ユジンは今にも泣きそうな顔で


「ああ、やっぱり…井戸に落ちたせいで記憶を失ってしまったのね。
可哀想なチャンミン…
でも、心配しないで!だんだん思い出してくるわよ。
そうよ。ここは王宮の西の宮、王女様のお住いのあるところよ。
あんたはここで新人の女官として働いているの。
あたしはユジン。あんたの教育係…といっても、友達みたいなものね。
あたしたちのような下っ端の女官は王女様のお世話はまだまだ出来ないけど…
チャンミンは器用だから、王女様のための花嫁衣裳を拵える手伝いをしていたのよ。
婚礼はもうすぐだから…
縫子のみんなはずっと徹夜が続いてて、
チャンミンも何日もろくに寝てなかったはずよ。
井戸に水を汲みに行って帰ってこないから、心配になって。
様子を見に行ったら、チャンミンが井戸に落ちていたのよ。
あたし、チャンミンが死んだらどうしようって…
もう、心臓が止まりそうになったのよ!」


そう言って、わあわあと泣き出した。


《この女人は…悪い人間ではなさそうだな》


ユジンはチャンミンの両手を強く握り、


「何も心配しなくていいから。
記憶がおぼろげでも、あたしが側にいるから大丈夫よ!
あんた、ここを追い出されたら困るでしょう?
故郷に小さな弟妹が大勢いるって言ってたじゃない。
王宮務めならお給金はいいし。仕送りも出来るけど…
追い出されたら家族も路頭に迷うでしょ?
チャンミンのお給金だけが頼りなんでしょ?」


自分には幼い弟や妹がいることになっているらしい。


《龍族の王子から…王宮の女官見習いに転生したということか?》


戸惑いながらも、無事に人間界へとたどり着けたことをチャンミンは喜んだ。
ユンホは宮殿の医官であったから…
ひとまず此処に居さえすれば、いつかユンホに会うことも叶うのではないかと考えた。


「はい…困ります。
ユジンねえさん、どうか私が記憶を取り戻すまで…
助けてもらえませんか?」


ユジンに話を合わせてみた。
すると…気のいいユジンは笑顔でチャンミンを抱きしめた。
女人に抱きしめられるなど、初めてのことで…
チャンミンはとても不思議な気持ちになった。


「もちろんよ、チャンミン!」


こうしてチャンミンは王宮の女官として人間界で暮らすことになった。
いつか、必ずユンホに会えると信じて…