*こちらで書いているお話はフィクションです。
登場人物は実在の人物の名をお借りしていますが、
ストーリーは作者の創作によるものです。

 

 

 

 

 

 

 

《華の離宮、月の離宮》



龍王はチャンミンが800歳になった祝いに離宮を作り、
独りで住まうことを許した。
チャンミンはいくつかの小さな離宮を持っていたが、
気に入っていたのは「華」と呼ばれる豪華な造りの離宮だった。
いま、ユンホを匿っている「月」と呼ばれる離宮には、
以前は滅多に足を向けることはなかった。
それゆえに、父王や側近のパラムに見つかりにくいと考えたのだ。
月の離宮に向かう時には、
用心深く華の離宮を通り抜けていく。
華の離宮に入ったと見せかけるためだ。


「チャンミン様」


三日月の橋を渡り、華の離宮に入る手前で…
パラムがチャンミンに声をかけた。


「パラム…」


パラムは青く長い髪を風に靡かせ、
涼しげな瞳に笑みを浮かべながらチャンミンを見た。
パラムも切れ長な瞳が美しい男だが、
ユンホとは違い…どこか愁いを纏う冷たさがあった。


「こんなところで何をしている?」


「チャンミン様をお待ちしておりました」


「私を?用があるなら、父王様の館で話せばよいではないか。
今の今まで、私は父王様と夕餉を共にしていたのに」


「いえ…龍王様のご前では差し障りがございますので」


チャンミンの心臓が跳ねた。
内密に話したいなどと…どういう魂胆なのか?


《まさか…ユンホのことを?》


チャンミンは精いっぱい平静を装い、
少し不機嫌な表情でパラムを一瞥した。


「そのような怖いお顔をなさいますな。
近ごろ、チャンミン様は冷とうございますね」


「パラム…何が言いたい?」


ここで感情を露わにしては、
パラムの思うつぼとは思いながらも…
洞察力の鋭いパラムの追及に、
しかも皮肉な物言いにチャンミンは苛立ちが増した。
パラムは優秀な男だ。
天地を司る精霊の中では位も高く、
龍王からの信頼も絶大だ。
父王が、この風の精霊を自分の息子の夫にしたがる道理はわからなくもない。


「冷たいとは?私のどこが?
私がパラムを冷遇したとでも?
そんなはずはないだろう。
父王様の信頼も厚く、この湖の精霊を取り仕切るそなたには…
この私でさえ、刃向かうことなど出来はしない」


「ふっ…ご冗談を。
チャンミン様は龍族の立派な王子でございます。
龍王様が天に昇られた後は…
チャンミン様が真朱の湖の主、
龍族の長となり精霊たちを束ね、
人間たちを従えていくお立場でございます。
私など、ただの風の精霊。
王子様に何を指図することがありましょうか」


そう言って、パラムは跪いてチャンミンの手に唇を寄せた。
パラムの言葉、動作には無駄がなく常に優美だ。
この完璧な男を疎む理由はないが、
なぜかチャンミンはパラムにはときめかなかった…


「私を待ち伏せしていたのは…なぜだ?」


チャンミンが問うと、
パラムは翡翠色の潤んだ瞳で見上げた。


「最近は華の離宮にばかり籠られて…
ユタやロロ、チソンアとばかり過ごされております。
たまには私と一緒に月の離宮を散策などいかがですか?」


「月の離宮…?」


月の離宮にいるユンホの元へ通うのに、
華の離宮を通り抜けていることはお見通しとばかりに…
パラムは月の離宮へとチャンミンを誘った。


《まさか…パラムはユンホの存在を知っている?》


厳重に帳(とばり)を張り巡らせ、
呪文を唱えねば月の離宮へは入ることができない。
パラムがユンホの気配に気づくことはないはず…


「平凡な月の離宮は…好きではない。
私は…賑やかな華の離宮が好きなのだ。
それゆえ、子どもたちと一緒に華の離宮で楽しく過ごしている」


「なるほど…月の離宮はお好みではないのですか…
ならば、私も華の離宮に招いていただけますか?
私も…チャンミン様と和やかに、楽しく過ごしたいと存じます」


これは…
自分を恋慕うパラムの正直な思いなのだろうか?
チャンミンの鼓動が早鐘を打つ。


「ああ、もちろん。茶会にでも招くことにしよう」


「有難き幸せ…」


パラムの手からすり抜け、
チャンミンが立ち去ろうとした時、
背中にパラムの声が響いた。


「チャンミン様…
大ナマズが感心しておりましたよ。
龍王様は優秀な跡取りの王子に恵まれたと」


チャンミンは雷に打たれたような衝撃を覚えた。
パラムは、チャンミンが「福寿の桃」を授けられたことを知っていた…
何のために?誰のために「福寿の桃」を欲したのか?
パラムが問い詰めることはなかったが、
ユンホの存在が知られる日は、そう遠くはないとチャンミンは震えた。