*こちらで書いているお話はフィクションです。
登場人物は実在の人物の名をお借りしていますが、
ストーリーは作者の創作によるものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

《水面に揺れる月》



月の綺麗な夜だった。
チャンミンは、湖の水面に映る月をぼんやり見上げていた。
チャンミンが棲む湖底の世界にも月はある。
太陽も星も…青空もあるし虹もかかる。
だが、それは本物ではない。
龍王の魔力で作られた理想郷の姿なのだ。


「私は…本物の月が見てみたい…」


小さく呟けば、余計に心が寂しくなった。
疑うこともなく湖底の世界で生きてきた。
だが…
ユタやロロたち、精霊たちに外界の様子を聞くたびに…
なぜか心が騒いでしまう。
草花や湖に棲む魚たち、精霊になった動物たちに囲まれ、
平和に楽しく暮らしてきたけれど、


「本当に…人間界は恐ろしいのだろうか?」


湖にやってくる漁師たちは、みな善良で純朴だ。
恵みを与えてくれる龍王に感謝し、欲深くもない。
水晶玉を通してしか知らない世界…
チャンミンの好奇心が疼いた。


「チャンミン様」


「パラム…」


「このような時間にお散歩ですか?
漆黒の夜の帳が降りておりますのに…」


「うん…眠れなくてな」


薄紫の衣をふわりと翻し、
チャンミンはジャガランダの木のそばに腰かけた。


「お美しゅうございます」


「え…?」


「あ、ああ…申し訳ございません。
王子様にこのようなことを…
つい、口が滑りました」


パラムは跪いて頭を下げた。


「パラム、私は…
風の精霊であるそなたが羨ましい」


「何をおっしゃいます!
水の世界を統べる尊き龍王様のご子息、
いずれは聖獣のすべてを配下におさめられるべきチャンミン様が…
わたくしなど、正体のない流れ者を羨ましいなどと。
そのようなお言葉、パラムは少しもうれしゅうございませぬぞ!」


パラムの翡翠色の髪が逆立った。
怒りを感じた時…パラムの髪は千々に乱れる。


「これは…失言であった。
パラム、怒りを収めてほしい」


パラムは、チャンミンの成長をずっと見守り続けてきた。
龍王の側近として、チャンミンの教育係として…
母のように、兄のように…チャンミンを大きく包み、
龍王を継ぐ者として帝王学を教えてきた。
そして、パラムに与えられた「役目」はそれだけではなかった。
チャンミンが千年の誕生日を迎えた時…
パラムはチャンミンの伴侶となるよう、
龍王から極秘に伝えられていた。


「そんなに難しい顔をするな。
ほら、顔を上げて…美しい月を愛でようではないか」


チャンミンは龍王が決めたパラムとの婚姻をまだ知らない。
パラムの胸は、日ごとチャンミンへの恋慕の情で溢れそうだったが、
聖獣の王となるべきチャンミンと、精霊の自分とでは…
あまりにも格の違いがあると恐れを抱いているのも事実だった。


「こうして水面越しに見る月も…とても美しいな」


青い月の光に、
彫刻のようなチャンミンの顔の造作が映える。


「愛しています…チャンミン様…」


微かな呟きが聞こえないよう…
パラムはそっと、チャンミンの背中に囁いた。


「チャンミン様!チャンミン様!」


その時、息を切らして子ギツネの姿したロロが走って来た。


「ロロ、こんな夜更けに騒々しいぞ!
しかもチャンミン様の前でキツネの姿とは」


「ああっ、すみません!急いでいたのでキツネの姿のままで来てしまいました!
パラム様もいらっしゃったんですね!」


「どうしたのだ?そんなに慌てて…」


「そ、そうだ!チャンミン様!大変なんです!!
チソンアが…チソンアが怪我をして…」


「チソンアが?!それは大変だ」


ロロが先頭を走り、チャンミンとパラムがその後を追いかける。
駆け付けると、ユタがチソンアの介抱をしていた。


「チソンア、大事ないか?」


「チャンミン…様…」


チャンミンが抱きしめると、安心したのか…
チソンアは、チャンミンの胸でぐったりと目を閉じた。







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