*こちらで書いているお話はフィクションです。
登場人物は実在の人物の名をお借りしていますが、
ストーリーは作者の創作によるものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

24. 




「おまえだけは許せぬ!地獄へ行け!」


若様は野獣のような雄叫びをあげ、
道慶に飛びかかった。
鋭く長い爪が道慶の首に食い込み、引き裂こうとした…


「ぎゃあっ!!」


断末魔の叫び声が闇を劈く。


「若様っ、いけません!」


とどめを刺そうとした時、
チャンミンが若様の腰に強く抱き、引き留めた。


「チャンミン!?なぜ止めるのだ?
この坊主は、そなたを玩具にしようと…
そなたの人格も尊厳も無視し、自由を奪い、
凌辱しようとした男なのだぞ?!
殺されても当然の、屑ではないか!!」


「それはわかっています!僕も…
純朴な村人の厚意を無にし、嘲ったことは許せません!
若様が助けて下さらなければ、僕もどうなっていたことか」


「ならば…!」


「違うのです!僕は…道慶様の命乞いをしているのではありません!
僕は…若様には…人を殺してほしくないんです!!
どんなに悪人でも…殺めてしまったら、若様はきっとご自分を責めます。
若様はおやさしいから…
人間である僕を見るたび、人を殺したことを思い出し後悔します!」


首元を押さえ、痛みに顔を歪める道慶…
若様は冷えた眼差しでそれを見つめた。


「チャンミン…その心配は要らない。
この男を殺したら…私はもう…
チャンミンの目の前には、二度と現れない。
だから、私の良心の呵責など心配しなくていいのだよ」


「それが嫌なんです!!」


激しく首を振るチャンミンに、
若様の邪気が弱まっていく…


「僕のせいで…若様の心が傷つくのはもう嫌なんです!
僕は二度と若様から離れません!
若様が鬼でも蛇でも…僕は若様だけを愛しています。
もう決して愛を疑ったりしません!全身全霊をかけて…信じています」


「チャンミン…
だからと言って…この男には罰を与えねばならない。
自分の愚行を償わさなければ。それは当然のことだよ?」


「でも…命だけはお助け下さい!
どうか…お願いです!」


「ああ、チャンミン…」


痛みのあまり気を失い、
道慶は首元を赤く染めて床に転がっていた。


「そなたという子は…どれだけ慈悲深く心やさしいのだ。
自分を酷い目に遭わせたこの男を許すと言うのか?」


「若様が慈悲深く、やさしいお心だから…
僕もそうなりたいと願うのです。
若様のように…美しくなりたい。
身も心も…だから…」


チャンミンを抱きしめた若様は、
いつものように漆黒の瞳を湛えていた。
チャンミンは思わず、若様と唇を重ねた…


「僕は…若様が居て下されば、それでいいのです。
もう、何も要りません。
若様、僕を…若様の国に連れて行ってください!」


「チャンミン、それは…」


「どうすれば鬼になれますか?
ううん、鬼になれなくても…
コンのように…僕もコンのようになりたいです」


「チャンミン…コンは白兎の妖怪なのだぞ?
そなたは妖怪になるというのか?人間であることを捨て…
そうまでして…私と一緒にいたいと言ってくれるのか?」


チャンミンは黙って頷いた。
新たな世界への旅立ち…
喜びと畏れが入り混じった大きな瞳が揺れていた。
若様はチャンミンの想いを受け入れた…


「私ももう二度と…チャンミンと離れたくない。
良いのだな?この世界を捨てても?」


「はい、若様となら…どこへでも」


若様はチャンミンを抱きしめ…
そっと白い首筋に牙を立てた。


「大丈夫か?」


「はい、ちっとも。くすぐったいくらいです。ふふ」


熱い口づけを交わすと、二人の体が溶けあった。
若様…ユンホとチャンミンは、金色の光となり天高く昇っていった──
その夜、山の上を金色のほうき星が飛んだという。
ひときわ明るく輝きどこまでも尾を引く様子は、
村人たちを安らかで幸せな気持ちにした。
そして、命を助けられた道慶は…
気が狂い、そのうち川に身を投げて自ら命を絶ったのだった。



「ばば様ー!!今日も来たよ!」


「おお、毎日感心だねぇ」


「だってぇ。月鬼様は村の守り神なんでしょ?
母さんが言ってたもん!毎日ちゃんと拝みなさいって」


「ほっほっほ。いい心がけだねぇ。
そうだよ。月鬼様が守って下さるんだよ」


子供たちは縁側から家の中を覗き、
奥にかけてある巻物に向かって神妙に手を合わせた。


「はい、今日もちゃんとお参りできたね。
干し柿だよ。みんなでお食べ」


「わーい!また明日も来るね!」


干し柿を頬張りながら、子供たちは野原へ駆けて行った。
村を渡る風が秋の深まりを告げている。
齢100歳を超えたおばあさんの腰は二つに曲がっていた…



その夜のこと…
おばあさんが庭の方に目を遣ると、小さな子供が3人立っていた。
薄紫の衣を着た背の高い男の子、
青い衣を着てはにかんだような笑顔を浮かべる子、
小さな女の子はおかっぱ頭に、白いうさぎの人形を持っている。


「あんたたち…見かけない子たちだねぇ。
日も暮れたっていうのに。なにか用かい?
旅の途中かねぇ。どこから来たんだい?」


「おばあさん…」


青い衣の男の子が泣き出し、おばあさんは慌てた。
背の高い年長の男の子が、しっかりとした口調で言った。


「私たちは…『月鬼縁起図』を見に来たのです。
見せていただけますか?」


「あ、ああ…そうだったのかい。いいよ。
家に上がって…一番奥に絵巻をお祀りしているから。
さあ、坊やも泣き止んで。お嬢ちゃんもこっちへ…」


3人は家に上がると、吸い込まれるように絵巻の前へ向かった。
言葉はなく、ただ互いを見つめ合い、うれしそうに頷いている。
日も暮れ、夜が迫っているというのに子供だけでやってくるとは。
だが、おばあさんは不思議と叱る気持ちになれなかった。


「わざわざ、これを見に来るなんてねぇ。
あんたたち、いったいどこから…
ああ、そうだ。干し柿をあげようね」


「わぁい!干し柿、だいすき!」


小さな女の子は干し柿をもらうと、
はしゃぎながら月夜の庭へ駆け出した。


「それにしても…どこかで会ったような?
いや、そんなはずはないねぇ。どう見たって、貴族様のお子たちだものね。
100歳にもなると、昔のことばかり思い出してねぇ。ほっほっほ」


「私たちは…近くて…遠い国から来ました。
おばあさん…いつもありがとうございます。
私たちはあなたのおかげで幸せに暮らしていますよ。
ひとこと…みんなでお礼が言いたくて」


大人びた言葉で、背の高い男の子が微笑んだ。
青い衣の男の子は、瞳いっぱいに涙を浮かべ俯くだけだった。


「さあ、そろそろ行かなくては。おばあさん、お元気で」


「ええっ、もう?また来てくれるね?」


小さい女の子は大きく頷き、
背の高い男の子は、青い衣の子の肩を抱いてにっこり笑った。
庭を出るその時、青い衣の男の子が振り向いた。


「おばあさん!僕は…僕は幸せになったよ!
いつもおばあさんを見守っているから!!
長生きして!元気で居てね!!
僕に会いたくなったら…月を見上げて」


「チャン…ミン…?その声は…チャンミンかい?!」


追いかけようとしたが…すでに3人の影は消えていた。
不思議な3人の子が帰ったあと、絵巻を見ておばあさんは驚いた。
だが…すぐに何もかもが腑に落ちた。


「おお…チャンミンは…そうかい。そうだったんだねぇ。
よかった…よかったよ。ほっほっほ」


絵巻の中では…

丸い大きな月の中には白兎が飛び跳ねていた。
麗しの月鬼、ユンホの傍らには…青い衣を纏った美しい少年が…
ユンホの肩に凭れ、幸せそうに微笑んでいた。

月鬼はもう孤独ではない。二人の愛は永遠に結ばれていた。
月の美しい…秋の夜のことだった。




《完》


 

 

久しぶりの時代物のお話でした照れ

最後までお付き合い下さりありがとうございました。

 

 

 

 

 

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