*こちらで書いているお話はフィクションです。
登場人物は実在の人物の名をお借りしていますが、
ストーリーは作者の創作によるものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

18.




雲が流れ…
隠れていた満月が煌々と辺りを照らした。
村はずれの祠の前、数人の男たちが睨み合っていた。


「ソンミン、裏切るつもりか!」


「ま、まさか…殺しちまうとは思ってなかった!
お役人に自首すれば…いまなら罪が軽くで済むかもしれない!
盗んだ銀も返せば…なあ、みんな!もうこんなことは…」


「うるせぇ!いまさら自首なんて、頭がおかしいんじゃねえか?!
どうしても行くっていうなら…一人で行きな!どうなっても知らねえぜ」


ソンミンが背中を向け、山を下りようとしたその時…
一人の男の合図で、その場にいた男たち全員がソンミンに襲いかかった。
ソンミンの叫び声が暗闇に響き渡ると──


「おまえたち…何をしているのだ」


一人の美しい男が大きな桜の古木の下に立っていた。
金色の布で結ばれた、腰まである長い黒髪が月光に輝いていた。


「はあ?な、なんだ?お、お、おまえこそ…誰だ!」


男は足音もなく滑らかに悪党どもの側をすり抜け、
倒れているソンミンの首元に指をあてた。
ふっと息を吐くと、怒りに満ちた瞳で悪党どもを見据えた。
その鬼気迫る眼力に、悪党どもは震えが止まらなくなった。


「遅かったか…雲が私を邪魔した。
チャンミン…許せ…そなたの父を死なせてしまった…」


男は口惜しそうに呟いた。


「許さぬ…」


ソンミンと悪党どもの屍が見つかったのは、
翌朝早くのことだった。
切り刻まれた悪党どもの無惨な最期…
ソンミン以外の遺体の判別は困難だったという。
おびただしい血を吸った大地は赤黒く、
咽かえるような悪臭が漂っていた…



「私が地上に降りた時には、もう…
チャンミン、そなたの父は息絶えていた。
赤子のそなたを残し、さぞや無念なことだったろう」


「若様は…僕の父さんを手にかけてはいない…と?」


若様は黙って頷いた。


「でも…でも…
若様は人を喰らう鬼…
村の寺に残っている台帳には、父さんも鬼に殺されたと!」


「チャンミン…
鬼である私が何を言っても言い訳にしか聞こえぬだろう。
だが、本当に私は…天地神明にかけてソンミンを殺していない。
いつかそなたに会える日のために…
こんな異形の私でも、清いそなたと共に生きて行こうと。
私なりに努めてきたのだよ?それだけは、どうか…」


「…正直、いまの僕にはわかりません…
心の中で感情がぶつかりあって…何が何だか…
しばらく一人で考えさせてください。
ひとつひとつ、ゆっくり考えたいんです!」


感情を失った言葉を、チャンミンは若様に投げた。
後退りすると、若様に背を向け…


「チャンミン、待って!話を聞いて!」


追いすがるコンの手を、
チャンミンはそっと引き剥がした。


「ごめん…いまは…何も考えられない」


チャンミンの瞳の中に見えた絶望…
コンは言葉を失った。
屋敷から走り去っていくチャンミンの背中を、
ただ茫然と見送るしかないコンだった…


「チャンミーン!!」


声を限りに叫んでも、振り向きもしない。
小さくなって消えていくチャンミン…
コンは湧き上がる怒りを若様にぶつけた。


「若様!本当にいいのですか?!
このままチャンミンを帰して…後悔しないのですか?!」


「いまは何を言っても…
チャンミンの心に響かない。
虚しい言い訳にしかならないよ。
私がもっと早く気づいていれば…
チャンミンの父親は死なずに済んだ。
それは紛れもない事実だ」


「いいじゃないですか!言い訳だって!
それに、若様がチャンミンの父親を殺したんじゃない!
あの夜は…ちょうど満月で、若様が地上に下りられる日だったのに。
鬼を嫌う雲たちがわざと意地悪をして…行く手を阻んだのです。
若様は何も悪くないのに…」


「コン…
今は父親を失った悲しみを、
あらためてチャンミンは感じているのだ。
赤子で父親の温もりを知らないチャンミン…
それだけでも不憫であるのに。
犯人は誰であれ、殺されて命を落としたなどと、
あまりの惨い事実に冷静でいられないのは当然のこと…」


若様は濡れ縁に手をついて項垂れた。


「あたし…不安なんです。
せっかく若様とチャンミンが結ばれたのに…
このままでは、チャンミンが離れていってしまう気がして。
チャンミンはとっても純粋だから。
だから、若様が父親を殺しただなんて…
真に受けてしまうんです。
そんなチャンミンが、あたし…心配で…」


コンの瞳が涙で赤く滲んだ。


「このままで…いいのですか?!」


「私は…自分が鬼であることが苦しいのだよ。
もう長いこと生きているが…こんな気持ちは初めてだ。
チャンミンの魂を求め、転生を繰り返すチャンミンを追いかけてきた。
肉体はいつか滅びる…命には限りがある。
だが、魂は何度も生まれ変わる。
愛する者を失くしても、また転生するのを待てばいいと…
いままでは悲しく思うこともなかった。執着が薄かったのだ。
だが、いま…この世に生きるチャンミンは…
もう二度と転生しない、これきりのチャンミンだと思えるのだよ。
それゆえ、余計に愛おしく…失うことが怖い…
結ばれたいと思いながらも、そっと遠くから見守り…
命を終えたチャンミンの魂をこの手に抱く…
それだけでいいと思っていた」


「若様…」


こんなに悲しく、弱々しい若様を見たのは初めてだった。
コンは胸が苦しかった。
そして、若様のために自分に何が出来るのか…
生気を失った若様の背中を見つめ、思案に暮れるコンだった。



「はあ…」


若様の屋敷から飛び出したチャンミンは、
すっかり日も暮れた川のほとりで膝を抱えていた。
小川に石を投げてはため息を吐く。
若様を信じたい。だが…


「わからない…僕には…もう…わからなくなった」


山入端に昇り始めた月を見上げていると、
ふと背後に…誰かが近寄る気配がした。



 

 

 

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