*こちらで書いているお話はフィクションです。
登場人物は実在の人物の名をお借りしていますが、
ストーリーは作者の創作によるものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

17.




「若様…顔色が良くありません。
やはり、これだけでは…無理です」


「コン…私は…
もう、いつ消えてしまってもいいと思っているよ。
チャンミンにめぐり逢えた…そして、この手に抱くことが出来た。
待ちわびていた長い時間も、一瞬だったと思えるほど…
いま、私は心も体も満たされている。
これ以上…何かを望むことは強欲だ」


「いやです!あたしは…
若様にはずっとそのままでいてほしいんです!
そんな弱気なこと…仰ってはいやです!!
さあ、これを…飲んで下さい。
あたしに出来ることはこれくらいしか…」


「すまない…コン。
そなたにこのようなことをさせるとは…」


コンは激しく首を横に振った。
差し出された器を受け取り、若様はそれを口に含んだ。


「げほっ、げほっ!」


「若様!」


咽て咳き込む若様の背中を擦りながら、
コンの目には涙が滲んでいた。
美しく強い若様──
白い肌は血の気を失い青白く、
その肩は痩せて弱々しかった。


「はあ、はあ…大丈夫だよ」


顔を上げた若様の横顔はやつれたように見える。
ふと気配を感じ、視線を遣った先に…


「チャンミン…?!」


庭先に呆然と佇むチャンミンの姿があった。


「どうした?こんな時間に…
何かあったのか?!」


コンの手を振りほどき、
若様はチャンミンの元へ駆け寄った。


「若様…そのお姿は…いったい…」


チャンミンの大きな瞳には大粒の涙が膨らみ、
いまにも零れ落ちそうになっていた…


「チャンミン…?」


手を伸ばした若様を避けるように、
チャンミンは後ろに身を引いた。
チャンミンを抱きしめるはずの腕が空を切った…


「なぜ…」


「若様…若様は…人の血を啜り、肉を喰らう鬼なのですか?!」


「チャンミン、何を?どうしたというのだ…
どうしてそのような…怖い顔をして…
私は…けっして…私は…」


「では、その襟元についている赤いものは何ですか?!
人間の血ではないのですか?!
6年前、僕が見たあの赤い汁は…
柘榴の果実の汁などではなく、人の血だったのでは?
コン、そうだったんだろう?!」


「チャンミン…これには…」


コンの声は涙に震えていた。
若様は庭の池に自分の姿を映した──


「うっ…!」


若様は赤く染まった口元を隠した。
困惑したチャンミンの頬に涙が流れて落ちる…


「違うのよ!チャンミン、若様は悪くないの!
私が…私が悪いの!」


「コン…もう良い…」


若様は池の淵から立ち上がり、
ゆっくりとチャンミンを見た。


「チャンミンのいう通りだ。
私は…人を喰らい、生きている鬼なのだから」


そう言って、若様は赤く染まった口元を大きく開けた。
瞳は金色に光り、白い牙を覗かせたその姿は鬼そのものだった。


「チャンミン…いつか言ってくれたね?
私が鬼でも化け物も構わないと。
それでも…愛していると…」


チャンミンはその場に膝を折って泣き崩れ、
わあわあと声を上げて泣いた。


「言いました。
僕は若様を信じていました。
若様は人を喰うようなことはしないと。
僕の前ではいつも穏やかで、物静かで…
若様が鬼だなんて、信じられなかった。
それほど若様はやさしくて、温かかった。
でも…知ってしまったんです。
僕の父さんは…若様に殺されたんです!」


「!!」


逆立っていた長い黒髪、
白い指に生えた長い爪が収まり、
金色の瞳は色褪せて萎えていった。


「チャンミン…どうしてそんなことを…
違うのだ!あれは…どうにもならずに…」


「やっぱり…若様の仕業だったのですね?!」


「聞いてほしい!
あれは…15年前のこと…
そなたの父、ソンミンは貧しい農夫だった。
妻と生まれたばかりの子に楽な暮らしがさせたくて…
悪い仲間と一緒に、銀を運ぶ役人を襲う計画をしていた」


ソンミンは幼馴染の悪党に誘われ、
銀山から採取した銀を運搬する役人たちを襲う計画に加わった。
もともと気の優しい男だったが、農作物の不作が三年も続き、
村は飢饉寸前まで追い込まれていた。
悪い事とは知りながら、
妻と生まれたばかりの赤ん坊を養うため…
奪った銀の分け前を持って町へ出ようと思っていた。
月もない真っ暗な冬の夜──
峠道を行く銀を積んだ荷車を襲った。
だが、人を殴ったことさえないソンミンは、
ただ荷車の周りをぐるぐると右往左往するだけだった。
運搬人の中に用心棒がいて…ソンミンたちを剣で斬りつけてきた。
ソンミンが無我夢中で鎌を揮うと、偶然に用心棒の額を割った。


「ぎゃあっ!」


ソンミンの一振りで用心棒は頭を割られ、血しぶきをあげて絶命した。
仲間はソンミンを誉めそやし、村はずれの祠の中で銀を分配した。
人を殺してしまった罪の意識に囚われたソンミンは怖くなり、
山を下り役人のところへ自首すると泣いた。


「てめぇ、俺たちを裏切るっていうのかよ!」


村はずれの薄暗い祠の中、
悪党どもの仲間割れが始まった。








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