*こちらで書いているお話はフィクションです。
登場人物は実在の人物の名をお借りしていますが、
ストーリーは作者の創作によるものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

16.




射すくめるような道慶の眼差しに、
チャンミンはごくりと唾を飲み込んだ。
狼に追い詰められた野兎のように…
チャンミンはどうしようもなく怖かった。


「で、でも…大したものでは…」


「チャンミンがずっと読みたかったものだったのだろう?
そんなにも長い間執着し、興味をそそられるとは…
利口なチャンミンが読みたがるものならば、
どんなにか素晴らしい絵巻物なのだろうと、私もぜひ知りたいのだ」


「はあ…」


「なんなら、私がその絵巻物を供養してやっても良いのだよ?
曰くつきの古いものであれば、人の怨念や邪心が染みついているかもしれない」


となりのおばあさんは、道慶を
「お若いが徳の高い、霊験あらたかなお坊様だよ」
と言って敬っていた。
チャンミンに文字の読み書きを教えてくれた師匠でもある。
無下に断るなど出来ないと思った。


「では…お話します。
この村には古い言い伝えがあって…
とてもとても昔のことなので、
今となっては、その言い伝えを知っている者はほとんどいないと…
となりのおばあさんが言っていました。
でも、おばあさんはいまでもその言い伝えを信じていて…
おばあさんは、ご先祖が旅の画師に描かせた絵巻物を大事にしているんです。
僕は10歳の時、その絵巻物を初めて見せてもらいました。
美しい鬼、月鬼様が描かれた…絵巻物でした」


「ほう…月鬼…」


道慶は真剣な表情で、チャンミンの話に耳を傾けていた。
描いてあるすべてのことを詳細に話す気にはなれなかった。
だから、若様の本当の名も伏せた。
興味深く聞き入る道慶の様子が、かえって不気味に感じたからだ。


「チャンミン…」


「はい?」


「おまえは…その鬼に恋をしているのか?」


「なっ、なにを…道慶様、揶揄いが過ぎます!
僕はそんな…道慶様が聞きたいと仰るから…
ただ、絵巻物の話をしただけです!」


「ははは。そうか…それはすまない。
あまりにもチャンミンがうっとりとした顔で話すから…
てっきり、見も知らぬ鬼に恋焦がれているのかと思った」


チャンミンは耳まで赤く染め、俯いた。


「揶揄うつもりなどないのだよ。
そうだ…鬼伝説と言えば…こういう話もあった」


道慶は立ち上がり、奥の間から一冊の帳簿らしきものを持ってきた。
チャンミンの前に居住まいを正して座ると


「これは…先日、先代住職の書付けを整理していたら見つけたものだ。
ここに…15年前に起きた事件のことが書いてある」


道慶はパラパラと帳簿をめくり、思い当たるところで手を止めた。


「事件?この村で何か…あったのですか?」


「15年前のある夜、この村の外れで数人の村人が殺された」


「えっ…」


「罪もない村人が、それは無惨な姿で殺されていたと書いてある。
ある者は首を捥がれ、ある者は背中を鋭い爪のようなもので切り裂かれ…
体を真っ二つに裂かれた者、腕や足を引きちぎられた者も。
あまりの惨い所業に、これは人間の仕業ではないと言われたそうだ。
まるで、鬼が人を喰ったような惨状だと…」


「鬼」と聞いたチャンミンは、背筋が冷たくなった。


「この村の人々には、薄っすらとではあるが鬼伝説を信じる心がある。
当時の村長は、真剣に鬼の仕業だと考えたらしい。
事が表沙汰になることを恐れ、村人たちに箝口令を強いた。
この事件のことは、一切口にしてはならない。
村の外に漏らすこともしてはならぬと…
騒ぎにすれば、次は自分たちが鬼に襲われると思ったのだろう。
だが、先代の住職だけは密かにその事件を記録していた…」


「で、でも!どうしてそれが…鬼の仕業だって…」


「考えてもみなさい。人間が人間を爪や牙で切り裂けるか?
獣ではなかったと書いてある。足跡が一切なかったと。
鬼は空も飛べるという。鬼が空から舞い降りて…村人を殺したのだ」


「どうして鬼が村人を殺さないといけないのですか?!」


チャンミンは必死だった。
湧き上がってくる恐怖と闘いながら、必死に…
若様を思い、若様の潔白を晴らしたかった。


「チャンミンは知らないのだな?
鬼は…人を喰らうものなのだぞ。
人の血を吸い、肉を喰らって生きているのだ」


「血…肉…」


チャンミンの脳裏に、6年前の光景が甦る。
若様の下着を洗濯した時、襟元に赤い何かが染みついていた。
コンは柘榴の果汁だと言っていたが…
不吉な黒い影が、チャンミンの胸に広がっていく。


「チャンミンは鬼に憧れ、親しみを覚えているようだが…
あれらは救いようのない人外の者なのだぞ?
けっして、そのような気持ちを…」


「おやめください!そんなこと…言わないでください!
聞きたくありませんっ!!」


チャンミンは立ち上がり、本堂から飛び出そうとした。
これ以上、道慶の話を聞くなど耐えられない…


「待ちなさい。ここに…犠牲になった者の名が記してある。
ドンヒョク、コマク、ソギョム、トック、ヤンギョン、ソンミン…
このソンミンというのは…チャンミン、おまえの父ではないのか?」


「とう…さん…」


「ソンミン」
それは…自分がまだ赤ん坊の時、亡くなったという父と同じ名だった。
幼い頃に母親も失くしたチャンミンは、
どんな理由で父が死んだのか…それすら聞いたことが無かった。
顔色を変えたチャンミンを見て、
道慶は確信を得たように大きく頷いた。


「うむ…やはりそうか。
チャンミンの父親であったか。
村の台帳にもそのように記してあるから、
間違いはないと思っていたが…
可哀想に。チャンミンの父は鬼に…」


「そんなはずありません!!若様がそんなこと…」


口走って、チャンミンははっと我に返った。


「若様…誰だ、それは?!
チャンミン、まさかおまえは…鬼に魅入られたのではあるまいな?」


「わあっ!」


チャンミンは叫んで寺を飛び出した。
思いがけない事実を突きつけられ、
チャンミンの心は乱れに乱れた。
ただ、若様に会いたくて──
夜を待てずに、チャンミンは屋敷へと走った。





 

 

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