*こちらで書いているお話はフィクションです。
登場人物は実在の人物の名をお借りしていますが、
ストーリーは作者の創作によるものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10.




春夏秋冬──
いくつもの季節が流れた。
若様やコンと過ごした時間を思い出すこともなく、
チャンミンは16歳になった。
叔父夫婦の家族との暮らしは相変わらずだ。
体が大きくなり、力仕事が出来るようになった分、
チャンミンの仕事はさらに増えた。
数年前、村に疫病が蔓延り…
叔父夫婦の長男と次男が、相次いで亡くなってしまった。
若い男手がなくなった叔父夫婦は、
チャンミンの労力を当てにしたが、待遇はまったく良くはなっていない。
時々、


「村を出て、どこか遠くへ行ってしまおうか」


そんな想いが胸を過ることもある。
だが…思うだけで、実行する気にはなれなかった。
不思議なことに、いい思い出のないこの村を離れる気持ちになれないのだ。
誰かが、自分に会いにここへやってくる──
そんな気がして動けない。
記憶の彼方から誰かが呼びかけるのだ。


「待っていて…チャンミン。必ず会いに行くから」


と…
そして、気がかりなのはとなりのおばあさんの事だ。
おばあさんはすっかり耳が遠くなり、
最近では縁側に座って居眠りをすることが多くなった。
おばあさんの家族も、疫病で数人が亡くなった。
寂しそうな顔で笑うおばあさんを放っては置けなかった。


「おばあさん、ただいま!」


「チャンミン…今日はお寺の修繕の手伝いかい?」


「うん。そのための木材を山から切り出す作業をしてきたよ。
これ、おばあさんにお土産…」


「まあ、綺麗なヤマユリだこと。
もうすぐ夏も終わるから…ヤマユリも見納めだねえ」


おばあさんはうれしそうにヤマユリの匂いを嗅いだ。
文字の読み書きができないチャンミンは、
外での力仕事に駆り出されることが多かった。
おばあさんはそれをたいそう不憫に感じていた。


「チャンミンは頭のいい子なのに…
小さい頃に手習いをさせてもらえなかったせいで、
厳しい外の力仕事しかさせてもらえないなんて。
文字の読み書きが出来れば、お役人の仕事の手伝いも出来るのに。
本当にもったいないことだよ」


「おばあさん…でも、僕は力仕事も苦にならないよ。
おばさんに嫌味を言われながら、家で仕事をしているより、
外で村の衆と一緒に働いているほうがいいんだ」


自分の息子たちを失って以来、
チャンミンに対するおばの風当たりはいっそう強くなった。


「息子たちの代わりに、おまえが死ねば良かった」


そんな風に言われることもしょっちゅうだった…
だが、チャンミンの心はもう悲しくもなんともなかった。
大人になるにつれ、


「誰かが自分をここから連れ出してくれる」


そんな想いが日に日に強くなっていた。
根拠のない…だが、たしかな希望がチャンミンの中に芽生え始めていた…



「チャンミン」


「道慶様!いまお帰りですか?」


「ああ、庄屋さんのところの法事でね。
チャンミンは畑仕事かい?精がでるね」


道慶は法事のために着る、美しい法衣を纏い微笑みかけた。
チャンミンは高貴な道慶の姿に…
胸の中にいる「薄紫の衣を纏った君」を思い起こさずにはいられない。


「チャンミン…ちょっといいかな」


手招きされるまま、チャンミンは鍬を置いて道慶の元へ駆け寄った。


「なんでしょうか?」


「そなた、文字の読み書きを覚えたくないか?
先代の和尚様が、そなたは読み書きができないと仰っていた。
利発な子なのに、手習いに通わせてもらえなかった…と。
文字を覚えれば、もっと割のいい仕事にも就ける。
読み書きが出来ると人生が変わるぞ」


先代の和尚は昨年、老衰でこの世を去っていた。
寺は先代の意向通り、道慶が跡を継いでいる。
道慶の美しさ、知性と品を兼ね備えたその姿は、
村人たちの尊敬と憧れを一心に集めている。
道慶は、親のいないチャンミンを何かと気にかけ、
弟のように可愛がっていた。


「えっ、いいのですか?でも…おばさんたちが…」


「そう言うだろうと思っていた。
では、こうするのはどうだろう?
叔父夫婦には、寺に奉仕に行くと言えばいい。
ちょうど人手が足りないと思っていたところだ。
本当に色々手伝ってくれるとうれしいし、
そのあとで手習いをつけるというのは?」


「道慶様!ありがとうございます!
習いたいです!僕に読み書きを教えてください!
僕、どうしても読んでみたいものがあって…
ずっと読み書きを習いたいと思っていました」


チャンミンは素直にうれしかった。
こうして道慶と約束したチャンミンは、
三日に一度、寺へと通うことになった…



「道慶様、これは…こうでいいのですか?」


「どれ…」


手習いを始めたチャンミンは、
真綿が水を吸うかの如く、どんどん文字を覚えていく。
もちろん、道慶がつきっきりで教えてやっていることもあるが…
チャンミンの飽くなき学習欲に、道慶も舌を巻く始末であった。


「ほう…チャンミンはすごいな。
もう基本的な読み書きを習得してしまった。
これだけ読み書きできれば、ふだんの暮らしには困らないだろう」


「本当ですか?
道慶様が根気よく丁寧に教えて下さったから…
本当にありがとうございます!
じゃあ、手習いはもう…卒業ですね」


「チャンミン…」


文机を挟んで座っていた道慶が、
ふわりとチャンミンのそばに寄り添った。
僧侶とは思えない、高級な香の匂いが衣から漂ってくる。
道慶は、膝の上に置いたチャンミンの手をそっと握った。


「道慶様?!」


不意を突かれたチャンミンは狼狽えた。


「チャンミン、私のことが嫌いか?」


予想だにしなかった道慶の言葉に、
チャンミンは頭が真っ白になった。

 

 

 

 

 

 

 

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