*こちらで書いているお話はフィクションです。
登場人物は実在の人物の名をお借りしていますが、
ストーリーは作者の創作によるものです。

 

 

 

 

 

 

 

22.



Side:Y



俺は急いで部屋に戻った。
同期会なんて建前で…
本当はアメリカから来た俺から、
何かしらの情報を聞き出したかった連中が企画した飲み会だ。


「本社では、そういう駆け引きが激しいから気をつけろ」

と…
本社から赴任した先輩が教えてくれた。
俺は先輩のアドバイスに従い、気を引き締めていた。
人事という企業の要のひとつでもある部署に配属され、
迂闊に業務内容を他に漏らすことは出来ないと一層ナーバスになった。
そして…案の定というか、当然のように…
同期の奴らが、情報を求めて俺に群がってきた。
シムは事務方で、人事の仕事の中枢は担っていない。
だが、あいつは…あいつは理事の親戚だ。
シムのコネクションが欲しいと、
下心ありきですり寄ってくる輩もいるのだ。


ある時、カフェテリアで一人、コーヒーを飲んでいる時だった。


「あの…ここ空いてますか?」


女性社員が二人、カウンターで外を見ていた俺に声をかけてきた。
二人とも胸まである栗色のロングヘアーを揺らし、
清楚だがかなり高級感のある服装に、ネイルが美しい指先をしていた。


「ええ、どうぞ。俺もすぐに行くんで」


「あの…人事のチョンさん…ですよね?」


「はい…そうですけど」


「やっぱり!私たち、営業部と秘書室なんです。
人事にいる、ミン・レイって知ってますか?」


「ああ…ミンさん…仕事が出来て、ハキハキして明るい…
もちろん、知ってますよ」


レイはシムの隣の席の子だ。
シムの姿を探す時、必ず彼女は視界に入る。
いつもシムの世話を焼いてくれる、しっかり者のいい子だ。


「ミンさんが…何か?」


「私たち、レイと同期なんです!
チョンさん、女子社員の中で有名なんですよ。
アメリカから来た、スマートでステキな方だって。
レイはチョンさんと同じ部署で、
チョンさんと話す機会があって羨ましいと思ってたんです。
今日、ここでお見かけしたので…うれしくて。ね?」


「ははは。そんな…いやあ…困ったな」


俺は照れるフリをした。
彼女たちは所謂「職場の華」のような存在だ。
スラリとしたスタイルに、整った顔立ち。
さりげなく流行を取り入れたTPOを弁えたファッション。
しかも営業部や秘書室勤務なんて…
その美貌に甘えることなく、
仕事もそつなくこなす才媛たちだ。
人の目には慣れている俺だけれど、
この時ばかりは男子社員たちの、
羨望の熱い眼差しが背中に痛かった。
彼女たちは学生時代、アメリカに短期留学の経験があった。
俺たちは食後のコーヒーを飲みながら、
アメリカで過ごした日々について、取り留めもない話をした。


「あ、そろそろ…俺も戻らなくちゃ」


腕時計を見て、俺は大げさにリアクションした。


「本当だわ。私たちもパウダールームに行かないと。
チョンさんと話していると、楽しくて時間を忘れてしまいます。
本当にスマートで紳士で…営業部の皆もそうだったらいいのに」


「どういうこと?営業部は皆ポジティブで明るいだろ?
営業トークで鍛えてるから、話だって上手いんじゃない?」


「うーん…そうかなぁ。それだけじゃないですよ。
皆、ガツガツしてて…成績と出世の事しか考えてないみたい。
私たち女子社員なんてアシスタント扱いですもの。
あ、そうだ…ソン先輩とチョンさんって、同期ですよね?」


「ああ、そうだよ。ソン・ヨヌって優秀なんだろ?
同期のエースだって聞いたけど?」


営業部と秘書室の二人は顔を見合せた。
秘書室の子が


「私、専務の秘書をしているんですけど…
食事でもどうかって、しつこいんです」


「人事とか秘書室とか…その辺りの女子社員をよく誘ってるって」


「常務のお嬢さんとも親しい…って噂もありますけど」


「ソン先輩とか、仲の良い同期のひとたちとか…
なんだか出世欲が見え見えで怖いんですよね」


「そうそう!」


「へえ…そうなんだ…」


俺はひょんなことから、ヨヌのよくない噂を聞いた。
こんなこと…
ヨヌの人柄を信じきっているシムの耳に入れたところで、
また俺がチャンミンに疎まれてしまうのがオチだ。
この世で生きている限り、
色んな「人種」と関わっていかなくてはならない。
誰かに裏切られたとか、踏みつけられたとか、
非情なようだがそんなことは日常茶飯事で、
いちいち傷ついていたら生きてはいけない。
シムに実害がなければ…それでいい…
そう思っていた。


シムは、良くも悪くも「純粋培養」だ。
極端な人見知り、内向的な性格が、
シムを世間知らずなまま大人にしたのだろう。
人と接しない分、競争に巻き込まれることはない。
だが、自分に自信が無くて、免疫も無いから…
疑り深いのが裏目に出て、少し優しくされると絆されてしまう。
ヨヌという人間が特別「ワル」だとは思わない。
あんな奴はどこの世界にも必ずいるのだから。
シムはヨヌを信用し、惚れている。
ヨヌに悪意があり、自分が利用されているとシムが知ったら…
俺はそのことだけが気がかりだった。
誰にも気づかれることなく、そっと…
シムを守ることができればいいのだけれど。
日本へ出張中も、夜にホテルで一人になると、
俺はそんなことばかり考えていた。


そして…俺は出張を終え、帰国した。
あの夜以来、シムとは会っていなかった。
気まずい雰囲気を想像して、少し緊張している俺が居た。
だが、予想外にシムはいつも通り接してくれた。
俺は心底ほっとした。
せっかく少しずつ近づいてきた距離が、
自分の軽々しい行動のせいで水の泡とならなくて本当に良かった。
夜、シムに誘われた同期会へ向かう途中、


「シムはそういうの苦手だろ?
乾杯してひと通り交流したら、帰ろうぜ」


そう言った俺に


「ユノにしては消極的だね?」


シムは俺を揶揄うように言った。
俺はシムを気遣って言ったつもりだったのに…
苦手な飲み会も、ヨヌがいれば平気なのか?
俺は正直、おもしろくなかった。
最初から気に入らなかった。
同期会という名目の腹の探り合いも、
ヨヌと言う男も、そんなヨヌにシムが惚れている事実も…
顔を出して、すぐに帰ってやろうかと思ったけれど、
やはり慣れない雰囲気に戸惑い、
俺の後ろに隠れるようにしているシムを見たら…無理だった。
案の定、同期の連中が下心ありきで俺に近づいてきた。
本心から「友達」になろうなんておめでたいヤツは一人もいない。
俺はのらりくらりと話を躱し、話題をすり替えた。
漸く奴らが俺を諦め、喫煙のために部屋を出て行った。
トイレに行こうと、俺も席を立った。
喫煙所の前を通りかかった時…


「チョン・ユンホって、噂ほどデキるヤツじゃないかもよ?
アメリカ支社の様子とか、もっと聞きたかったのに。
空気読めないっていうか、大した仕事させてもらってなかったんじゃ…」


「俺たちの見当違いかもな。アテが外れたよ。
やっぱりヨヌのシムルートが当たってたってことか」


仲間に肩を叩かれ、ヨヌは意味ありげにタバコを咥えて笑った。
そういうことか…俺は静かな怒りに震えた。

 

 

 

 

 

 

いつも心に妄想を♡

ポチっと応援よろしくお願いします

↓↓↓

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ 二次BL小説へ
にほんブログ村