*こちらで書いているお話はフィクションです。
登場人物は実在の人物の名をお借りしていますが、
ストーリーは作者の創作によるものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

17.



Side:Y



新卒採用の担当になった俺は、
部長について仕事を覚える日々だ。
やっぱりこっちはアメリカ支社とはずいぶん違う。
仕事のやり方も考え方も…
世界中に支社があるグローバル企業だとはいえ、
本社の体質はなかなかの旧態依然ぶりだ。
今日も延々と続く会議を終え、俺は少々げんなりしていた。


「チョン君、もう本社の雰囲気には慣れたか?」


「はい。アメリカで10年暮らしていたと言っても、
やっぱり僕はこの国の人間なので…
食べ物も懐かしくて、こっちに帰ってきて太ったみたいです」


「ははは。それは頼もしいな」


たぶん、部長には目をかけてもらっている。
アメリカ帰りの俺が、いきなり部長について仕事を覚えるなんて…
先輩を差し置いて、部長について出張することも、
本社採用の社員にとっては、面白くないだろうけれど。


「チョン君は英語だけじゃなく、日本語も得意なんだって?
日本語を話せる社員はたくさんいるが、細かい打ち合わせとなると、
なかなか意思の疎通が難しいものだ。
その点、チョン君は細かいニュアンスも理解できるから、
通訳が必要ないらしいね。さては、日本人の恋人でもいたのかな?ははは」


「はあ…それならいいんですけど…
残念ながら、そんな女性はいなかったですね。
日本語は、ネットでドラマを観ているうちに興味を持ったんです。
それで、プライベートで習ったりもして」


「へえ、君は何事にも好奇心があって熱心だね」


部長はうれしそうに頷いた。
べつに媚び諂っているわけじゃない。
ただ、本当のことを言っているだけだ。


「あの、部長…シム…シム・チャンミンって…
シム理事と親戚なんですね?」


部長は驚いたように俺を見た。
恐らくこのことは…会社としてオープンではないのだ。


「チョン君、そのことは…どこで聞いた?
社員のほとんどは知らないはずだが?」


「実は…シム・チャンミンとは、高校の同級生で。
こちらに転勤して、偶然同じ会社に入ったことがわかったんです。
10年ぶりの再会でした。それで、色々話をしていくうちに…
シムから…聞きました」


「そうだったのか。
うん、たしかに。シム君はシム理事の甥だそうだ。
だが、特別扱いはしないようにと、理事からも言われているし。
シム君自身も、コネで入ったことはあまり良く思っていないようだし。
彼は地味で目立たない部署で仕事がしたいと…
上司との定期面談でも、いつもそう言っているそうだ。
シム君は気にしているようだが、彼自身はよく仕事ができる。
コネ入社によくある、自分のバックボーンを自慢したりもしないしね。
私としては、彼は掛け値なしに優秀な社員の一人だと思っているよ」


「はあ…そうですか。
シムはいつも自分に自信なさげで…
コネで入ったからと、卑屈な面もありますし。
でも、私から見ても優秀な男だと思うんです!
よかった…部長も彼を公平な目で見て下さっているんですね」


俺があまりにほっとした顔をしたからなのか、
部長は笑って俺の肩を叩いた。


「チョン君は友達思いでもあるんだな。はっはっは。
シム君はいい友人と再会することが出来てラッキーだな!
人事はいつも公正でないといけない。私はそう思っているよ。
だが…そうでない者もいるから厄介なんだ。
重役や理事のコネで入社した者を優遇しろというリクエストも絶えない。
そして、そのコネを持つ者に集るやつらもいる。
口利きで実力以上のポストを手に入れようとする…
そんな要領のいい、ズルいやつらもいるんだ。
シム君は大人しいから、そんな野望はないだろうと思うけど」


「シムはそんな男じゃないですよ!謙虚すぎるほど、謙虚で…
じれったくて、イライラするくらいですよ」


俺は少しエキサイトして言った。
そんな俺を見て、部長は


「まるで保護者みたいだな。シム君のことは、今後はチョン君に任せるよ」


そう言って豪快に笑った。
保護者…そんなんじゃない。
俺は、あの夜以来…シムを意識せずにはいられなくなっていた…


シムが仕事のミスで徹夜した時、俺はその作業を手伝った。
気が付けばもうすぐ夜明けという時刻になっていた。
作業がすべて終わった時、シムは


「ユノ…ありがとう」


俺のことを「チョン君」ではなく、「ユノ」と呼んでくれた。
俺はテンションが上がり、喜びがこみ上げ…
気が付けば、思わずシムを抱きしめていた。
すぐに胸を突き離されたけれど、あれは俺の「愛情表現」だった。
帰りのタクシーで、シムは疲れきって眠ってしまった。
俺の肩に凭れ、眠るシムを俺は愛おしく感じた。
胸の奥にしまい、あきらめていた感情が…
また俺の中で熱く燃え始めた。
そう、俺は…かつて、シムに恋愛感情を抱いていた。
それはとても淡い片想いだった。
夏休み、電車の中で見かけたシムに恋をしたのだ。
俺はそれまで、女性しか愛せないと思っていた。
まさか、男のシムのことを「可愛い」とか「愛しい」と思うなんて…
俺はおかしくなってしまったのかもしれないと、戸惑った。
ある時、英語を習っていた外国人の先生にシムの事を話した。
先生はとてもフレンドリーでリベラルで、
俺は兄のように慕っていた。


「なるほど。ユノは恋の病に罹ってしまったんだね。
ユノはその…シムというコが好きなんだね?」


「でも、先生…男が男を好きになるって…変だよね」


「No!そんなことないよ。誰かを好きになるのは、素晴らしいことだよ!
ユノが本気でそのコが好きなら…男も女も関係ないよ」


そういって俺を慰め、励ましてくれた。
俺は先生に勇気をもらい、シムに思いを伝えることにした。
高3の文化祭のあと…シムに告白するつもりだったのに…


あれから10年が経った。
俺は高校を卒業し、両親のいるアメリカに渡った。
大学生活は苦労も多かったけれど、そこそこ楽しくやっていた。
日本人のガールフレンドは出来なかったけれど、
バイト先で知り合った青い瞳の女の子と付き合ったこともあった。
とても積極的な女の子で、俺の初体験は彼女だった。
長くは続かなかったし、女性経験は皆が思うほど多くはない。
俺は韓国本社の企業に就職し、こっちに戻ってきた。
まさか、初恋の相手と同じ職場だなんて、思いもせずに…


「うわぁ…綺麗!こんなにたくさん桜の木があるなんて…知らなかったよ!」


シムを誘って、河原の夜桜を見に来た。
仄かにライトアップされた桜が幻想的で、いつになくはしゃぐシムが可愛かった。
桜の花びらに染まるシムが綺麗で、俺の心拍数は一気に上がる。
初心でもないのに、妙に緊張して…
爆発しそうな心臓を宥めるために、ビールを喉に流し込んだ。
強い風が吹いて、桜の花が俺の目を掠めた。
心配そうに顔を覗き込むシム…そして…
気づいた時には、もう…俺はシムと唇を重ねていた。


《俺の思いに気づいてほしい…》


だが、シムは…このキスを偶発的な「事故」だと言った。
それ以上、俺は何も言えなくて…酔ったせいにするしかなかった。
それだけで終われば、なんとか治まったはずなのに…
俺は堪えきれなくなって、シムに気持ちをぶつけてしまった。
駅前のカフェで話すシムとヨヌを見かけた時、
その楽しげで親密な雰囲気に、俺は嫉妬を覚えた。
そして、10年前ことを思い出さずにはいられなかった。
10年前もそうだった。
シムはジェノに、あんな風に微笑みかけていた…
花見の帰り道、別れ際にシムに


「ヨヌのこと…本気なのか?」


シムは小さく頷いた。
俺は失恋の気配を感じながらも、シムに食い下がった。
10年越しのあの日の話を…俺の気持ちを伝えたかった。
ただ、それだけなのに…俺はシムの心をまたしても傷つけた…
走り去っていくシムの背中。
追いかけようとしても、足が思うように動かなかった。
話をしたくてマンションにも行ったけれど…シムは帰っていなかった。


「俺って、ホントに…救いようのないバカだ」


後悔しても遅い…いつも俺はこうだ。
シムのマンションの前、俺は電信柱の影に崩れ落ちた…
壊したくない一心で、時間をかけて分かり合おうとしていたのに。
俺はまた、自分の気持ちに蓋をすることに決めた。
 

 

 

 

 

 

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