*こちらで書いているお話はフィクションです。
登場人物は実在の人物の名をお借りしていますが、
ストーリーは作者の創作によるものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

16.




舞い上がるピンクの花びら──
なぜか涙が溢れて止まらない。
ぼんやりと曇る僕の瞳には、朧月夜が見えた。
メガネの奥に溢れた涙は頬を伝い、
やがて結ばれた唇に零れた…
僕は一瞬、


「どうして僕はコンタクトじゃないんだろう…」


そんなことを思った。
キスする時、メガネが邪魔になるなんて…知らなかった。
心と体がバラバラに動き出し、収拾がつかなくなってしまった…



「あっ…やっ…シム、俺…」


ようやくユノの唇が離れた。
僕は魂の抜けた人形のように、思考回路が停止していた。


「シム、ごめん…俺、酔ってる…」


「えっ…あ、ああ…
嫌だなぁ…ホントだ。ユノ、ビール二本も飲んだんだ?」


わざと冗談めかして軽く言った。
ユノの言葉に魔法が解けた僕は、慌ててひきつった笑顔を作った。


「弱いのに、そんなに飲むから。
ふらついて…ね、そうだよね?
事故、事故!ちょっとしたアクシデントだよね?あはは」


僕は精いっぱい明るく振る舞った。
そうだ。これは予期せぬアクシデントだ。
そうに決まっている…


「シム…」


「もう帰ろう。ほら、風が冷たくなってきたし」


何か言いたそうなユノに気づかぬふりをした。
僕はベンチから立ち上がり、
空になったビールの缶をコンビニの袋に押し込んだ。
帰り道、僕たちはほとんど無言だった。
月はすっかり雲に隠れ、舞い散った桜の花びらが道路を白く染めていた…
ユノのマンションの前までやって来たとき、


「ちょっと…寄ってく?コーヒーでも…」


ユノが躊躇いがちに誘ってくれた。
僕はさっきのキスで、まだ頭が混乱していたから


「ありがと…でも、今日はもう遅いから」


そう言って、やんわりと断った。
ユノの気持ちが読めないまま…これ以上は一緒に居られないと思った。


「そっか…そうだよな。
あの…俺、明日から日本に出張なんだ。
しばらく出社しないから。
同期会までには戻ってくるよ」


「うん…わかった。じゃあ…おやすみ…」


気持ちのこもらない言葉…
立ち去ろうとした僕の背中にユノの声が響いた。


「シム!シムは…ヨヌのこと…本気なのか?」


足を止め、僕は棒立ちになった。
やはり、ユノは…僕がゲイだってこと…忘れてはいなかったのだ。
もう逃げられない。いや、逃げちゃいけないと思った。
過去を蒸し返したくはないけれど…
あの、高3の僕を…否定することは出来なかった。
幼稚な言い訳で逃げられるほど、
僕はもう…子供じゃない。


「ユノ…」


ゆっくりと振り向き、僕は小さく頷いた。
僕とユノは、5メートルも離れていなかったけれど…
二人の間には、一瞬にして深くて大きな河が横たわった気がした。


「そうだよ…ユノが言う通り…僕はヨヌが…」


「ヨヌには打ち明けたのか?」


そんなこと…出来るわけない。
それはユノが一番よく知っているはずだ。


「ううん…言ってないよ。
完全な僕の片想いだから。
伝えようなんて思ってないよ。
ただ、僕は…ヨヌの近くに居て、たまに話が出来れば…
ヨヌの明るい笑顔を見ているだけでいいんだ。
それだけで幸せなんだ。
もう…あの時みたいに…傷つくのは嫌なんだ」


「シム…俺の話を聞いてくれないか?」


僕は首を横に振った。


「話なんて…聞きたくない。
本当はユノと再会なんてしたくなかった。
避けて過ごせるなら、そうしたかった。でも…
10年ぶりに会ったユノは、本当にやさしくて…
僕はユノを誤解していたのかもしれないと思ったり。
表面的だとしても、職場の同期として付き合っていけたら…って」


「そんな…表面的とか…
なあ、頼むから。俺の話を…」


「いいんだ。これまで通り…会社では仲間として…
仕事に支障のないように、僕と接してほしい。
僕がゲイだってことは、言わないで。
それだけは…お願い。じゃ…っ」


「あっ!シムっ!待って!!」


僕は思いきり走った。
運動は得意な方じゃない。
駆けっこなら、きっとユノの方が何倍も速いはずだ。
追いかけて来られたら…
僕はもっともっと感情を抑えられなくなってしまう。
高3の夏の出来事を自ら蒸し返し、
ユノに恨みつらみをぶつけてしまうだろう。
ヨヌのことだって、そうだ。
好きかどうかなんて、聞いてほしくなかった。
知らん顔をしていてほしかったのに…
せっかくユノとうまくやっていけそうな気がしていたのに。
このままが続いてくれればいいと、願っていたのに。
どうしてユノは…
僕の心を乱す?塞がりかけていた傷をまた…
僕は、自分のマンションと違う方向へ走った。
ユノは僕のマンションを知っている。
部屋に戻れば、ユノが訪ねてくるかもしれない。
いまは会いたくない。会わない方がいい…



「はあ、はあ、はあ…」


僕は駅に戻り、電車に飛び乗った。
今日は部屋には帰らない…
沿線で一番賑やかな駅で電車を降りた。
改札を抜けると、駅前に立ち並ぶ歓楽街のビル…
飲み屋や風俗店のネオンがギラギラと目に五月蠅い。
僕にとって、普段は縁のない街だ。


「お兄さん、いい子いますよ」


ネットカフェを探して歩いていると、
風俗店の客引きがすっと忍び寄り、耳元で囁く。
店の女の子が載ったティッシュを渡されたが、
僕には必要のないものだ。
ふと、七色のネオンに照らされた空を見上げる。
この界隈には…一度だけ足を踏み入れたことがあった…
大学二年生になった頃だ。
大学生になっても、僕の内向的な性格は変わらなかった。
そんな僕の楽しみは古本屋めぐりだった。
本好きな僕が、唯一ほっとできる場所…
中でも週三度は訪れていた古本屋の若い主人と、
いつしか言葉を交わすようになっていた。
純文学からエッセイまで、彼が教えてくれる本はすべて面白かった。
ある日、僕は彼から「告白」された。


「僕はゲイなんだ。君も気づいていたよね?
君も…僕と同じ種類の人間…そうだよね?」


僕は驚き、戸惑ったけれど…
同じアイデンティティーを持つ彼と出会えたことは、
僕にとっては喜ばしいことでもあった。
彼は僕と同じ「ネコ」だった。


「自分で慰めるより、もっと気持ちいいよ」


彼に誘われ僕は初めてゲイ風俗に行き、
セックスというものを経験した。だけど…
あれ以来、僕は…誰にも体を許していない。

 

 

 

 

 

 

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