*こちらで書いているお話はフィクションです。
登場人物は実在の人物の名をお借りしていますが、
ストーリーは作者の創作によるものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2.




ただでさえ、会社に行くのが憂鬱な僕に…
追い討ちをかけるような出来事があった。
それは…今日、アメリカ支社から異動してきた男…
チョン・ユンホ、「ユノ」のせいだ。
まさか、同じ高校の同級生のユノが…
同じ会社に勤めていたなんて。
残酷すぎる神の仕打ちだ。


「はあ…」


一人暮らしのマンションの鍵を開け、
買ってきた晩御飯の弁当をテーブルに置いてため息を吐いた。
25歳になった時、僕は念願の一人暮らしを始めた。
ワンルームの手狭な部屋だけれど、
何かと干渉する親からやっと独立できた、僕だけの城だ。


「ただいま」


部屋の隅に置いた水槽に挨拶する。
人付き合いの苦手な僕に友達はほとんどいない。
この小さなグッピーたちが僕を慰めてくれる友達だ。
えさの缶を手に取るだけで、僕の側に寄ってくる。


「今日もお留守番してくれてたんだね。お利口さんだね」


そう言ってえさをやると、可愛い友達は小さな体を踊らせる。


「はあ…疲れた」


一日中、ユノに僕の存在が知れないよう…
気を遣い続けていつもより数倍は疲れた。


「食欲ないな…先にシャワー浴びようかな」


重い心と体を引きずり、バスルームに向かう。
ワイシャツを脱ぐと、貧弱な上半身が鏡に映る。
まったく鍛えていない薄い胸…
スポーツ経験のない僕は、学生時代はずっと帰宅部だった。
学校という場所が苦痛だったから…
少しでも早く家に帰り、自分だけの空間に浸りたかった。
何か大きな出来事があったわけではないけれど、
なんとなく…学校には自分の居場所がないと思っていた。
大人になれば、自分の居場所が見つかるはずだった。
でも、現実はそう甘くはなかった。
こうしていまも、僕は自分の居場所を探しているんだから…


「あふっ…はあ…んんっ…」


シャワーを浴びながら、自分のしるしを緩やかに扱く。
前で満足できなくなった僕は、うしろに指を埋めて…


「うふんっ…ん…ン…」


いつしかバスルームの床に四つん這いになって、
夢中になって自分を慰める。
うしろで達する時もあるし、先に前が反応してしまうこともある。


「はあ、はあ、はあ…」


シャワーのお湯と、汗と、自分の精…
それらにまみれながら、僕は放心してしばらく動けない。


そうなのだ。
僕は…男しか愛せない。
思春期を迎えた頃、周りの男子と自分が違うということがわかった。
中学生の時、気の合う女子から「好きだ」と告白された。
僕は、その子の事は本当に仲の良い友達という感覚だった。
手を繋いでも、唇が近づいても…
まったく何の感情も湧くことはなかった。
それよりも、僕には気になる子がいて…
それは同じクラスのスポーツの得意な同性の子だった。
ある時、彼が僕の水筒を横取りして飲んだ。
美味しそうに喉を鳴らして水を飲む彼を見て…
僕は思わず胸が熱くなった。
心臓がドキドキして、顔が燃えるように熱くなった。
そして…彼が口づけた水筒に、自分の唇を重ねた…
それが僕の初恋だった。
僕が学校に、この世の中に馴染めない理由。
それは、僕のマイノリティに大いに関係があるのだ。
本当の自分を隠しながら生きる日々…
たまに叫び出したくなるけれど、
実際にはそんな勇気は僕は持ち合わせていない。
僕は女性になりたいわけじゃない。
ただ…誰かを愛する対象が同性なだけだ。


「ああ…また、やっちゃった…」


自分の精でベトベトになった体をシャワーで流し、
虚しい気持ちを抱えてバスルームを出た。
風呂上がりには決まってビールを飲む。
気のせいか…
自慰をしたあとのビールは、
スポーツをしたあとの一杯とよく似た爽快感があった。
そんなことを思うのって…僕だけかもしれないけれど。
そんな自分を、自分でも変なヤツだと思っている。
窓を開けてベランダに出てみた。
通りを挟んで見える公園の桜は、もうすでに散ってしまった。
春から初夏に変わろうとする季節の風が肌に心地好い。


「チョン・ユンホ…ユノ…どうして?なんで同じ会社に?」


忘れようとしても、頭のどこかでつねに意識してしまう。
思い出したくもない、彼とのエピソードが走馬灯のようによみがえる…


僕と彼…ユノは高校時代の同級生だ。
はっきり言って、僕と彼は「正反対の世界に住む人間」だ。
僕が「陰」なら、ユノは「陽」だ。
僕は所謂「陰キャ」で、ユノは学年の人気者だった。
友達もほとんどいない僕に対し、ユノは友達が100人いるタイプだ。
そんな接点もなにもない、交わるはずもない僕とユノだったけれど…
「ある出来事」がきっかけで、ユノはたぶん僕を知った…と、思う。
その出来事は、僕の人生に大きな影響を与えた。
いまでもトラウマになっているのだ。
そんな出来事に関わりのあるユノと再会するなんて…
おおよそ10年が経ち、やっと心の傷も癒えてきたというのに。
僕とユノをめぐり逢わせるとは、神も仏も恨みたくなる。


「きっと、ユノは僕の事なんて憶えてないはず…
だってクラスでもほとんど口を利かなったんだから。
知らん顔して、なるべく会わないようにすれば…
僕だって、いつまであの会社にいるってことはないんだし」


「コネ入社」もそろそろ卒業したいと思っていたところだった。
どこか、親の目も届かない遠い所で…
暮らしてみたい、自由になりたいという願望もあった。
心が苦しくなったら、今度こそはいっそどこかへ飛んでみようかと思っている。
もう、27歳の立派な大人なんだから…
そう思うと、少し気持ちが楽になってきた。
僕はビールをグイグイ飲み干すと、アルミ缶をぐっと握りつぶした。



「おはようございます」


本社ビルの10階にある人事部は、経理部と同じフロアにある。
人事も経理も人の行き来が激しいから、僕の存在も目立ちにくいはずだ。
そして、ユノの配属された採用部門は年中忙しく、出張も多い。
きっと、面と向かって顔を合わせる機会も少ないだろう。
なんとか乗り切れると僕は考えた。
朝の人事部、一番乗りはたいてい僕だ。
僕は大勢の中に飛び込んでいくのが苦手だ。
人より先に来て、迎えるぐらいがちょうどいいのだ。
昨夜、いつもより飲み過ぎたせいで朝寝坊してしまった。
いつもの電車より一本遅れたから、
今朝はコンビニでコーヒーを買いそびれた。


「まあ、いいか。ゆっくり給湯室で淹れよう」


そう思ってデスクに荷物を置こうとした時、


「よう。早いな」


「!!」


ユノが僕の席に座っていた!!


「あっ、あっ、あっ…」


僕はユノの顔を見て固まった。
ユノはにっこり笑って、僕の椅子をくるりと回した。


「あのっ…なんですか?」


「なんですか…なんて。水臭いな。
シムだろ?シム・チャンミン。
俺のこと、憶えてない?
T高校で一緒だった…チョン・ユンホ。ユノだよ」


ユノはデスクに頬杖をつき、小首を傾げた。


「ど、どうして…僕のこと…わかったの?」


「部長から人事部の名簿を見せてもらって。
『シム・チャンミン』って、あったから…もしかして…って。
ついでに女子から写真も見せてもらって。
やっぱりシムだって思ったんだ。久しぶりだな」


ユノの微笑みに、僕の心臓は破裂しそうになった。

 

 

 

 

 

いつも心に妄想を♡

ポチっと応援よろしくお願いします

↓↓↓

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ 二次BL小説へ
にほんブログ村