*こちらで書いているお話はフィクションです。
登場人物は実在の人物の名をお借りしていますが、
ストーリーは作者の創作によるものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

30.




店の二階はチャンミンの住まいになっていた。
決して広くはないが、綺麗好きなチャンミンらしく、
掃除も行き届いている。
ブルーグレーの壁紙にアイボリーのカーテン、
部屋にはチェストと机、真鍮製のベッドが置かれていた。
美しい形の飾り窓からは、膨らみかけた桜の蕾が見えた。
バラの甘い香油の匂いに包まれ、二人は白いシーツの海を泳ぐ。
ユノはチャンミンを腕に抱き、チャンミンの胸に抱かれ…
寸分の隙間もないほど、体を重ね合った。
ユノの唇がチャンミンの体を這い、
チャンミンは身を捩って快感に耐えた。


「ああっ…ユノっ!そんなにしたら…壊れ…るっ!」


「やさしくしたいけど…俺を離さないチャンミンが悪い…うんっ…!
ほら、こんなに締め付けて…イクしかないじゃんっ」


「僕は…僕は…もう長い事…こういうの…無かったから…っ…」


「ほら、また…チャンミンはウソが上手いんだから。
じゃあ、どうして…ナカがこんなになってるの?
俺を待ってたみたいに…柔らかくて…融けそうだよ」


チャンミンの奥は熱く、まるで溶けだしたチョコレートのようにとろとろしていた。
ユノのしるしを飲み込み、締め付け、捉えて離さない。
苦しそうな表情とは裏腹に、美しく白い肢体は積極的にユノを求めている…
若いユノは、熟れたチャンミンの体に溺れ、
抑えていたマグマをチャンミンの中で爆発させた。
何度も上り詰め、そして果てながら…
チャンミンとユノはひとつに融け合っていった。
幸福な絶頂感に震えながら、チャンミンは静かに涙を流した。
そして、ユノは…
遊び疲れた子供のように、チャンミンの背中に縋りついて眠った。


「ふふ…ユノ…可愛い…何も変わらない。ユノは、ユノだ…」


静かな寝息を立てるユノ。
汗で額に張り付いた前髪を梳いてやると、くふんと鼻を鳴らした。


「素敵な思い出をありがとう…もう何も思い残すことはないよ」


チャンミンはそっとベッドを抜け出し、長い髪をまとめた。
フィリップの愛人をやめた、その日から…
もう長い事、チャンミンは後ろを使ったことはなかった。
正確に言えば…自分で慰めること以外はしていない。
重い腰も、腿の間を滴り落ちるユノの精も…すべてが甘く、幸せな気怠さだった。
下着を穿き、床に脱ぎ捨てたブラウスに手を伸ばすと…


「チャンミン、何してるの?!」


「ユ、ユノ…」


一糸纏わぬユノが、ベッドから起き出してきた。
チャンミンの前に立ちはだかり、ベッドへと連れ戻す。


「何やってるんだよ!こんな真夜中に、いったいどこへ行くつもり?」


「………」


「やっぱり…また俺に黙って…姿を消すつもりだったんだね?
さっき、泣いてただろ?それでピンときたんだ。
きっと、また…俺を置いてどこかへ行くつもりだって…」


「だって、ユノ!こんなことは…ユノのためにならないんだ。
こうして一時的に体を繋げても…僕たちの関係に先はない。
僕は…ユノに片想いをしていたんだ。それは、決して実る事のない恋だと思ってた。
ユンジンさんにユノを返した時、もう二度とユノには会わないと決めたんだ。
手紙のやりとりは、ユノがあちらで落ち着くまでと思ってた。
僕が急に姿を消せば、またユノは家を飛び出すと思ったから。
でも、もう…会って顔を見ることはするまいと決めていた」


「俺がカンパニーの跡取りだから?」


チャンミンは俯いたまま答えなかった。
だが、ユノにはわかっている。
ユノの将来を案じ、身を引こうとしているチャンミンの思惑が…
ユノとの一夜を思い出に、去っていこうとしている理由が──


「ねえ、チャンミン。そんなこと、チャンミンだけが考える事じゃないよ。
俺はもう子供じゃないって言ったでしょ?
俺だって、それくらいのこと…ちゃんと考えてるよ」


「え、ユノ…」


チャンミンとユノはベッドに並んで座った。
かすかに震えるチャンミンの肩に毛布を掛け、一緒に包まった。
チャンミンの細い腰を抱くと


「チャンミンのことだから…そんなこと言い出すんじゃないかって。
色々と頭の中で、どうすれば俺たちが一緒になれるかって考えてた。
俺は、正式にチャンミンと『結婚』するつもりだよ」


「何を言って…そんなの…無理だって…!
ユンジンさんを悲しませちゃいけない!親不孝だよ、ユノ!」


「だから…最後まで聞いてってば。
俺だって、なんの考えも無しに結婚したいなんて言わないよ。
俺が真剣で、チャンミンも同じ思いで居てくれるなら…
誠心誠意、二人で努力して乗り越えていけたら…
きっと父さんだって、周りの人たちだってわかってくれる。
どんなに時間がかかっても…どうか俺を信じてついてきてほしい」


「ユノ…」


「どこにも行くな!もう二度と、俺のそばから離れようなんて思うな!」


ユノはチャンミンを強く強く抱きしめた。
互いの心臓の音が重なり、ひとつになった。
チャンミンは戸惑い、躊躇いながらも喜びに涙が止まらなかった。
飾り窓から見える桜の枝には、膨らみかけた蕾が揺れている。
チャンミンの白い肢体には、ユノが散らしたキスの花びらが咲き乱れている。
寒いあの長屋の部屋で、一つの毛布に包まって眠った思い出…
抱き合い、融け合いながら、チャンミンはあの頃の甘い記憶に酔いしれていた──



:::::::::::::::




青々と瑞々しい若葉が眩しい。
昨日まで降っていた雨も嘘のように晴れあがった。
俺は慣れないカフスボタンに苦戦しながら、
裏庭を通って離れの一室に向かった。


「チャンミン、仕度できた?」


「あ、うん…どう?おかしくない?」


「坊ちゃま、口が開きっぱなしですよ。
チャンミンさんに見惚れて、声も出ないようですね。はっはっは」


ジョハンの言う通り…チャンミンの姿を見た俺は、開いた口が塞がらない。
大きな鏡の前、白いタキシードに身をつけたチャンミンがはにかんでいる。
ほんのりと頬を桜色に染め、緑の大きな瞳を潤ませてこちらを見た。


「綺麗だ…それ以外、何も言葉が思いつかないほど…綺麗だよ」


チャンミンは金色の髪を後ろで一つに束ねている。
正装なのだから、仕方ないのだけれど…
俺はそれに少し不満だった。


「ジョハン、式まで二人きりにしてくれないか?」


ジョハンは柔らかな微笑みを湛え、
時間になったら呼びに来ると言って部屋を出た。
俺の難しい顔に気が付いたのか、チャンミンが顔を覗き込んできた。


「ん?何か気になる事がある?眉間に皺…寄ってるよ?
やっぱり、白のモーニングコートなんて…やめといたほうがよかったかな?」


「そうじゃないよ。そうじゃないけど…」


俺はチャンミンの腰を抱き、キスをした。
いきなりのキスに、チャンミンは大きく瞳を見開いて驚いていたけど…
だんだん瞳が潤んで、目尻が赤く染まっていくのがわかった。
感じてるんだ…俺のキスに。そこが堪らないんだよ。
俺はキスをしながら、チャンミンの髪を束ねたサテンのリボンを解いた。


「あっ、ユノ!なにを…」


「これだよ。このリボンが気に入らないね。
チャンミンの金色の綺麗な髪が死んじゃうじゃないか。
このままでいい。リボンなんていらないよ。
ほら、見て!チャンミン…綺麗だよ。天使みたいだ」


「もう、ユノには敵わないよ…ふふっ」


再会して一年の時が過ぎた。
チャンミンにプロポーズした俺は、父さんや周りの理解を得るため…
仕事も頑張ったし、チャンミンの人柄がどれだけ素晴らしいかを説いた。
俺がチャンミン…つまり男しか愛せないと知った父さんは、やっぱりショックを受けていた。
ドンヘさんやカイ、そして生涯独身を通すジョハンは早々に理解を示してくれた。
父さんが一番の難関だったけれど、元々チャンミンの人柄を評価していた人だから…
俺の真剣な想いと、チャンミンの温かい人柄に、
父さんも「反対する理由がない」と、結婚を許してくれた。
そして、今日…
この佳き日に、俺とチャンミンは結婚式を挙げる。
結婚式といっても、うちの屋敷の庭で、
ごく親しい人たちだけを招き、結婚を誓うだけの式だ。
チャンミンと俺は、チャンミンの作ったモーニングを着て挙式する。
チャンミンは純白で、俺はチャンミンの好きなロイヤルブルーのモーニングだ。
俺はチャンミンの手を繋ぎ、部屋のドアを開けた。


「さあ、行こう!」


ピンクのバラが咲く庭には、もうすでに皆が顔を揃えていた。
口々に祝福の言葉を俺たちにかけてくれる。
ドンヘさんとカイは俺たちの結婚を、真っ先に祝福してくれた。
黙って姿を消したこと、チャンミンは二人に泣いて謝っていたっけ…


俺とチャンミンは腕を組み、寄り添って一歩を歩き出す。
バラで作られたアーチを潜り、その先で待つ父さんの前に進み出た。
指輪を持って待つ父さんの目には、もう涙が浮かんでいる。


「二人とも幸せに…チャンミンさん、ユノをお願いします」


「お父さん…ありがとうございます。本当に…ありがとうございます」


チャンミンも泣いていた。父さんとチャンミンは泣き顔で笑い合った。
指輪を交換し、晴れて俺とチャンミンは…本当の意味で結ばれた。
俺はチャンミンの手を取り、指輪を空高く太陽に翳した。


「綺麗…ユノ、綺麗だね…」


「ああ、綺麗だ…世界の誰よりも…チャンミン」


ピスタチオグリーンの大きな瞳を潤ませ、
チャンミンはこれほどにないほど笑顔だった。
死が二人を分かつまで…この横顔をずっと眺めていたい。


君を思う時、私は馬鹿みたいに情けない顔になる。
君のいる場所だけが天国だった。
もう一度、俺だけに笑ってほしいんだ。
SHE…SHE…
二人で暮らした愛おしい日々…
あれが俺の初恋だった…


そして、いま…俺の初恋は叶った。
「彼女」は俺の唯一のひとで…
どんなことがあっても、もうけっして離したりはしない…





《完》

 

 

*最後までおつきあい下さり、ありがとうございました。

明日は「あとがき」を更新いたしますハート

 

 

 

 

いつも心に妄想を♡

ポチっと応援よろしくお願いします

↓↓↓

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ 二次BL小説へ
にほんブログ村