*こちらで書いているお話はフィクションです。
登場人物は実在の人物の名をお借りしていますが、
ストーリーは作者の創作によるものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

29.




金色に光る長い髪が眩しかった。
緑色の美しい瞳はどこまでも深く澄んでいた。
あんず色の唇、抜けるような白い頬…
見間違うはずもない、初恋のひとがそこに立っていた。


「あの…お客様?」


そのひとは、まだ気づかない…
だが、ユノにははっきりとわかった。


「チャン…ミン…?」


一瞬、訝しげに瞳を細めた。
まじまじと見つめ、ユノの唇の上にあるほくろを認めた時…


「ユ…ノ…?」


「そうだよ…チャンミン。ユノだよ…探したんだよ!チャンミン!」


言うが早いか、ユノはチャンミンを抱きしめていた。
金の糸のような髪が指に纏わりつく。
チャンミンの髪は、ユノと出会った頃のように再び長く伸びていた。
この感触だ。ユノが長い間求めていたものは…
甘い髪の香り、チャンミンの温もりがユノの全身を駆け巡る。


「チャンミン、会いたかった!どれだけ探したか…チャンミンのバカ!
誰にも居場所を知らせずにいなくなるなんて…ひどい!ひどいよ!
俺がどれだけチャンミンに会いたかったかわかる?
ずっとガマンしてたんだよ?立派な男になるために…必死だった…」


「ユノ…ごめん…ごめんね…」


ユノはチャンミンを抱きしめ、大声で泣いた。
別れの日、一滴の涙も見せなかったユノ…
あれから、ずっと…チャンミンの胸へ帰ることだけを夢に見ていた。
その夢が…叶った瞬間だった。
チャンミンとユノは、ひとしきり涙を流し、再会を喜び合った。



「へぇ…ここはチャンミンの店なんだ?」


「うん…僕が洋服の仕立て屋になってるなんて、可笑しいだろ?」


チャンミンは紅茶を淹れながら儚く微笑んだ。
金色の髪が午後陽射しに透けて、光に融けてしまいそうだ。


「ううん、可笑しくなんかないよ!
凄いよ!チャンミンにはそんな才能があったんだね」


ユノを手放してからしばらく、チャンミンは生きる気力を失っていた。
ユノのいない人生など、自分にとってはもはや無駄な時間だと…
河に身を投げ、この世から消えてしまおうかとも考えた。
毎日が、ただ惰性で過ぎていった…
そんな時、ロマン洋服店のあった地区が再開発で整備されると噂に聞いた。
あの店も含め、立ち退きとなり取り壊しになるという。
恩人であるロマンが心配になったチャンミンは洋服店を訪ねた。


「ロマンさんは店をたたんで、娘さん一家のところへ行くと言ったんだ。
『器は何でもいいんだ。だが技術は…伝えていかないと勿体ないと思って』
ロマンさんはそう言ったんだ。自分の技術を誰かに伝えておきたい…って」


なぜかはわからない。
だが、チャンミンはすぐにその場でロマンに弟子入りを志願した。
裁縫など、ボタン付けくらいしかしたことのない自分が…
テーラーになるなど、考えてもみなかった事だ。
ロマンは驚いていたが、


「君には初めから…何か運命めいたものを感じていたよ」


そう言って、チャンミンにテーラーの技術を教え込んだ。
手先が器用で真面目なチャンミンは、乾いた砂が水を吸う如く…
ロマンの技術をどんどん習得していった。


「そうこうしているうちに立ち退きの期限が来て…
立ち退きの代替地として用意されたこの街に引っ越した」


「どうして誰にも言わず居なくなったんだよ?
せめてドンヘさんにくらい…居場所を教えてもよかったじゃないか!」


「ううん…どうせなら僕は…誰も知らない土地で生きたかった。
死のうとしても死ねず、ユノの面影を追いながら暮らすなんて…
我ながら、あの頃の僕は女々しくて恥ずかしいよ。
最初はロマンさんと二人でこの店を始めたんだ。
二人とも欲が無くて、儲けようなんて考えなかった。
だから、店の名前も看板も無いんだ。
昔なじみのお客さんと、口伝で来てくださる方だけ。
これでもわりと忙しいんだよ。ふふふ。
僕は仕立て屋の仕事が楽しくて、天職だと思えたんだ。
やりがいがあるってだけで、仕事をすることが何倍も楽しくなった。
こっちに移って3年経った頃…ロマンさんは娘さんのところで隠居することになって」


ユノはテーブルに頬杖をつき、恨めしそうにチャンミンを見た。


「俺の事は…考えなかったの?
黙って姿を消すなんて。俺が必死で探すって、思いもしなかった?」


「それは…僕はいつでもユノを思っていたよ。
だけど、ユノはもう僕のそばにいたユノじゃない。
新しい人生を歩んでいるんだ。収まるべき場所に還ったんだ。
それなら…もう邪魔はしちゃいけない。
僕のことも、一緒に暮らしたことも忘れて…
チョン・ユンホとして、相応しい道を歩いてほしいと思った」


「だから、身を引いた?」


チャンミンは黙って頷いた。
ユノは立ちあがり、向かいに座るチャンミンの前に跪いた。


「バカだなぁ。約束したじゃないか。
必ずチャンミンを迎えに行くって。
俺の性格、全然わかってないじゃない。
俺はね…小さい頃から、こうと決めたら真っすぐなんだよ?
特にチャンミンのことに関してはね。
俺はチャンミンに恥じないよう、正しく真っすぐに生きてきた。
ただ、チャンミンに会うことだけを夢見て…
忘れてほしかった?そんなの…忘れるはず…ないよ」


ユノはチャンミンに掌を重ねた。
潤んだ緑の瞳に吸い込まれるように…
ユノはチャンミンにキスをした。


「ユノ…」


「もう逃げないでよ。俺ももう大人になった。
あの頃の…子供のユノじゃない。
俺はずっと…あの頃から…ううん、出会った時から…
チャンミンに恋をしていたんだ。
チャンミンのことが好きで好きで堪らなかった。
でも、子供過ぎて…自分の気持ちを伝えるすべがなかった。
いまなら言えるよ。チャンミン…愛してる」


「ユノ…ありがとう…でも…それはダメだよ。
ユノは『まとも』なんだ。僕みたいなのを…好きだとか、言っちゃいけない。
普通に恋愛をして、結婚するんだ。ユノはカンパニーの跡取りなんだよ?
それに、僕はもうとっくに30歳を過ぎた。
若いユノと付き合えるほど…自分に自惚れちゃいないよ」


チャンミンがユノの手をそっと放した。
だが、チャンミンの強い言葉は、ユノの思いを一層燃え上がらせた。


「大人になってわかったことがあるんだ。
チャンミンも…俺のこと、好きだと思ってくれてたでしょ?
ううん、わかってる。『親子の愛情みたいなものだ』なんて言わないで。
俺だって、恋愛の真似事みたいなこともしたよ。
全寮制の学校だったし、よく女の子から誘われたり…
大学の時は性にオープンな国だったこともあって、
それなりにセックスも経験したけど…俺は全然ときめかなかった。
ある時、気がついたんだ。
俺を見る女の子たちの目…俺に好意がある熱っぽい瞳…
それは、小さい頃に見たチャンミンの瞳だった」


「ユノ、やめろっ!」


「いつもじゃない。時々…ほんの少しだけ…
そんな瞳で俺を見るチャンミンがいたことを…思い出したんだ。
違うなんて言わせないよ。たしかにチャンミンは…
俺のことを好きでいてくれた。好きだと…思っていてくれたんだよね?」


チャンミンは項垂れた。もう否定する気にはなれなかった。
ユノの迸る情熱をぶつけられ、張り詰めていた心の糸がぷつんと切れた。


「俺はやっぱりチャンミンしか好きじゃない。
誰を抱いていたって、チャンミンの面影を追いかけていた。
だから、チャンミン…俺を受け入れてよ」


「ユノ…僕は…」


顔を覆い、涙を流すチャンミンをそっと抱きしめた。


「年の差なんて関係ないよ。俺はもう子供じゃない。
チャンミンは綺麗だ。俺が初めて会った時のチャンミンと同じだよ」


「ユノ…ありがとう…
そんな言葉、ユノから聞く日がくるなんて…夢みたいだ」


「夢じゃないよ。ほら、キスも熱いだろ?」


ユノはチャンミンと唇を重ねる。
何度も角度を変え、熱い舌を絡めて互いを味わった。


「そういえば…あの男の子は…誰なの?
俺をこの店に入れてくれた…
あの子がいなかったら、俺はチャンミンと会えなかった」


「男の子?そんな子は…いないけど?」


「えっ…!?じゃあ…あの子は…?!」


黒い瞳に黒い髪、人懐こく笑ったあの子には…
ユノと同じように、口元にほくろがあった。


「まさか…あの子は…俺…?」


「もしかしたら…神様がユノをここに導いてくれたのかもしれないね。
看板も出ていないこの店に…たどり着くこと自体が奇跡のようなものだから」


「チャンミン…」


ユノはチャンミンを抱きしめる腕に力を込めた。
きっと…いや、そうに違いない。
幼い日の自分が…チャンミンの元へと導いてくれたのだ。


「ユノ…こんなに大きくなって…素敵な大人になったね…」


「チャンミン…もう離さないよ。
どんなウソも、もう俺には通用しない。
たとえ誰かのものになっていたって…俺はチャンミンを奪う」


二人の影が重なった。
そして…碧く輝く月の夜に…
十数年の時を経て…二人は初めて結ばれた。

 

 

 

 

 

 

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