*こちらで書いているお話はフィクションです。
登場人物は実在の人物の名をお借りしていますが、
ストーリーは作者の創作によるものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

24.




ユノはぼんやりと月を見ていた。
フィリップが持ってきた木箱の上に座り、
すっかり冷たくなった夜の空気に身を晒していた。
冴えた白い月は美しい円を描いていたが、
その光は世界のすべてを凍り付かせるほど冷たく、
それはまるでユノの心を映しているようだった…


「ユノ」


玄関の前でぼうっと月を見上げるユノに、
チャンミンが声を掛けた。


「チャンミン…」


「どうして外にいるんだ?凍えて風邪でも引いたら…
ん?その箱…どうしたの?」


チャンミンはユノが座る大きな木箱に目を留めた。
ユノは木箱から降りると


「知らない。知らない人が持ってきた」


不機嫌な顔をして、ぷいっと中に入ってしまった。
注意深く見ると、それは林檎が入った箱だとわかった。
ユノを追って部屋に入ったチャンミンは


「知らない人があの林檎を持ってきたの?あれは…」


「フィリップ…って人だよね?この前…林檎をくれたのもあの人?」


「ユノ…」


怒りを滾らせたユノの瞳…
もはや、それは10歳の少年の表情ではなかった。


「チャンミン、前にもあの人に会ってたことあるよね?
あの人の匂い…チャンミンの髪についてたのと同じ匂いがしてた!」


「ユノ、聞いて?あの人は…」


「俺、あの人嫌い!あの人はチャンミンの何?」


「ユノ、あの人は…悪い人じゃないよ。
むしろ、僕はあの人に助けられて…」


「どうしてあの人を庇うの?あの人の事が好きなの?
俺より、あの人が好きなの?あの人の方が大事なの?!」


ユノは憤怒の表情を浮かべ、チャンミンを激しく問い詰めた。
瞳の中には赤く燃える嫉妬の炎が揺れている。
まだ、幼いユノに…こんな思いを抱かせている。
純粋無垢であるべき10歳の少年に、
大人のどす黒い世界を見せているのは…
紛れもなく自分の罪だとチャンミンは思った。


「ユノ…」


怒りに涙を浮かべたユノをチャンミンは抱きしめ、
丸い小さな頭を掌でそっと包んだ。


「ごめん、ユノ…僕は…あの人が好きなんだ。
あの人は僕の恋人なんだよ。僕の事をとても大事にしてくれるんだ。
何でも買ってくれるし、僕を守ってくれる…」


「守って…?」


「うん。大きな心と体で守ってくれるんだ。大人だからね。
僕は…あの人と一緒に暮らしたいと思ってる」


「!?」


ユノがチャンミンの体を突き放す。
子リスのような黒い瞳から涙が零れ落ちた。


「なんで…なんでそんなこと言うの?
チャンミン、ずっと俺と一緒にいるって…言ったじゃない!」


「事情が変わったんだ。大人の事情だよ。
子供のユノにはわからない事だ。
実はね…ユノのお父さんがユノを引き取りたいって言ってる。
ジョハンさんは本屋さんなんかじゃないんだ。
本当はユノのお父さんの会社の人で…お父さんは社長さんなんだよ。
その社長さんに頼まれて、ジョハンさんはユノの様子を見に来てたんだ」


「ウソだ…やめてよ…チャンミン…聞きたくないよ!」


ユノの泣き顔に決心が揺らぐ。
だが、チャンミンは心を鬼にして続けた。


「ユノはジョハンさんの事は好きだろ?
お父さんのところに行っても、ジョハンさんがユノの面倒を見てくれる。
ジョハンさんはやさしいし、一緒に居てくれたら淋しくないだろ?
それにね…ユノのお父さんもとても立派な人だ。
お父さんのところへ行けば、いい学校にも行けるし、
食べることも何もかも…何不自由なく暮らせるんだ。」


「イヤだよ…チャンミン!そんなこと言わないでよ!
俺はチャンミンと一緒にいたいんだよ!どこへもやらないで!
俺、もうわがままも生意気も言わない!
チャンミンのいう事、約束もちゃんと守るから!
お金も…ドンヘさんのパン屋で働く!
だから、だから…そんな事言わないで…お願い…」


床に泣き伏すユノに、心が張り裂けそうになる。
年端もいかないユノには非情すぎる仕打ちだ。
それでもなお、チャンミンは追い討ちをかける。


「ユノ…ごめん。もう…疲れたんだ。
僕にユノを育てるのは、やっぱり無理だった。
ユノが悪いんじゃない。全部、僕の都合なんだ。
掃除夫やクリーニングの仕事にはうんざりしてた。
働いて、働いて…働いても全然ラクにならない。
僕だって美味しいものを食べたいし、綺麗な洋服も着たい。
あの人…フィリップ様なら…その願いを叶えてくれる。
僕は、あの人のところへ行って楽しく暮らすよ。
ユノは本当のお父さんのところへ行って…
大会社の社長の息子として、楽しく暮らしていけばいい」


「チャンミン…!」


「とにかく…もう決めたから。ユノもそのつもりで」


ユノに背を向け、チャンミンはキッチンに立った。
泣き疲れたユノは、夕食に手もつけずベッドにもぐりこんだ。
留めの嘘を吐いたチャンミンの心は、血を流し続ける。
流し続け、体中の血をすべて失っても…
幼いユノを傷つけた自分は、地獄へ落ちるのだとチャンミンは思った。
それでもいい。後悔はなかった。
布団に包まりながらユノは考えていた。
カイやフィリップの言葉が頭の中を駆け巡る。
好きなひとを…大切に思うひとを守るとは…
チャンミンのため、いまの自分に出来ることとは…
小さなユノは自分がもどかしく、歯がゆくて仕方がなかった。
自分が10歳でなかったら…
フィリップなんかに負けないのに。
チャンミンを守れるのに、チャンミンに苦労はさせないのに…
となりのベッドで眠るチャンミンの息遣いを確かめながら、
ユノは眠れない夜を過ごした──



翌朝、ユノは朝早くにベッドを抜け出した。
その気配に気づきながらも、チャンミンは知らぬふりをした。
チャンミンもまた、一睡もできなかった…


「チャンミン…」


ユノの声に寝返りを打つと、両手いっぱいに林檎を抱えたユノが立っていた。


「この林檎、あの人が俺のお見舞いにって持ってきてくれた。
たくさんあるから、ドンヘさんとカイに持って行ってもいい?」


「ああ、いいよ…」


「それから…俺…父さんのところへ…行くよ」


「えっ…」


自分から切り出した別離なのに…
チャンミンは激しく狼狽えた。


「そのほうが…いいんだよね?チャンミンが言うんなら…そうする!」


そう言い放ち、ユノは林檎を抱えて部屋を飛び出していった。
チャンミンは頭が真っ白になった。
潔いユノの決心…それは自分が望んだことではないか。
父親の元へ戻ることが、ユノの将来には一番なのだと。
ユノには世の中の底辺のような暮らしを続けさせたくない。
ユノに明るい未来を与えてやれるのは…
父であるユンジンだけなのだ。
自分には、もう…何もない。
その思いがチャンミンに大きな決断をさせたのだ。
漠然とした思いを抱いていたところに、父ユンジンが現れた。
知的で柔らかな物腰、大企業の社長だというのに偉ぶらない態度。
ユノの母とユノに抱いている後悔と贖罪の念。
この人物なら…ユノを託すことが出来る…


「ユノ…僕だって…君を手放したくなんて…ないんだよ。
ずっと、ずっと一緒に暮らしたかった。でも…
僕の力が足りないばっかりに…
ユノを不幸にしてしまうのが怖いんだ。
僕といたら…きっとユノは『まとも』じゃなくなる。
離れた方がいいんだ。僕たちは…」


毛布を抱きしめ、チャンミンは泣いた。
体中の水分がすべて涙になってしまったと思うほど…
泣いても、泣いても…涙が枯れることはなかった。
自分でもこれだけつらいのだ。
幼いユノの胸の内を思うと、また涙が溢れてくる。
ぼやけた視界の向こう、床に林檎が転がっていた。
赤い林檎の丸みがユノを思い出させ、
チャンミンは蹲って体を震わせ泣き続けた…



チャンミンはジョハンに連絡を取り、
ジョハンは早速ユノを迎えにいくと告げた。
父の元へ戻ると決めたユノは、もう泣かなかった。
明日の朝、ユノはチャンミンの手を離れて行く…


「明日、ジョハンさんが迎えに来てくれるから。
もう荷物は…全部まとめた?忘れ物はない?
転校の手続きはジョハンさんがやってくれたから。
お父さんは本当にいい方だから…何も心配しなくていいよ」


「うん。全部ちゃんとしたよ。学校の友達にもお別れしてきた。
ねえ、たまには…手紙を書いていいでしょ?」


チャンミンは頷き、儚く笑った。


「それと…今夜は…チャンミンのベッドで一緒に寝てもいい?」


ユノの瞳が潤んでいる。
チャンミンの心臓が跳ねた。

 

 

 

 

 

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