*こちらで書いているお話はフィクションです。
登場人物は実在の人物の名をお借りしていますが、
ストーリーは作者の創作によるものです。
22.
ユノは夢を見ていた。
チャンミンの髪が、以前のように背中まで伸びている。
さらさらと金色の長い髪を揺らし、チャンミンはユノに微笑んだ。
光に透ける白いブラウス、はだけた胸元からのぞく細い鎖骨…
誰かがチャンミンの名を呼ぶと、ユノに背を向け立ち去ろうとした。
「やだ!どこに行くの?チャンミン、行かないでよ!」
チャンミンは美しい笑みを残し、ユノの手を放した。
駆け寄るチャンミンの腰を抱く、誰かの影…
どんなに泣いても叫んでも…チャンミンが振り向くことはなかった。
目が覚め、無機質な天井を見た瞬間…
夢だったことを悟ったユノの、顔を覆った包帯は涙で濡れていた。
「ユノ…起きたの?」
「チャンミン!どこに行ってたんだよ!」
「どこ…って…仕事だよ?」
「えっ…ああ…仕事だったんだ…」
「看護婦さんにそう言っておいただろ?
今日は手術のための検査が続くから…
僕が此処に居ても仕方ないって言われたんだ。
だから…仕事にいってたんだよ。
どう?お利口に検査を受けられたかな?」
チャンミンはコートを脱ぎ、
持ってきた紙袋の中から赤く熟れた林檎を取り出した。
「ユノ、林檎食べる?
もらったんだ。食べごろだよ。ほら、いい匂いがする」
「あ、うん…」
チャンミンは丸椅子に腰かけ、器用に林檎を剥き始めた。
ユノはチャンミンから漂う、いつもと違う雰囲気を不思議に思った。
「ねえ、チャンミン…なんか…朝と感じが違う…
髪の毛…どうして結んでないの?」
「え?あ…ああ、そうかな?髪を縛ってたリボン…落としたみたい。
それより…はい、林檎剥けたよ。本当はすり下ろして食べさせてあげたいけど…
薄く切ったから、大丈夫じゃないかな」
そう言って、チャンミンはユノの口元に林檎を運んだ。
「?!」
ユノは胸が騒いだ。
近寄ったチャンミンから、またあの…甘い匂いがした。
それは、いつかの…チャンミンの体に染みついていた、あの匂いだった。
「ユノ?どうした?」
「……」
「ユノ?」
「や、やっぱり…いい…要らない!」
ユノは布団を被り、背を向けてしまった。
「どうした?林檎、好きだろ?要らないの…?」
「…いまは…食べたくない」
布団の中で、ユノの心臓がドクドクと音を立てている。
ユノの小さな胸は張り裂けそうだった。
理屈は説明できない。だが、確実に…
チャンミンは、あの時の「誰か」と一緒に居たのだ。
「チャンミンさん、先生からお話があるそうです」
看護婦がチャンミンを呼びに来た。
あれほど会いたかったチャンミンなのに…
なぜかユノは、チャンミンと一緒にいるのが苦しかった。
「はい。ユノ、ちょっと行ってくる」
「うん…」
チャンミンが病室を出たことを確かめ、ユノは布団から顔を出した。
さっき見た不吉な夢と重なり、激しく動揺していた。
チャンミンが自分の知らない「誰か」といる場面を想像し、
こみ上げてくる理由のない怒りを、ユノは抑えることが出来なかった…
「ユノくんは順調に回復しています。
この分なら手術に耐えられるでしょう。
どうしますか?本当に手術しますか?
もう一度言いますが、ユノくんは男の子です。
顔に傷痕が残っても、容貌にさして支障はないかと。
自然のままに任せるという選択もありますよ?」
「いえ、手術をして傷痕が綺麗になるなら…
先生、手術をして下さい。お金なら…あります」
チャンミンはポケットから小切手を取り出し、医師に見せた。
医師は眉を下げ、チャンミンの意思の固さに首を振った。
「わかりました。では、明後日…手術しましょう」
「ありがとうございます!ユノを…お願いします!」
そして、予定通りユノの手術は行われた。
その後の経過も良好で、右腕のギブスはまだ取れないままだったが、
ほどなくユノは退院することが決まった。
退院にはドンヘとカイが迎えに来てくれた。
しばらくぶりの「我が家」に、ユノは喜びを隠せない様子だった。
「ユノ、僕は学校に挨拶に行ってくるから。
ドンヘさんのトラックで行くから、ユノはカイと留守番してて」
「うん、わかった。ねえ、チャンミン。
どうしてベッドがもうひとつあるの?」
「ああ、それは…カイが昔使ってたベッドを譲ってもらったんだ。
ユノも大きくなってきたから、ひとつのベッドじゃ窮屈だろ?
それに、いまは骨折してるから…なるべく広いところで寝たほうがいいと思って」
ユノは急に険しい顔になった。
眉間にぎゅっと皺を寄せ、不満げにチャンミンを睨みつけた。
チャンミンは、そんなユノの態度の訳を薄々気づいている。
わかっていても…
ユノの気持ちよりも、いまは優先させなくてはならない事がある。
「なんだ?カイのお古じゃ…ユノは不満か?」
笑いながら、ドンヘがユノの髪をくしゃっと撫でた。
ユノは黙って首を横に振った。
「ま、もっと背が伸びたら…また買い直せばいいじゃないか。
じゃあ、ちょっと出かけてくるから。カイ、ユノを頼んだぞ」
チャンミンとドンヘが出かけていき、部屋にはユノとカイが残った。
カイはいつもより少し真剣な顔でユノに言った。
「ユノはチャンミンと一緒に寝られないのが寂しいんだろ?
俺にはわかるよ。ユノはチャンミンのこと、大好きだもんな。
でも、いい加減チャンミンから『乳離れ』しなくちゃな」
「なに?チチバナレ…って」
「いつまでもチャンミンにベタベタくっついてるのはダメだってこと。
ユノはこれからどんどん大きくなるだろ?俺みたいにさ。
俺だって、もう母さんとなんか一緒に寝てないぜ?
母さんがいなくても、全然平気だし。
男はそういうもんだ、って。兄ちゃんも言ってたしな」
「チャンミンは…ママじゃないもん!
チャンミンはチャンミンだもん!
俺はイヤだ!チャンミンといつも一緒にいたいんだ!」
カイはため息を吐き、「落ち着け」とばかりにユノをベッドに座らせた。
「うん、わかってるさ。
ユノはチャンミンが大事なんだろ?
じゃあ、困らせちゃダメだ。
好きなら、守ってやらなくちゃ。
守るっていうのは、悪い奴から守るだけじゃないんだ。
相手が嫌がることをしない、約束を守る…
相手が喜ぶようなことをしなくちゃいけないんだ。
チャンミンは、いま仕事が忙しいだろ?
ユノはちゃんと言いつけを守って…
チャンミンのためにいい子にならないと」
「チャンミンの言うことを聞いて…
チャンミンが喜ぶことをすればいいの?」
「うん、そうだよ。
男なら、好きな人のことを守ってやらなくちゃな」
「…わかった。俺、チャンミンの言う通りにする。
チャンミンの言う事なら、なんでも聞く!」
幼いなりにも…ユノは必死だった。
以前とは違う、少しの余所余所しさをチャンミンから感じ取っていた。
あの日、手術を受けると決めた日から──
チャンミンは甘やかしてくれなくなった。
悲しい出来事が起こらないよう、怖い夢が現実にならないようにと…
ユノは祈るような気持ちでチャンミンを見つめる日々を送っていた。
それからほどなくして…
顔の傷の手術痕も目立たなくなり、右手のギプスも取れた。
明日からは学校に行ってもいいと、医師の許可も下りた。
チャンミンは仕事に行き、ユノは学校へ行く準備をしていた。
表に車が停まる音がした。
「ドンヘさんかな?、もしかして…ジョハンさん?!」
独り留守番で退屈していたユノは、玄関のドアを開けた。
「あ…」
「やあ…チャンミンは…いるかな?」
見上げた視線の先、青い瞳のフィリップが美しく微笑んでいた。
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