*こちらで書いているお話はフィクションです。
登場人物は実在の人物の名をお借りしていますが、
ストーリーは作者の創作によるものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

11.




フィリップの影がチャンミンに近づく。
肩を掴まれ、フィリップの香りがチャンミンを包む。
フィリップそのもののような、パワフルでラグジュアリーな香り…
力強い大きな手、ウェーブのかかった栗色の前髪、甘い吐息。
この瞬間、チャンミンはフィリップに囚われた。
フィリップの唇は熱を帯び、チャンミンに触れた悦びに満ちていた。


「フィリップ様…」


「チャンミン、私の気持ちを知らなかったとは…言わせないよ?
いくらまだ15歳とはいえ…誰かに恋をしたことくらいあるだろう?」


「僕は、そんな…」


「チャンミン、愛している。こんなに心が疼いたのは初めてだ。
まるで初恋のように…チャンミンを見ていると胸が痛くなる。
どうか…私だけのものになっておくれ。
チャンミンのためなら…すべてを捧げてもいい」


初恋など経験もなかった。
生きるのに精いっぱいで、誰かを愛する気持ちなど…
考える余裕もなかった。
恋だの愛だの…そんな感情すら知らずにいた。
ただ、フィリップの目が紛いもなく真剣だということはわかった。
生きることに疲れきっていたチャンミンは、
絶えず襲ってくる不安や緊張から逃れたい…そんな衝動に駆られた。
フィリップのこの熱い想いに応えたなら、
きっと楽になれる…安らかに、心穏やかに生きられる。
幼いチャンミンに選択する余地はなかった。


「私の気持ちを…受け取ってくれるかい?
一生、チャンミンに苦労はさせない。
チャンミンは痛みも苦しみも感じることはない。
ただ、私の側で…笑っていればいい」


「フィリップ様…」


何もわからない。
恋も愛も、愛し方も愛され方も…何も知らなかった。
本能のままフィリップの首に腕を回す…


「チャンミン…ああ、うれしいよ…
美しい私だけの天使…私だけのチャンミン…」


フィリップはより熱のこもったキスを浴びせた。
何度も…いや、何十回、何百回と…
フィリップは飽きることなくチャンミンの唇を貪った。
そして…フィリップはチャンミンの「初めて」になった…


フィリップのセックスが上手かったとか…
そんなことは今でもわからない。
ただ、チャンミンを欲し、求めていることだけはわかった。
フィリップはやさしかった。
いつもチャンミンを気遣ってくれた。
しかし、セックスの時だけは違う。
初めは壊れ物を扱うように、やさしくしてくれる。
厚い胸、逞しい腕、野生馬のように精悍な太もも…
フィリップは惚れぼれするような雄の体躯を持っていた。
徐々に気持ちが昂ってくると、
理性の箍が外れ、チャンミンは人形のように翻弄された。


「ああっ…フィリ…もう…もう…おやめください!
このままでは…僕は…ああっ!壊れてしまいます!」


チャンミンがいくら泣いて叫んでも、
興奮したフィリップの耳には聞こえない。
何度も何度も…強引にしるしをチャンミンに埋め込んだ。
そして、セックスのあとは必ずチャンミンを抱きしめ


「チャンミン…すまなかった。痛かったか?
もう二度と…こんな乱暴はしないよ。今度はやさしくするから。
でも…チャンミンがいけないんだよ。
チャンミンの体が好すぎて…私を掴んで離さないのだから。
ひと目見た時から、私はチャンミンのことを抱きたいと思っていた。
本能が私にそう囁いたんだ。チャンミンは素晴らしい子だと…」


こう言って、金色の髪を指で撫でながら眠りにつくのだ。
フィリップの胸に抱かれながら、チャンミンは静かに涙した。
毎晩のように体を求められることを、チャンミンは拒めなかった。
こんな贅沢な暮らしができるのは、フィリップに愛されているからだ。
その愛を失くしたら…
また元の世界に戻らなくてはならなくなる。
フィリップのことは嫌いではない。
何も持たない、こんな自分に愛を注いでくれる唯一のひと…
だが、その愛が時に恐ろしくもあるチャンミンだった。
そして…その三ヵ月のち…
チャンミンは忽然とフィリップの前から姿を消した。



「あの時は…チャンミンが失踪した時、私は半狂乱になった。
数ヵ月の間、仕事も手につかず…皆は私が狂ってしまったと思ったと」


「ごめんなさい…あの時は…ああするしかなかったんです。
あのパーティーの夜、僕の中で何かがぷつりと切れてしまって…
気が付いたら、真っ暗な夜の闇の中を裸足で走っていました」


チャンミンはフィリップに愛されていた。
「気まぐれなフィリップの玩具」と彼の友人たちに蔑まれても…
彼を取り巻く誰よりも愛されているという自負だけが、
チャンミンの人間としてのプライドを支えていた。
だが、チャンミンはフィリップの「恋人」ではなく「愛人」なのだと…
あるパーティーの夜、はっきりと気づかされたのである。
社交界の華であったフィリップが、
屋敷で盛大なパーティーを催すことになった。
屋敷の召使たちは準備に大忙しで、チャンミンは蚊帳の外だった。
召使でも、ましてや家族でもないチャンミンは肩身が狭かった。


「そうだ…ネクタイ…」


ネクタイが上手く結べないフィリップのため、
チャンミンは毎日のように代わりに結んでやっていた。
身支度を整えているフィリップを部屋に訪ねた時、
執事と話すフィリップの声が聞こえてきた。


「今夜は政治家、経済界の大物も招待している。
くれぐれも間違いのないように。準備を周到に頼むよ」


「はい、ご主人様」


「それと…誰にもチャンミンを見られてはいけない。
私が男色だと…この屋敷に少年を住まわせ、好きに弄んでいると思われては困るからね」


「はあ…しかし…お言葉ですが、チャンミンはご主人様の大のお気に入りでは?
どこへでもお連れになるではありませんか」


「それとこれとは別だ。遊びとビジネスは違う。
チャンミンだって割り切っているよ。生きていくためだとね。
あんな子供に私が血道を上げていると思われては…
私にとって、あの子が必要なのは夜だけだ」


部屋の外に漏れ聞こえた言葉に絶句した。
愛されていると思っていた…
フィリップは、自分がいなくては生きていけないと…
そんな風に自惚れ、高を括っていた己を強烈に恥じた。
頭が混乱して、目の前の景色がぐるぐると周った。
気がつけば…フィリップの屋敷を飛び出していた。
闇の中を夢中で走りながら、気がついた。
愛を欲しがっていたのは…誰よりも…チャンミンだったのだ。
フィリップの求めに応じ、愛を与えていると勘違いしていた。
抱かれながら愛を強請っていたのは…自分自身だったのだ。
泣きながら闇を走り抜け、チャンミンはこの街に戻ってきた──


「そうだったのか…
いや、そうかもしれないと思っていた。
あの日、チャンミンは私の話を聞いてしまったのではないかと。
しかし、私は…けっして君の事を…
あんな言葉を言ってしまったことは後悔している。
私も自惚れていた。チャンミンは私が居なければ生きていけないと…
馬鹿みたいな征服欲と自信が、私の思考を狂わせていた。
君を失い、そのことに気づいた時…
心から悔いて激しく自分を責めたよ。
チャンミン…すまなかった。私は心から君を愛していたのに」


「フィリップ様…
僕は貴方に探されないよう、身を潜めて暮らしてきました。
この長い髪を目印に探されたらと…
切ってしまおうと思ったこともあります。
でも、この髪は母さんとの唯一の思い出だから…
いつも帽子の中に隠して、人には会わない仕事をしていました。
でも、やっぱり…神様は僕をフィリップ様に引き合わせた。
花屋の配達、たぶんこれが最後の仕事だって時に…
フィリップ様に会うなんて。本当に…これが僕の運命なんですね」


「チャンミン…」


ペントハウスの窓から港が見えた。
白い波を立てながら行く船を二人で見つめた。
まさか、フィリップとこんな穏やかな再会が果たせるとは…
チャンミンは夢にも思わず、戸惑いながらもうれしかった。
自分は、たしかにフィリップに愛されていた…
この世のすべてを持って生まれたようなフィリップ。
何もかもを手に入れられたがゆえに、真実の愛に不器用だったのだ。


「チャンミン、いまは何を?」


「僕は、いま…訳があって、小さな男の子と暮らしています。
貧しいけれど、毎日がとても楽しく充実しています。
フィリップ様は…さっきの方は…奥様ですか?」


チャンミンの思いがけない言葉に、フィリップは声を上げて笑った。


「はっはっは。君は昔から、そういうとぼけたところがあるね。
あれは私の妹のエレンだ。ゲイの私が…結婚などするはずもない。
チャンミンを失ってから、うんざりするほど見合いの話もあった。
偽装結婚も考えたが…やはり私は女は抱けない」


「あ…すみません」


「妹のエレンがこの街の富豪と婚約したのだ。
それで婚約祝いにと…100本のバラを贈ってやった。
それにしても、幼い子供を育てているなんて…
私にはまったくチャンミンの気持ちが分からないし、想像も出来ないよ。
貧しいといったが、何か困っていることはないのか?
私に出来ることがあれば、何でも言いなさい。
チャンミンの青春を汚してしまった、せめてもの罪滅ぼしだ」


「そんな…汚してしまったなんて…
あの時の僕に頼れる人は貴方しかいませんでした。
いまでは、とても…感謝しています」


フィリップは、目を潤ませながらチャンミンを抱き寄せた。
チャンミンの長い髪ごと、フィリップは腕の中にしまい込んだ。


「ああ…このまま時間が止まってしまえばいいのに。
チャンミン…私の元へ戻ってくる気はないか?」


チャンミンは薄く笑い、首を横に振った。


「僕はいまが一番幸せなんです。だから…」


フィリップは背中に回した腕に力を込め


「そう言うと思ったよ。でも…
何か私の助けが必要になった時は、遠慮せずに言うんだよ?
私はいつでも…あの屋敷に居て、チャンミンが来るのを待っているから」


そういうと、静かにチャンミンを放した。
5年の歳月を経て二人がたどり着いた愛は、こうして穏やかに幕を引いた。


 

 

*アメンバー限定のお話「サキュバスにくちづけを♡」は本日午後更新予定です

 

 

 

 

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