*こちらで書いているお話はフィクションです。
登場人物は実在の人物の名をお借りしていますが、
ストーリーは作者の創作によるものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2.




「なにっ、これ…」


崩れた雪だるまの中に、黒髪の小さな男の子が蹲っているではないか。
どうやら、雪が激しくなる前にこの場所に蹲り、
気を失っていたのか、眠っていたのかはわからないが…
とにかくじっとして動かない間に、この子の上に雪が降り積もったようだ。


「ちょっとっ…死んじゃうよ!」


チャンミンは必死で雪を掻き、男の子を雪の中から引っ張り出した。
心臓は動いているが意識はなく、ぐったりとしている。


「おい!しっかりしろ!大丈夫か?!おいっ!」


男の子の体は氷の塊のように冷えていた。
顔色はなく、その表情は眠っているようにも見えたが…


「ダメだっ、このままじゃ死んじゃう!」


チャンミンは自分の着ていた古ぼけたコートを脱ぎ、
男の子と持っていたミルク瓶やパンを包むと、
家に向かって一目散に走り出した──


チャンミンは商店街から少し離れた、
貧しい人々が暮らす長屋に住んでいた。
ひとつ屋根の下、薄い木製の壁で仕切られただけの、
冷たい石畳の部屋がひとつに、かまどがあるだけの粗末な部屋だ。
自らも雪まみれになりながら、チャンミンはドアを開けた。
コートを剝がすと、男の子をベッドに寝かせた。


「えっと…暖めるもの…
その前に、濡れた服を着替えさせないと」


チャンミンは夢中で男の子の濡れた衣服を脱がせた。
その体はか細く、カイよりも小さいと感じた。
下着までぐっしょりと濡れていて、
相当の時間、雪に埋もれていたことがわかる。
すべてを脱がせ、チャンミンは男の子を毛布に包んで体を擦った。
急いでキッチンにある小さな石窯に火を入れたが…
男の子の体温は一向に上がらないように思えた。


「頑張れ…死ぬな…」


チャンミンは自らも濡れた服を脱いだ。
濡れた衣服をすべて脱ぎ捨て、
ベッドに入って男の子を自分の体温で暖め始めた。
木枠の窓からは隙間風が入りこむ。
ヒューヒューという雪風の音を聞きながら、
ひとつの毛布に包まり、チャンミンは必死で男の子の体を擦る。
腕の中に包んだ幼子を抱きしめ、
いつしかチャンミンも意識を手放していた…


ここまでして…
なぜ、この男の子を助けたいと思ったのか?
自分でもはっきりとした理由はわからない。
ここのような貧しい街では、浮浪児と呼ばれる子供がたくさんいる。
寒いこの季節ともなると、ねぐらも食べる物もない子供たちが…
駅や裏通りで冷たくなっているなど珍しいことではなかった。
チャンミンも、何度もそんな光景を目にしたことがある。
可哀想だとは思うが、そういった子たちを助ける力が自分にはない。
生活が苦しいのは自分も同じなのだ。
親方やドンヘ兄弟に恵んでもらうほど…
自分もその可哀想な子たちとさほど変わらない暮らしをしている。
誰かを助けるなど…そんな余裕は自分にはない。
なのに、なぜ?
朦朧とする意識の中…
チャンミンは繰り返し、そんなことをぼんやりと考えていた。



クリスマスの朝──
窓から差し込む白い光は聖なる輝きを放つ。
胸に灯る温もりが体中をめぐり、
チャンミンの心は春の陽に包まれたように穏やかだった。


「う…ん…」


柔らかな草原に寝ころび、若い新芽が鼻を擽る。
ふと目を開け、腕の重さに気が付いた。
柔らかな新芽だと感じたのは…
胸に抱いていた、この子の絹糸のような滑らかな髪だった。


「そうか…昨夜…僕はこの子を…」


チャンミンの胸に顔を埋め、静かな寝息を立てて眠る男の子。
氷のように冷え切っていた体は、すっかり温もりを取り戻していた。
愛しい我が子を胸に抱いた聖母は…
こんな風に穏やかで清らかな気持ちだったのだろうか。
どうしてこの子を助けたのか?
その答えは見つからないまま…それでもいいと、チャンミンは思った。
母の乳が恋しいのか、親指を口にくわえたまま眠っている。


「よかった。体温も戻ってる…ふふ…よく寝てる」


男の子を起こさないよう、チャンミンは慎重にベッドから出た。
一晩中燃え続けた薪はすっかり灰になっていて、
部屋には柔らかな温もりが残っていた。


「濡れた服がまだ湿ってる。乾かさなくちゃ」


全裸のまま、チャンミンは質素な木製の椅子とテーブルに、
自分と男の子の服を広げて並べた。
洗い立ての下着を穿き、ところどころ穴の開いているセーターを身に着けた。
腰まで届きそうな金色の髪…
束ねてキャスケットの中に押し込んだ。


「さてと…これからどうするか…」


丸くてプラムのように赤い頬。
すっかり血色のよくなった顔色を見て、チャンミンはほっとした。
桜の花びらに似た唇、黒く長い睫毛…
朝日を浴びてうぶ毛が金色に光っている。
その天使のような寝顔に、チャンミンはしばし見惚れた。


「ふぅ…ん…」


寝返りを打った男の子がこちらに向かって目を開けた。
突然目覚めた男の子と視線がぶつかり、チャンミンは面食らった。
じいっとチャンミンを見つめた男の子は


「ママ…?」


チャンミンを見て、そう言った。
そして、むくりと上半身を起こしベッドに座った。


「あれっ…ぼく…どうして服をきてないの?」


「えっ、あ…それは」


「くしゅん!」


男の子がくしゃみをして、ぶるっと震えた。
すかさずチャンミンは駆け寄り、裸のままの男の子に毛布を掛けた。


「昨夜、雪に埋もれて気を失ってたんだよ。憶えてない?」


男の子は不思議そうに小首を傾げ、俯いた。


「まあ、いいよ。それで服がびしょ濡れになってて…
いま乾かしてるから。あっと…これ。これでも着てなよ」


チャンミンはネル地のくたびれたガウンを着せた。


ぐうぅ…


男の子のお腹の虫が大きな声で鳴いた。
恥ずかしそうに背を向ける男の子を見て、
思わずチャンミンに笑みがこぼれた。


「そっか…腹が減ってるんだな。
いま、何か作ってやるよ。えっと…そうだ!ミルクとパンが…」


チャンミンは昨夜貰ったミルクとパンを手に、キッチンに立った。
キッチンと言ってもコンロが一つと、小さな石窯があるだけの粗末なものだ。
チャンミンは小鍋にミルクを沸かし、その中にパンをちぎって入れた。
部屋の中をミルクのやさしい香りが広がる。
男の子はくんくんと鼻を鳴らし、胸いっぱいにミルクの匂いを吸い込んだ。
仕上げに砂糖をひと匙入れ、かき回して皿に盛りつけた。


「さあ、クリスマスの朝だから…
雪の朝に相応しく、白いミルク粥を食べよう」


目の前に運ばれたミルク粥に、男の子は目を輝かせた。


「じゃあ、お祈りをするよ。目を閉じて」


「え…うん…」


チャンミンが胸の前で両手を組むと、男の子も同じように祈りを捧げた。


「さあ、食べよう。熱いから気を付けて」


ここ数年、チャンミンは誰かと食事をしたことがなかった。
いつも一人、この狭い部屋で祈りを捧げていた。
こんな小さな、素性もわからない男の子でも…
誰かと一緒に食事を摂ることに感激したチャンミンは、胸がいっぱいになった。
男の子は木のスプーンで上手にミルク粥を口に運んでいる。
よほどお腹が空いていたらしく、皿まで食べてしまいそうな勢いだ。
その様子を見て、チャンミンは心が和んだ。
こんな幼い子がたった一人で…
あんな雪の中で蹲っていたのには、何か切羽詰まった事情があるのだろう。
チャンミンは恐る恐る、男の子に訊ねてみることにした。


「おいしい?」


「うん!おいしい!」


「そう。よかった。君の名前は…なんて言うんだ?
自分の名前、言える?」


「…」


年の頃は…カイよりもずっと幼い気がする。
だが、チャンミンに対しての受け答えはしっかりしている。
名前くらいは言えそうなものなのだが…


「あ、そうか!まずはこっちが名乗らなくちゃな。
僕は…チャンミンっていうんだ。よろしく!
君の名前も…教えてほしいんだけど?」


男の子はもじもじして、名前を言いたがらなかったが…
にっこり微笑むチャンミンの顔を見て、警戒心が解けたのか


「…ユノ」


黒い瞳を潤ませ、ぽつりと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

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