*こちらで書いているお話はフィクションです。
登場人物は実在の人物の名をお借りしていますが、
ストーリーは作者の創作によるものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《密談》




「ディオ先生」


チャンミンの部屋から出たユンホは、ディオの部屋を尋ねた。
ディオは大きな瞳を丸くして、期待に満ちた眼差しでユノを見た。


「あ……」


「ユンホ殿、どうかしましたか?」


ユンホは真剣な話をしようとしていた。
少なくとも、笑って話せるようなことではない。
それなのに、ディオは…
まるで子供が冒険物語に心を躍らせているような、
その続きを聞きたがって、面白がっているような…
そんな風にしか見えないのだ。


「いえ…先生は私が何をしに来たのか…お察しなのですか?」


「うん?なぜ、そのように思われるのですか?」


「先生の表情がなんとなく…
これから私が話すことを前もって面白がっているように見えて…」


ディオは「心外だ」とばかりに、眉を下げて首を振った。


「これは失礼!僕にはそんな気は毛頭…
だいたい昔から僕は…人を馬鹿にしたような表情をする時があると…
父や母からよく注意を受けていました。
ですが、僕にはそんな気持ちはまったくなく、
ひどい言いがかりだと拗ねていたのですが…
こうして大人になり、医者になって多くの人々と接していると、
時々相手が困惑したような表情を浮かべるのです。
それが、父や母が言っていたことと一致すると合点がいったのは…
本当にごく最近のことです。そうですか、やはりユンホ殿も…」


ディオは腕を組み、首を傾げてうんうんと唸った。
自分の言ったことにこんな反応を見せるとは思わず、
真剣な顔で眉を顰めるディオに、今度はユンホが慌てた。


「あ、いえ…そのように落ち込まれては…申し訳ありません!
チャンミン様のことで相談があり、少し深刻な内容でしたので…」


「ほう!チャンミン様の?それはどのような?」


ディオは前のめりになってユンホにぐいっと体を近づけた。
ユンホはチャンミンが鏡を嫌がる理由をディオに訊ねた。


「チャンミン様はどうして鏡を嫌がられるのですか?
言われてみれば、チャンミン様の部屋には鏡がひとつもありません。
私が鏡をご覧になるように勧めると、とても動揺されて…
語気を強め、声を荒らげて拒否されたのです。
自身の美醜を気にして鏡に拒絶を示すというのは聞いたことがあります。
ですが、チャンミン様はとてもお美しい。
あれほど激しく拒絶されるのが不自然に思えて…
この隠居所に来てからというもの、チャンミン様のすべてが…
私にとっては不可解で、時には恐ろしく思えてしまうことばかりなのです」


ユンホは胸の内を率直にぶつけた。
ディオは何度も細かく頷きながら、ユンホの話を真剣に聞いていた。
そして、大きく息を吐いて両膝を掌でポンと叩いた。


「たしかにチャンミン様は…鏡をご覧になりませんね。
世話をしているオム夫婦もそのように言っています。
嫌うというよりは、怯えているような…そんな風ではありませんでしたか?」


「はい、その通りです」


「鏡を避けられることと、兄君様を殺められたという嫌疑の関係性はわかりません。
ですが…チャンミン様の行動はすべてそこに繋がっているような…
薄っすらとですが、僕は医者としてそのように考えています」


ディオはまだ若い。
だが、恐ろしく頭が良く、観察力も鋭い。
決して感情的になったり、憶測で物を言わない。
淡々と物事の核心をついてくる。
変わり者で浮世離れしているが、
何事も阿ることのない筋の通った態度が信頼できるとユンホは思っている。


「ユンホ殿…ユンホ殿は、チャンミン様をどんな方だと?
この短い時間の中でも、チャンミン様と接してこられた。
その感想というか…チャンミン様に対しての所感をお聞きしたい」


ディオの問いかけにユンホの脳裏にはまた、
チャンミンと交わしたあの熱いキスが甦ってくる。
秋色に染まる庭を、ユンホと駆けるチャンミンの姿は、
無垢な少年のように瑞々しかった。
儚げで、淡く、美しい──
その姿に一寸の狂気も感じられなかった。
チャンミンが病んでいるなど、戯言だと一蹴できると思った。


「私は…イトゥクが言っているような…
気が触れているとか、どこかご病気などとは…
到底思えないと感じました。
貴族の御曹司らしく、気高く美しい佇まいをしていらっしゃいます。
聡明で小さき者にもお優しくて…
時々、消えてしまわれるかと思えるほど儚くて。
どうして、そのような方に兄殺しの嫌疑がかかってしまったのか。
私にはとてもではないですが、理解することが出来ません」


ディオはユノの言葉を聞き、ぐっと目を閉じた。
しばらくの沈黙が部屋を包んだ。
ディオの中で何かが葛藤しているように見えた。
再び瞳を開いたディオは、意を決したように


「ユンホ殿…チャンミン様は…心を病んでおられます。
それは医者として診察し、様々な証言から導き出したものです。
ユンホ殿、貴方が見たチャンミン様が本来のお姿なのかもしれません。
ですが…それはチャンミン様のほんの一部でしかなく…
僕もチャンミン様の本性を見極められておりません。
そこで貴方にお願いがあります。
理由はわかりませんが、チャンミン様はなぜか貴方をお気に召しています。
僕は主治医で、辛うじてチャンミン様と言葉のやり取りができる関係ではあります。
それでも、お心の中は見せては下さらない。
むしろ、医者だからこそ警戒されているのでは…ということも感じます」


「つまり…私に何をしろと?」


「チャンミン様のお近くに仕えていただきたい。
そして、ユンホ様がつぶさに観察したチャンミン様の行動を…
僕に報告していただきたいのです」


ユンホは戸惑った。
美しい薔薇には棘があるように、
近づき過ぎれば、自分の身も滅ぼしてしまうような…
そんな甘い誘惑と恐ろしい毒が、チャンミンにはあるような気がしてならない。


「イトゥクは…なんと言うでしょうか?」


「イトゥク殿は最近…頻繁にシャトールミエにお帰りになっているようで。
チャンミン様のことだけではなく、あちらの城にも問題が山積みのようです。
ユンホ殿がチャンミン様の近くにいて下さるので、安心されているのでは?
それに、僕は…
この前も言いましたが、イトゥク殿は亡き領主様に似ておられるので…
チャンミン様の心が平静を失ってしまってはいけないと、
あまり会わせたくないというのが本音です」


「それは…あまりにもイトゥクに失礼なのでは?
彼はチャンミン様の無実を証明したいと、懸命に…」


「ああ、そうですね。また失礼な物言いをしてしまいました。
ですが…これは僕の偽らざる気持ちなのですよ。
ここ数日、そのような考えがむくむくと湧いてきました。
それは、ユンホ殿…貴方がおいでになったからかもしれません」


ユンホはぶるっと武者震いした。
ディオの申し出を受け入れること。それは…
底のない暗い湖の底に沈み、二度と浮かび上がれない…
自分の身を滅ぼしかねないことになるような気がする。
だが、もうすでにユンホには──
チャンミンに対し、離れがたい感情が芽生え始めていたのだった。


「いかがですか?ユンホ殿。
どんな些細なことでも…貴方が見たまま、感じたままのチャンミン様を…
僕に教えていただけませんか?
バラバラになった小さなガラスの破片を集め、つなぎ合わせること…
それがチャンミン様の魂をお救いし、事件を解決する羅針盤になるかもしれない」


「……わかりました。やってみます」


ユンホはこの時、初めてディオの心からの笑顔を見た。
衝撃的な先代領主ミンスの死で、ミンスの侍医だったディオの父は呆けてしまった。
城の一番高い塔からサンク湖に落ち、死んでしまったミンスの遺体はまだ上がらない。
自死にせよ、事故にせよ、殺人にせよ…
ディオの父はとてつもない衝撃を受け、自分の殻に閉じこもってしまった。
ディオがこの事件を解決しようと懸命なのは、
おそらく父の名誉と健全な精神を取り戻すためでもあるのだろう。


「では、これからは今まで以上にユンホ殿にはチャンミン様と接触していただきます。
何かが起こっても、僕はわざと見て見ぬふりをすることもあるでしょう。
それは、あくまでもチャンミン様の言動を見極め、判断するためなので…
何か身の危険を感じられたなら、チャンミン様を制しても構いません」


「そんなことが起こるのでしょうか?手荒な真似は…」


「わかりません。僕にも…何が起こるのかは。
ユンホ殿には囮(おとり)のような役目をお願いし、恐縮なのですが…
ただ、チャンミン様のお体を傷つける、怪我をさせることはなさらぬように」


早速、その日から…
ユンホは出来るだけチャンミンと多くの時間を過ごすようにした。


「僕の世話係はユンホになったの?」


「はい。イトゥクはシャトールミエに戻ることが多く、
この屋敷で武術の心得があるのは私だけでございますので…
なるべくチャンミン様のお側にいて、お守りしたいと申し出ました」


チャンミンはうれしそうな笑顔を見せた。
それは25歳の青年というよりは、キーやオニュたちと同じくらいの、
年端もいかぬ少年のようなあどけない笑顔だった。
チャンミンはユンホの前ではよく笑い、よく話した。
庭の草花がどうだとか、季節によってやってくる鳥たちの顔ぶれが代るだとか…
そんな他愛のない話を、じつに楽しげにユンホに聞かせた。
そして、ユンホの話も聞きたがり…熱心に耳を傾けた。
ユンホは自分の郷が、自然豊かでのんびりとした風光明媚な場所だと話し、
兄のユンギや、その家族の話をしてチャンミンの関心をひいた。


「そう。ユンホにも兄が…僕と同じ『弟』なんだね。
ユンホは王立の訓練学校に行っていたのだろう?
やはり住み慣れた故郷を離れるのは寂しかった?」


「はあ、まあ…なにせ田舎者でしたので、都での何もかもが驚きの連続で。
初めの頃は家に帰りたいと里心が疼きました」


「訓練学校を出た後は?僕のように…ずっと実家に居候していたの?」


「いえ、私は…結婚していたのです。結婚して、実家を出ました」


「結婚…」


その言葉を聞いたチャンミンの表情が、
すうっと冷えていくのがユンホにもわかった。
 

 

 

 

 

 

 

 

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