*こちらで書いているお話はフィクションです。
登場人物は実在の人物の名をお借りしていますが、
ストーリーは作者の創作によるものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《青い火花》




「おかえりなさいませ。本宅のほうはいかがでしたか?
久方ぶりでゆっくりと寛がれたのでは?」


翌朝、本宅から戻ったユンホをイトゥクが出迎えた。
ユンホの後ろにはミノが付き従っている。
昨夜、ユナに勧められたユンホは躊躇いながらも本宅に泊まった。
正式な自分の屋敷なのだから、なんの遠慮もないはずなのだが…
星月楼にいることが当たり前になってしまったユンホには、
腰が浮くような思いがするのだ。
それよりも星月楼の自室の戻り、チャンミンとともに寝台で眠りたい…
そんな思いが先走ってしまうのだった。
もちろん、ユナとは別室で休み、男女の営みなどあるはずもなかった。


「ああ、そうだな。久しぶりにユナの顔も見られたし…
イトゥク、何か変わったことは?」


「いえ、ございません。お客様は千客万来、いつも通りでございました」


「そうか…父上は?」


「はい。本日は月に一度、星月楼の休みの日でございます。
楼主様は午前にヒチョルの診察を受け、午後からはゆっくり休まれるとのことでございます。
ユンホ様にもゆっくりと休養するように伝えよと…」


「ヒチョルの診察?どこかお悪いのか?」


顔色を変えたユンホに、イトゥクは美しく微笑んだ。


「そうではなく…楼主様は近頃お疲れでございますので。
ひと月に一度は休業日にヒチョルが診察しているのです」


ここ数ヵ月、父ユンシクは疲れた表情を見せることが多かった。
「痣者」のことはもちろんだが、自分とチャンミンのことが父を悩ませていることも、
疲れを増幅させている原因なのだとわかっている。
そして、何者かに襲われた時、
父が「命を狙われているのではないか」ということをユンホは確信した。
星月楼の楼主として重責を担い、時には命を狙われ、
リクギ神の守り人として「痣者」を探し、
後継者として育てた息子の、「裏切り」ともいえる行為を受け止め…
父の心と体は疲労困憊し、悲鳴を上げているに違いないのだ。


「俺は父上に心配をかけるばかりで…
まだまだ父上の足元にも及ばない」


ユンホは心の中で詫びながら、
息子としては果たせないかもしれぬ使命を、
せめて「痣者」として果たしたいと強く思った。


「そうか…では、ヒチョルの診察が終わったころにご挨拶に行くと…
父上に伝えてくれないか?ミノも…ご苦労だった。今日は休みだ。おまえもゆっくりするといい。
俺は風呂に入ってからひと眠りするよ」


「はい…」


ユンホの背中を見送り、ミノがその場を去ろうとすると


「ミノ、顔色が良くないぞ。どうした?」


イトゥクが心配そうにミノに声をかけた。
昨夜、ミノは一晩中眠れなかった。


「ミノが好きよ…」


小さく呟いたユナの表情が頭から離れない。
ユンホの妻になるのだと微笑みながらも、
どこか底のない悲しみを秘めたユナの横顔──
ユンホに対し、自分はこんなにも罪の意識を抱いているのに…
ユナからは後悔も謝罪の言葉も語られることはなかった。
「好き」などと…ユナの真意を測りかねるミノの苦しみは深まるばかりだった。


「イトゥクさん…」


「どうした?何か…悩みでもあるのか?」


イトゥクは楼主のユンシクを、ミノはユンホを…
尊敬し、仕える身として互いを気遣う間柄でもある。
イトゥクは若いミノを気にかけていた。


「イトゥクさん、俺…」


ミノは真面目で一本気な性格だ。
ひとつのことに真摯に向き合い、時にはもどかしいほど不器用で実直だ。
それゆえに融通の利かない、思いつめすぎるところがあるのだと…
ミノがユンホに拾われた頃から知るイトゥクは懸念していた。


「あ、いえ…なんでもありません!
最近、武術の稽古をしていないので…体が鈍っているんです。
イトゥクさん、稽古をお願いしてもいいですか?」


「そうか?なんでもないならいいけど…
おまえは自分に厳しい…いや、厳しすぎるところがあるから。
ユンホ様にお仕えし、うまく立ち回れずに歯がゆいこともあるだろう。
でも、失敗したと、不足ばかりだと嘆いてばかりいないで…
もっと自分自身を労わってやらなくちゃ。自己満足だっていいんだぞ?」


イトゥクには言えない…
こんなことは誰にも言えないことだ。
幼馴染とはいえ、婚約者のユンホでさえ触れたことのないユナに…
聖女でなければならないユナに、自分は触れてしまったのである。
しかも、「好きだ」などと言われて…
ミノの胸の内は嵐が吹き荒れ、収拾できないままだった。


「ありがとうございます。すみません、気遣っていただいて…」


「気にするな。俺は年長者だ。若い者たちの様子にも気配りできなくては立場がない。ははっ。
そうだ、ミノ…悪いが今日は俺も野暮用があって。稽古はできないんだ。
悪いが、またゆっくり…次の休みにでも手合わせしようじゃないか」


ミノは頷いて薄く笑った。
イトゥクはミノの笑顔に少し心が和らいだ。
もし、自分に万が一のことがあった時…
星月楼の守りの要として立つのはミノだと思っている。


「ミノ、困ったことが起きたら…
なんでもいい。俺に相談してくれよ」


イトゥクは思いを込めて、ミノの肩をやさしく撫でた。



本宅から星月楼に戻ったユンホは、
一目散にチャンミンを探した。
ユナと一緒にいる時も、チャンミンの事が頭を離れなかった。
たった一晩、離れていただけなのに…
チャンミンの笑顔を思い浮かべると、心と体が甘く疼く。
星月楼の男娼で「華」と呼ばれる者たちと16歳までの「見習い」たちは、
客をもてなす本館とは別棟で共同生活を送っている。
見習いたちは「華」の身の回りの世話や仕度を手伝う。
雑用をこなしながらスル老人から学問を教わったり、
行儀作法や男娼としての心構えを身につける。
16歳になると「華」として店に出ることを許可されるのだ。
チャンミンも男娼になるつもりで雲島にある星月楼にやってきた。
自分が「痣者」の候補者であることも知らされず…


「男娼になって稼げば故郷の家族の暮らしが楽になる」


そんな健気な思いだけで、10歳のチャンミンは星月楼に来たのだった。
ここにいる見習いたちは皆同じような貧しい家に生まれ、
家族の暮らしを支えるために男娼になろうとしている。
貧しさゆえ、家族のために体を売る──
そんな少年たちに、楼主であるユンシクは慈愛を注いできた。


「どんな親の元へ生まれ落ちるかなど…誰にもわからない。
生まれてきた子には何の罪もない。
こうして、不幸にして貧しさゆえに体を売らなくてはならない者たちに…
私はできる限りの愛情を注いでやりたい」


少年たちを「買う」立場のユンシクではあったが、
決して粗末な扱いはしなかった。
それは代々の楼主が受け継いでいる信念であった。
それゆえ、「星月楼なら…」と、
謀らずも我が子を働かせたいと差し出す親も少なくなかった。
少年たちは見習い期間に男娼としての「素質」を見極められる。
合格した者は「華」となり、不適格となった者は星月楼を出て他所で働く者もいる。
その際の世話も、星月楼がすべて面倒をみているのだ。


その見習いの中でも、チャンミンとセフンは別格だ。
「痣者」と確定した今、二人が「華」として店に出る必要はなくなった。
これから起こるであろう「有事」に備え、立場を弁えて過ごさなくてはならない…


「ユンホ様!あの…おかえりなさい…ませ」


ユンホが渡り廊下をチャンミンの部屋に急いでいると、
向こうから大きな手桶を持ってこちらへと歩いてきた。
上目遣いにぎこちない敬語を使うセフンに、ユンホは可笑しくて笑いを堪えた。


「んっ。セフン…掃除か?感心だな。
今日はいい天気だから、掃除をするにも気持ちがいいだろう」


「はあ、あの… どちらへ?」


「あ、ああ…チャンミンのところへ。もう起きているだろう?」


セフンはどことなく物憂げな表情を浮かべた。
そして、小さく息を吐くと


「あの…チャンミン兄さんなら、ヒチョルさんのところへ行きました。
楼主様の診察に一緒に行くそうです。だから…部屋には居ませんよ」


「父上の診察に?うーん。どういうことだろう…
うん、わかった!手を止めてすまなかったな」


「あの…」


セフンは何か言いたげな瞳をしている。
それはいつかの夜、「チャンミンがシウォンと会っている」と…
セフンに聞かされたあの時と同じ瞳だ。


「セフン、また何か…あったのか?」


今度はユンホが先に問いかけた。
セフンの瞳孔が開くのがユンホにはわかった。


「また、あの…武官様が…シウォン様がいらっしゃいました」


「なんだって?!」


何ということか。
あろうことか、シウォンはまたしてもユンホが星月楼を留守にしている時に…
ユンホがいない隙を狙い、チャンミンに会いに来たというのか?


「あいつ、どこまで…俺が留守の隙をついて…」


「…それだけ…チャンミン兄さんに本気だってことじゃないんですか?」


セフンの言葉はユンホの胸を抉った。
どうしても、どんなことをしても…
シウォンはチャンミンを自分のものにしたいのだ。
どんな卑怯な手を使っても、なりふり構わず…チャンミンを奪うつもりだ。


「僕、兄さんとシウォン様の話を少し離れて聞いていました。
シウォン様はなりふり構わず兄さんに愛を伝えていました。
あんな風に気持ちをぶつけられたら、兄さんだって悪い気はしないと思う。
ユンホ様には許嫁の方がいて、いずれはその方と婚姻されると…
婚姻されればお子も生まれるだろう、って。
ユンホ様は永遠に兄さんだけのものにはならない、そんなことも言っていました」


シウォンは同じ言葉をユンホにも突きつけていた。
「このままでチャンミンを幸せにできるのか?」と。
ユンホは思った。
シウォンは卑怯な男などではない。
むしろ、正々堂々と真正面からぶつかってくる清々しい快男子なのだ。
チャンミンのことがなければ、
友として仲良くこの国の未来など語り合えたかもしれない──
ユンホはセフンの言葉を聞いて、気が引き締まる思いがした。


「シウォン…天晴な男だ。敵に不足はない。
俺もこれで気持ちが固まったよ。ふっ…」


何か吹っ切れたようにユンホは呟いた。
チャンミンを巡り、ユンホとシウォンに青い火花が静かに散った。

 

 

 

 

 

 

 

 

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