*こちらで書いているお話は、フィクションです。
登場人物は実在の人物の名をお借りしていますが、
ストーリーは作者の創作によるものです。
 
 
 
 
 
秘密の園にて
 
 
 
 
 
 
青龍の都・大城(テソン)では、長く国境警備の任務に就き、
このたび王命により帰還することとなったチョン・ユンホ(ユノ)准将を
国を守った若き英雄とし、都の民たちは「青龍の若虎」と呼んでいた。
城下の町の沿道にはたくさんの民が、その「若虎」の帰還をいまかいまかと待ちわびていた。
城への入り口である大門をくぐると、大きな歓声と拍手、そして「チョン准将!」と民たちは口々に叫んだ。
 
「チョン准将! チョン准将!!」
 
都の入り口で待機していた青龍軍の警備隊と合流し、
いつの間にかユノは100名を超える兵士の先頭を歩いていた。
沿道には笑顔でユノの帰還を喜び、功績を讃える民たちで溢れ、頭上には紙吹雪が色鮮やかに舞う。
ユノは面映ゆい気持ちで、少し離れて後ろをついてくるシウォンにチラリと目をやった。
シウォンは
 
「いいんだよ。堂々としてろ。今日はおまえが主役なんだから」
 
と言っているように無言で頷いた。
正直、こんなに熱狂的に迎えられるとは思っていなかった。
たしかに厳しい任務に耐えた二年ではあった。黒龍国の侵攻を未然に防いだ手柄もある。
だが、未だ大勢いる准将の中の一人に過ぎない自分に、これほど民が熱狂するとは…
ユノは気恥ずかしさ感じつつ、この国の北の果てで過ごしてきた月日は無駄ではなかったと思った。
沿道で無邪気に手を振る子供たち…
 
《この子たちの未来のためにも、いつまでも平和な青龍を守らなくては》
 
ユノは「青龍の若虎」という呼び名にふさわしく、凛々しい笑顔を振りまいた。
華々しい帰還であった。
 
大城に入ると、ユノは王宮奥深くの部屋に通された。
宮殿に参上するのは2年ぶりである。
この後、「国王に謁見し帰還の挨拶をせよ」と申しつけられている。
国王に会うのは国境警備隊の任命式以来だった。
しかし、このように王宮の奥まで通されたことは初めてだ。
それを許されるのは王族以外では王に近しい者か、身分の高い国の官僚たちのみである。
通されたのは決して広くはないこじんまりとした部屋だったが、
置いてある家具や調度品を見る限り、高い役職に就く者だけが使うことが出来ると、
高価な美術品などに興味のないユノでも察しがついた。
美しい彫刻で縁取られた丸窓の向こうに王の寝殿に続く長い渡り廊下が見える。
人の気配を感じ、ふと渡り廊下の目をやると、一人の軍人らしき人物がやや急いだ様子で
この部屋に向かってやってくるのが見えた。

「あれは…」
 
扉が開き、足早に一人の軍人が部屋に入ってきた。
 
「ユノ! おかえり! 待っていたぞ!」

勢いよくユノの手を取ったのは、ユノの軍隊の先輩であるイトゥク准将だった。
彼は昔から面倒見がよく、誰にも分け隔てなく親切で、いつも誰かのことを気にかけて世話を焼いていた。
10歳で大学校に入学した幼いユノもよく世話になり、イトゥクのことは兄のように慕っていた。
イトゥクは満面の笑顔でユノをぎゅうっと抱きしめた。

「イトゥクさん、帰ってきました。おかげで任務を無事に終えることができました。ありが…と… うっ、く、くるしい…
ちょ、ちょっと… イトゥクさん!力入りすぎて… 苦しいです」

「お、あ、、、すまん、すまん!はははっ!いや、うれしくて…つい…」
 
イトゥクは照れたように笑って、ユノの体からすっと離れ、いままでの苦労を労うように肩を撫でた。
 
「本当に… よく無事で帰ってきた。俺もあそこには1年いたがなかなかキツイ場所だ。2年は称賛に値するぞ」
 
イトゥクは現在、王の身辺警護をする親衛隊に所属していた。
王の安全を守るだけではなく、つねに近くにいて王のために働いていた。
イトゥク、シウォン、そしてユノ。
彼ら3人はこれからの青龍国の国防を担っていく、青龍軍の期待の星でもあった。
 
「もうすぐ王様がおいでになるが… 大臣方とまだお話し中だ。色々調整が大変なんだ。
お支度が整い次第お出ましになられるが、まだしばらくここで待機せよと仰せだ。
あっちのほうに田舎の村を模したお庭を造られている。最近完成した、王様ご自慢のお庭だ。
散策でもして待っていたらいいと思う」
 
イトゥクは窓の向こうに見える手入れされた庭を指さした。

「大臣方と?何か問題でも?」

青龍国のカンタ王は先代王の死後、王座に就いた。
先代の王妃は男子に恵まれず、よってカンタ王は第二夫人の子でありながらも王位を継ぐことになった。
先代王の寵愛を受け、幼いころより王になるための「帝王学」を学んだ。
性格は温厚で慈悲深く、出自や学歴に囚われることことなく、
実力に重きをおいて人事を行った。
カンタ王が生まれたのち、王妃に子が授かりボア王女が誕生している。
ボア王女はカンタ王を慕い、王もまた王女を可愛がっていた。
重臣たちは先代王から仕える古株が多く、若いカンタ王の意見に反発することもよくあり、
それが王にとって目下の悩みの種であった。
 
「うん…王様と大臣方の意見がかみ合わないことは… その…よくあることだから。
大丈夫だ。少し色々と調整が必要なだけさ」

イトゥクは肩をポンポンと叩いて、改めてうれしそうにユノをまじまじと見た。
 
「本当に久しぶりだ…皆、おまえの帰りを待っていたぞ。色々話したいことが山ほどある。
ゆっくり話を聞きたいところだが…またすぐ王様のところに戻らねばならんのだ。
今夜は帰還を祝って王様が無礼講の祝賀の宴をしてくださるそうだ。
積もる話はその時に…またあとで、な!」

そういうとイトゥクはうんうんと頷いて、また足早に部屋を出ていった。
 
「ははっ、まるで嵐だな。ヒョンは」
 
相変わらずの面倒見のよさで王様に重宝がられているのだろう。
昔から変わらないイトゥクの様子に、やっと都に戻った実感が湧いてきた。

《そうだ、庭が美しいと言ってたな。退屈しのぎに散歩でもしてみようか》

ここは王宮の中でも王の私的な建物が点在し、王が寛げるゆったりとした空間になっていた。
そのせいか警備兵も極端に少ない。
 
《限られた身元のわかる人物しか入れないようにしてあるからだろうけど…警備が手薄だな。
その分、王様ものんびり寛げるのかもしれないが… これで王様をお守りできるのか》

「俺ときたら… 職業病だな。ふふっ。いつでもどこでも」

国を守り、王様を守る。
つくづく軍人の気質が自分から抜けることはないのだと、ユノは自嘲した。
だが、それはユノの強い忠誠心からくるものでもある。
武官の家に生まれ、幼いころから武術を習い、自ら選んで軍人になった。
いま自分が歩んでいる道になんの躊躇いも迷いもなかった。
こういう政治の駆け引きの上手がものをいう王宮は正直苦手で、
どんなに辛くてもきつくても、荒れ野や厳しい自然の中で任務に就いているほうが自分らしく生きていると思えた。
だから王命で帰還が決まったときも素直に喜べなかった。
そういう頑ななところは自分でもどうかと思うけれど…

考え事をしながら庭をふらりと歩いていると、
ちょうどイトゥクが言っていたような田舎の風景が目の前に広がった。
王宮には様々な形式で作られた小さな庭園が点在していた。
人の気配はまったくしない。のどかな自然だけがあった。
ここは青龍の田舎の農村を模した茅葺の家があり、小さな川が流れ、水車が回っていた。
田畑も作られ、チンダルレ(からむらさきつつじ)があちらこちらで可憐な花を咲かせている。
茅葺の家のすぐそばには大きな桜の木があり、いま満開の時を迎えていた。
ユノは昔話の中にひとり迷い込んだような感覚を覚えた。
つねに厳しい状況に身を置くことで、生きている実感を覚えるユノだったが、
こうして時間が止まったような、穏やかな風景に心がやすらぐのを感じていた。
青々と茂る木々を吹き抜ける風が、疲れた心と体を癒していく。
そういえば、ここ数日はほとんど寝ずに馬を飛ばしてきた。

「こんな場所が王宮にあるなんて… まるで童話の世界みたいだ」

ユノは大きな桜の木に近づき、はらはらと舞う花吹雪を浴びた。
いままでは何とも感じなかった、身に着けている鎧が重く感じる。
鎧の肩先に花びらが落ちる様子を見て
 
「こんな場所で武装している俺は…無粋だな」

この明るく穏やかな風景に、鎧で身を固めた自分は不釣り合いだと思った。
立ち去ろうと思うのに、なぜかとても名残惜しいような、不思議な感情が湧いてくる。
 
「花に酔ったのか…」

この桜の木はいったい何年生きているのだろう。
こうして毎年、誰に知られずとも花を咲かせ、静かに散っていくのか…
そう思うと、懸命に咲いている桜さえ愛しくて、この場を離れることが躊躇われる。
桜の木の下、腰を下ろすと不思議に気持ちが落ち着いた。
都へ帰るため、無理を重ねた体は限界だった。
 
「少しだけ…」
 
ユノは桜の幹に体を預け、静かに目を閉じた。
根元の窪みがひんやりと苔むして気持ちよかった。

「ふふっ…」

誰かの笑い声がかすかに聞こえた。
ユノはハッとして横たえていた体を起こした。
 
《いつの間に眠っていたのか》

軍人はどんなときも鎧を身に着けているときは決して油断しない。
それなのに… わずかな時間とはいえ、眠っていた自分を後悔した。
と、同時に得体の知れない笑い声に緊張が一気に高まった。
 
「誰だっ?」

急いで立ち上がると、はらはらと桜の花びらが降ってくる。
ふと、頭上を見上げるとそこには…
白い衣を纏い、長い髪の女人が桜の枝に座りこちらを見て微笑んでいた。
桜の太い幹に手をかけ、長い足はだらんと下ろされていた。
儚げな微笑みを浮かべ、こちらを見ている。
 
「なっ… 誰だ?いや…誰なのですか?」
 
心臓が止まるかと思うほど驚いたが、気を取り直してとりあえず女に問うてみた。
こんな場所で… 自分ひとりがここにいるのだと思っていたのに…
まさか人に出会うとは、木の上で女が笑っているなんて、にわかには信じ難い。
怪しい女だ、と思ったけれど、もしかすると後宮の女かも、王様の側女では?
とも思えたから、ユノは丁寧な口調で質問し直した。
だが… 女はユノをじっと見つめているが、問いには答えない。
ただユノを見つめて微笑んでいるだけだ。その笑みは張り付いて感情がないようにも見えた。
時々、何か言いたそうに唇が開くけれど言葉はなかった。
見つめ合ってどれくらい時間が経っただろうか。
柔和な笑顔を湛えながら、時折悪戯っぽく揺れる瞳に射抜かれてユノは動けなかった。
 
《鬼か妖女か…それとも桜の精?まさか天女…》

じっと女を見返した。
が、逆にその大きな瞳に引き付けられて動けない。
女の瞳は深く青く揺らめき、栗色の髪には桜の花びらが止まっている。
白い衣の裾が風にはだけて、細い足首がのぞいて艶めかしく、胸の鼓動が早くなる。

《異国の女かもしれない。言葉がわからないんじゃ…宮殿にはたくさんの異国人がいる。そうにちがいない…》

言葉が通じないのではどうしようもない。
だが、気になって仕方がない。
女の正体が気になって「知りたい」という衝動が止まらない。
 
《女人になど執着したことがない俺がどうしたんだ。でも、このままそばを離れがたい…》

実力行使とばかりに、ユノは桜の木に登ろうと幹のくぼみに足を掛けた。
そして元来の身の軽さで、あっという間に女のすぐそこまで駆け登ってきた。
ユノの思いがけない行動に、女は驚いて身構えた。

「貴女は… 誰なのですか?なぜ何も答えてくれないんだ?もう少し顔をよく見せて…」

ユノがじりじりと女のいる枝に手を伸ばしたその時、

「あっ!!!!」

ユノは見えない強い力に押し返されて、枝を掴むはずの掌は空を切った。

「くっ…!!ヤバい!!!」
 
そう思った時には遅かった。
ユノの体は桜の木を離れ、宙を舞っていた。
 
「落ちる!」
 
本能的に地面に叩きつけられることに体が反応した。
目を固く閉じ、衝撃を覚悟したその時… ユノの体はふわっと柔らかい何かで守られたように感じた。
体が一瞬、地面の直前で止まり、やがて静かに降ろされた。
ゆっくりと目を開けると、鬼なのか桜の精なのか、木の上にいたはずの女人は…
すぐ目の前にきて、深い青を湛えた瞳でやはりユノを見て微笑んでいた。
ユノの頬にさくらの花びらがひとひら舞い落ちた。
甘い香りが鼻をくすぐり、そのままユノの意識は遠のいていった。
 
 
 
 
 
 
 
 
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