この夏は本当に異常な猛暑が続きますね。 言っても仕方がないのですが、つい「暑い(;゚ロ゚)」とつぶやいてしまいます(苦笑)
エアコンで体を冷やさないように気を付けたり、温かいものを飲むようにしたり、胃に負担をかけないような食事を心がけたり、睡眠もしっかり取るようにしたりして、なんとか乗り切っていきたいですね。
さて気が付けば、また久しぶりの更新になってしまいました(汗)
少し前のことですが出演者の方とのご縁で、舞台『After Life』を観に行ってきました。 わたしはコンサートにはたまに行きますが、舞台はほとんど観たことがないので、とても新鮮な体験でした。
舞台「After Life」 公式ホームページ | アフターライフ | 主演・上田竜也 | 公演日程やチケット情報など (afterlife2023.com)
死後、一週間の猶予期間があるのですが、その際に生前の思い出の中からひとつ、一番大事にしたいものを決めて、その記憶だけを携えて次の世界へと旅立っていくというストーリーです。
登場人物たちがそれぞれに自分の生前の人生を振り返る中で、この思い出がいちばん、というものを最後決めるまでの紆余曲折や感情の揺れ動きが舞台上で繰り広げられ、なかなか見応えがありました。
そして知らず知らずのうちに、自分だったらどの思い出を選ぶだろうと考えている自分に気が付きました。
もちろんまだこれから先の人生がある程度残っているかなとおもうので(期待も込めて!)、現時点で決める必要はないのですが(笑)
逆に考えたら人生を終えるまでに、最後にどれにしようか悩むくらい(笑)、幸せな素晴らしい思い出になる体験を、これからもさらに重ねていけたら素敵ですね♪
この舞台を観てそんなことを考えたせいか、思い出したことがありました。
夫を亡くした頃、いろいろとふたりですごした日々のことをひとり思い返していた時期がありました。
なんとなく自分の想像では、ふたりで楽しく旅行に行ったときのことなど、嬉しかった時のことを思い出すのかなとおもっていたのですが、それがまったく違ったんです。
なぜか心に繰り返し浮かんでくるのは、むしろあまり思い出したくもない、ちょっと不遇な時期のことだったので、それがとても意外で驚きました。
夫は予定よりも早く海外勤務を終えることになり(支店を閉じることになったので)、一番若かったわたしたち夫婦はいわく付きの古い社宅に入ることになりました。
その社宅は古いので、皆すぐにマンションを買って出て行くと言われているようなところだったんです。
でもわたしたちは一時の仮住まいだと考えていたので、それほど苦にしていませんでした。
ただ夫が希望の部署ではなく、まったく畑違いのところに配置換えされ、しかもちょっと難しいことで有名な上司のもと、残業も多くて心身ともにかなりつらそうな時期でした。
なので週末も土曜日は近場に用事で出かける程度、日曜日は家でゆっくりすごすことがほとんどでした。
日曜日は夕食も早めに済ませることが多かったので、夕食後に社宅から最寄り駅まで、散歩がてらふたり並んで住宅街の夜道をトボトボ歩きながら、「もう希望しても海外勤務はないだろうし、これからどうなるんだろうね」と、今後への重苦しい不安をお互いに抱えていたのを覚えています。 お化粧もせず普段着ですごした、いわば地味で冴えないある日の一コマと言えるかもしれません。
なぜかその夜道を並んで歩くふたりの後ろ姿のシーンが心に繰り返し浮かんでくるのです。 もっと楽しかった時のことのほうがいいのに、そのことがあまりにも不思議なので、「神様、これはどういうことなのでしょうか」と、わたしは心の中でよく問いかけていました。
するとある日、そういうことなのかと、ようやく意味がわかったのです。 わたしの人生にとって、それはものすごく意義深いものでした。
その日はあのトボトボふたり並んで歩くシーンを神様に見せられて、「もう一度よく見てみなさい。 あなたはこのふたりが惨めで哀れなふたりに見えますか?」とたずねられたような気がしました。
それでわたしは再度ふたりを後ろからじっと見つめると、不思議なことに、とっても美しいシーンに見えてきたのです。
その時にやってきた宝物のような気付きは、わたしたちは幸せな日というのは何か嬉しいことや晴れがましいことがあった、特別な日のことを考えますが、そうではないのだと。 一見すると不運で惨めで思い出したくもない、そんな時でさえも、死んだ後(!)振り返ったら、すべての瞬間が同じようにかけがえのない、キラキラと美しく輝く愛おしいものなのだということです。
そして今改めて感じたのは、実はこの時こそ、もしかしたらわたしたち夫婦の心が一番寄り添い合っていたのかもしれないということです。 だからこそ、このシーンが繰り返し繰り返し、深く傷ついた当時の心に浮かんできたのかもしれません。
久しぶりの観劇で、そんなことを思い出しました。
あの時もしかしたら、神様がちょっとした「種明かし」をしてくださったのかもしれないですね。






