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どうでもいい花し

人に話すにはどうでもいいはなし。でも話したいんだよなぁ〜。そんなムズムズとした気持ちの解消のためのブログです。2019年5月そこはかとなくブログ再開。美術館日記でもつけようかな、と。

東京藝術大学大学美術館に行きました。
企画展
円山応挙から近代京都画壇へ


タイトルそのまんまの展示です。
円山応挙から派生していった京都の近代画家たちをフィーチャー。

その辺の知識乏しくて、展示を楽しめたことがなかったので(好みではないという問題もある)、今回は鑑賞までに改めて概要を復習してみた。
辻惟雄『十八世紀京都画壇』


前書きだけで、近代京都画壇の流れがわかる良書。
今後 似たような展示に行くことがあれば、その度に目を通して行きたい。

けれども…、この時代の京都画壇というものがあまり得意ではない、ということが再確認されたのでした…。
円山応挙というキーワードにつられて行ってしまっただけのようで…ハハ。


とはいえ、ポスターにも採用されている円山応挙 大乗寺襖絵 松に孔雀図 は素晴らしかった。
墨一色での立体感と美しさ。
これだけでも見に行って良かったと思う。


藝大美術館は休日に行ってもさほど混んでないから好き。雰囲気もとてもいい。
また気になる展示があったら出かけたい。
(でも京都画壇はしばらくいいかな…ハハ)
太田記念美術館に行きました。
企画展
写楽を超えた男 歌川豊国


9月からの3ヶ月は『秋の歌川フェスタ』と銘打って、歌川派絵師の総特集をするそうな。

そのスターターとして選ばれたのが、歌川派の祖 歌川豊国。
生誕250年だそう。

豊国の初期作品から後期作品まで満遍なく堪能することができる企画展。


豊国は、浮世絵が知識人の間でのステータス的蒐集物であった時代から、庶民の娯楽物として商業的意味を持ち始めたその時代に生きた絵師。

そのためか、初期作品は鳥居清長などを思わせるクラシカルなスタイル。
商業的意味を持ち始めると、段々とポップな調子になっていき、所謂「役者絵」でその特徴を確立したように感じられました。

スタイルの大きな変化を感じられる展示にもなっているかとオモイマス。

豊国の確立したスタイルが、後の「歌川派」のスタンダードとして受け継がれていくわけです。

豊国が挿絵を手掛けた絵草紙(今で言うライトノベルみたいな読本)の展示もあり、庶民の娯楽物としての「画」への転換に影響を与えてそうだな、なんて感じたり。
特にポップなスタイルについては、絵草紙と浮世絵が相互に影響を与えてそう。
絵草紙は照明が暗くてちょい見辛いのが残念。

同時代の売れっ子絵師との比較に東洲斎写楽の浮世絵も展示されていました。
企画展の副題「写楽を超えた男」だしね。
ちなみに、展示されていた写楽作品、太田記念美術館所蔵なり。す、すごい!


今回の展示でいちばん印象に残ったのは、戯画の「座頭の行列」。
盲目の人を茶化した表現という現代ではタブーであろう戯画だというのと、盲目の表現が手塚治虫と同じだ!という2点でもって印象に残りました。
いゃ〜、手塚治虫まで受け継がれているんですなぁ。

なんかしょーもない締めになってしまった気がするけれど…😂
とても充実した展示でした。
来月も行こう!

会期は終わってしまって、そう言えば…な記録になるけれど
町火消しの企画展示をしていると聞いて。


母曰く、小さい頃にこの資料館に来たことがあるらしいのだけど、全く記憶にない…。ごめんです、母さん、父さん滝汗


入館料は¥300
企画展示のスペースは行ってみたらとても小さかったのだけど、実際に使用されていた頭巾や半纏、纏、水鉄砲や鳶口などを見ることができた。
纏の実物ってこんなに大きいんだ!と驚いたり
素材は桐だそうな

実を言うと、纏を持てたり、頭巾をかぶったりできるんじゃないか…とちょっと期待してたんですが、企画展示に関しては全て「さわらないでください✋🏻」展示でした。


興味のあった火消しの展示は小さいものだったけれど、資料館自体は体験型の面白い展示がいっぱいで面白かった。

明治〜大正の町屋を再現してあったり。
小さい資料館ながら楽しさが詰まっている。

ちびっ子がたくさんいました。


正直なところ言っちゃうと、1度行けば満足かな、という内容でした。


ついでなので、建物真向かいの不忍池もちらり。


なんと申しますか…怖い印象のある池ですな。くわばらくわばら
(こんなところに沈められたら二度と見つからないよ…)
真夏にもかかわらず、背筋がゾクゾクひたので、写真を撮ってそそくさ退散。
不忍池には近づかないようにしようと思った次第。ぶるぶる