先週の話。
9/8(火)
次男のところに二人目の子どもが産まれました。
女の子です。
姉妹になりました。
予定帝王切開だったので、前日の月曜日から、我が家で上の子をお預かり。
次の日、9/9(水)夜
主人の母が亡くなりました。
特養に入所して、12年。
83歳で、最期は病院で亡くなりました。
通夜が金曜日になったので、朝から次男と孫を連れて主人の実家のある京都へ。
土曜日の告別式を終え、日曜日の朝、自宅に戻ってきました。
疲れ果てた一週間でした。
昨日、次男のお嫁さんが無事退院したので、ようやく今日は一人でゆっくりできました。
生と死について、考えさせられた一週間でもありました。
生まれる命があれば、消えていく命もある。
元気な産声を上げ、生まれてきた孫。
そして、そっと息を引き取った義母。
命のバトンが引き継がれたのかなぁ。
義母の葬儀中、義兄に涙はありませんでした。
田舎の長男でずっと実親と同居して、嫁と母の間でいろいろ大変な思いをして、義母が要介護状態になるや、すぐに特養に入所させたことを、親族になじられたこともあった義兄。
それでも、その後も施設に面会に行ったり、ずっと介護に携わってきた義兄。
年金だけでは足りない施設費用を、負担していたのも義兄。
私たち、離れて暮らす弟夫婦には、義母が亡くなるまで、そんなこと全く言わなかった。
葬儀を終えた義兄の顔には、安堵感が滲み出ていました。
お兄ちゃん、本当にいままでお疲れ様でした。
一方、次男の我が夫。
単身赴任先で、母の死の一報を兄から聞き、大泣きしながら私に電話をしてきました。
ある意味、そんな風に素直に悲しむことができるっていいな、と思いました。
きっとその頃義兄は、葬儀屋に電話したり、葬儀の段取りを決めたり、親族に連絡したり、目まぐるしいほど忙しかったと思います。
私が、じーじが亡くなった時、そうだったので。
泣くことも、悲しむ暇も無い感じでした。
親の「生」に責任が無い子どもが、悲しみに浸ることができ、主介護者として、親の「生」を支えてきた子どもは、泣く暇もないなんて。
我が家のばーばは、まだ特養で生きてるはずです。
もう、2か月ほど面会できていませんが。
いつになったら、今までのように面会できるんだろう。
もう、自由に面会できる日は来ないのかも。