日本中が忘れてはいけない一日。
去年はまだ琉榎はお腹の中にいて
あたしはバリバリ働いてました。
地震が起こった14:49はお昼休みも
終わって午後の診療中。高知は揺れも
なかったきどんな事態になってるか
私はじめ、院内スタッフみんなが
知らなかったと思う。続々と予約時間の
クライアントの方からキャンセルの
電話が続いたっけ。津波警報??
何のことやろ?いつもはDVD流しゆ
診療ユニットのTVを変えてみた。
そこで目に入ってきた光景にみんな
言葉を失った…津波が街を襲ってる!
えっこれが日本?
すべてが信じられん光景の数々。
どのチャンネルも、津波の映像…
右下には日本地図と高知は大津波警報。
院長の判断で診療時間早く切り上げて
携帯には今まで届いたことなかった
エリアメールまで届いちょったな。
その頃、名古屋に弟がおったきもし今日本の沿岸部に津波来たら…と思って弟にも連絡したり、どうしようって気持ちがザワザワして、それでもお腹では
元気にぽこぽこ動いてくれてたから
この子に不安が伝わらないようにって
大丈夫やきねって話しかけよったな。
旦那ちゃんの友達が仙台にいて、その
友達と連絡が一切つかんかったから
ずっとモヤモヤやったと。夜は夜で
その頃、まだ高須に住んでて裏に
川があったから大津波警報発令中って
アナウンスが流れてて3階やったけど
恐くて怖くてエリアメールも何回か
届いてて旦那ちゃんの実家に避難した。
夜も寝れなくてずっとTVで流れてる
被災地の様子みて心が締め付けられて
自分のように妊婦さんや生まれたての
赤ちゃんがいる家庭…そうゆうのを
重ね合わしてしまって涙が止まらんかった。
幸い、それから3日ほど経ってから
旦那ちゃんの友達と連絡ついて
津波被害にもあってなくて無事やって
ひとまず安心した。
一年経ったけど、まだまだ一年…
被災地の方は復興しつつある中で
一方で失ったものを実感させられる
今が一番辛い時期なんだと思います。
いま、もし南海地震が来たら…?
自分の命に変えてでも守りたいもの。
大切な家族…
喧嘩などしても幸せに暮らせてる
いや、生かされてることは決して
当たり前じゃないことなんだと。
キセキなんだと。
その幸せが一瞬で奪われた人も
たくさんおること。
そのことを忘れず一日一日、
生かされてることに感謝し当たり前を
当たり前と思わず暮らしていくことが
いまの私達には大切だと思います。
まだまだ先やけど将来、琉榎が
内容を理解できるようになったら
お腹の中におった時、こんなことが
あったがよって話してあげたい。
軽々しく言える言葉じゃないけど
被災地の方が少しでも多く
希望が満ちた、笑顔が
溢れる生活が送れますように…☆
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