96年の、上下オレンジのhideにぃを。
身近に感じられるように。と。
大きさもちょうど良かったから( ´∀`💕)
hideにぃの曲 ☆彡
今のところ、ほぼほぼ。
泣いてしまうほど感傷的にはならずに。聴く事ができるように、なった。
なのに。映像は………
あなたの歌っている姿を…観続ける事ができない。
観たいのよ。姿も、観ていたいのよ。
・・会いたいのよ。でも、無理なのよ。
映像が観れるのは、hIS iNVINCIBLE・・だけ。
あれだけは、なぜ観れるのか…不思議。
JUNK STORYも、時に危ない
A STORY …まだ、ROCKET DIVEのとこしか観れてないから、分からない💬🤷♀️
今までずっと。YouTubeの映像も、作業しながら
主に“聴く“中心だったから。手を止めて“観た“としても。ライブ映像が続いてしまうと、15分20分が、限界。会いたい...と。心は、曇り始める。
そして、同時に思う。
この「会いたい」って感情は、どういう類いなの!?
この「会いたい」と思う気持ちの意味が、
分からない
家族・恋人・友人・知人。過去に関わりのあった人。
こういうのは、実際に直接関わりがあって。対面で触れ合ったり言葉を交わしたり、同じ空間で、同じ時間を過ごして。感情を交換して。そういう生の実体験があるから。その人との生きた思い出があるから。
失った時に「会いたい」と思うんだと、思う。
でも、四角の中に映し出される、それしか知らない
実際に関わりを持てた訳でもない。言葉を交わせた訳でもない。直接触れる事が出来た訳でもない。
一緒に何かした訳でもない。ただ、観ていただけ。
直接“生(せい)“を、肌で感じ取れた訳でもない人を・・・
こんなにも恋しく想う、この「会いたい」の種類は何なのだろう。
私がhideにぃを直接見たのは、Xのラストライブの時だけ。実際に“存在している人“と認識できたのは
その一回だけ。
hideにぃを、実際に知らない世代は
“会ってみたかった“とは思っても、“会いたい“とは
思わないでしょ。
ただ一度、本当にいるんだ、と。
その存在を認識しただけの事が
直接関わりを持ってきた人達と同じように
対等な存在として記憶されるという事だろうか。
だから「会いたい」と、思うの?
一度失ってしまったあの頃より、
出逢い直せた今の方が。ずっとずっと、想いは深く
狂気に満ちる程、愛している 笑
どんなに時間が流れても、思い出なんかには出来ずに。雪が溶け始める頃から春にかけて。
毎年必ず有線から流れてくる、彼の声を聴くのが辛かった。一年に一度、彼に触れなければいけない、春。
私の心の中にある、ピンク髪の怪獣のエリアは
霧がかっていてモヤモヤしている、禁断の場所だった。触れられない。触れてはいけない場所。
それでも、心から追い出す事はできない。
なんの脈絡もなく、突然。
hideちゃん・・・・・
そんな風に思い起こされる事も、
どれだけあっただろう。
どんなに時間が流れても、“懐かしい人“には
ならない。
だって、触れられなくても、常に心の中にいるから。
あれから流れた、とてつもない時間の長ささえも、
私は全くピンときていない。
・・子供いれば、違うんだろうな。
「会いたい」の、意味。分からない。
もうずっと前から。指先ひとつで、
あなたに会えてしまう時代なんだよね。
だから私を、迎えにきてくれたんだろうけど。
でも、そうやって“会えば“
尚更“会いたい“と、感じてしまうよ。
“会えて“いるのに、“会いたい“よ。
今日は、記憶している5月以降で初めて
hideにぃの声を聴かなかった日。
Xの曲も、映像も、観なかった日。
頭の中、こんがらがってる日
hideにぃが、恋しくてたまらない日。
PATA復帰のニュース、流れましたね。
少し、安心