おはようございます。
ユキノシタです。
今日は家の中で過ごすのに、とても気持ちの良い朝です
ただ家から出たくないだけです。
昨日から自分の安心感を探すのに、すっかりハマってしまってます
先に進むことよりも、今は深めることをしたーーーーいと思いました。
なぜかって
この安心感こそ、わたしが絵本を使って表現したい何かだって感じだから
具体的には何にもないけど。
昨日、幼い頃からの毛布で安心感を得るというところで、満足したんですけど。。。
うーーーん。
なんか違和感ある。
だって、いつも毛布はあるわけじゃないし、もし捨ててしまったら???
で、じゃあ、他にどんな時に安心するだろう?って考えてみた。
いくつかあるんだなー。
雨の日に雨音を聴きながら、家でひとりでぼーっとしてる時
海で波の音が聴こえていたり、川の流れる音が聴こえている時(ゴオォーーーーみたいな激しいのは、ちがう)
意識して聴いてる時が、ものすごく安心する。
水の流れる音(トイレに設置されてる音姫はちがうけど、水道水はありだなートイレの流れる音も含めて)は、すっごい小さい頃から好きで、多分毛布と同じ効果だなー。
心をゆるせる友だちと夢中で話している時
ひたすらに集中して、思うことや考えていることをノートに書き出して、まとめている時
そうかー
そうかーーーー
夢中で何かをやってること自体が、わたしを安心させてくれてるってことかー!!!
つまり、何か夢中にやれるものがないと、不安定になりやすいってことでもあるけど、それにも気付けたら、なんてことないー♬
あぁ、そういうことなんだー
確かに、小さい頃から、ひたすら夢中で何かをやってる時って、ゾーンに入ってるっていうのに近いんだと思うけど、すごく安心して取り組んでる時だったもんなー
どんぐりをただ拾い続けて、どんぐりと椎の実はちがうんだなーってかじってみて「渋っ」てなるのとか。
ブランコをただこぎ続けて、自分の心地良い高さを見つけてズレたら戻すみたいなのをひたすらやってたりとか。
気付いたらずーーーっとやってたみたいなボサーッとした子どもだった。
ボサーッとしてるトロいやつって正直今の今まで思ってたけど、案外研究熱心な子だったのかも
わわわわー
子どもの頃の自分が愛おしい
初めての感覚だーーーー
本当に生きるためにわたしが必要だったのは、安心感だったんだなー
って実感してるー


ものすごーく小さい頃の安心感って今でも生きてるんだねぇ
で、これからはただ安心するーっていうだけじゃなくて、意識的に安心感を自分に与えよう
ふふふ
これも、自分の人生をデザインするってことだー
このわたしの中の安心感のおかげかな
ゴールデンウイークが明けて、初めて3歳児が「幼稚園に行きたくなーい」って言わなかった
朝爽やかに起きて、普段朝から遊んだりしないのにお絵かきして、「おなかすいたー」って自分から言って、朝ごはん食べて、着替えて、準備して、そろそろ行こうかって初めて声かけたら、上着着て、靴履いたよー



この間、久しぶりにわたしの心もざわつかないし、苛立たないし、大丈夫って確信があったから、不思議。
出かける時に、「よくがんばったよーお母さん!!!」って自分をめっちゃ褒めた
3歳児もがんばったのかもしれないけど、これが日常であればいいなってわたしが願ったから、あえて3歳児のことは褒めなかった(笑)
自分も日常であればいいなとは思ってなかったから、褒めてみた
でも、これも日常にしていこう
安心感、ありがとう
堀内恭隆さんに感謝ですー!!!
この場を借りて、ありがとう
まだまだこれからもたくさん学ばせていただこう
