もともとファッションを仕事にしていました。

服を大量に買い、大量に処分。

この繰り返しに違和感を感じるようになり

たくさん服を持つことを手放し始めます。
そんなときニューヨークで生活することになりました。
物価が高い!高すぎて服が買えなくなります。
でも、困りませんでした。服はそんなに必要なかった!
これがわたしの本格的なミニマルライフの始まりです。

必要以上の服やモノがなくなって見えてきたこと、
できるようになったことを書いていきます。




夕飯のサラダに入れる

ゆで卵を作っていたところ、、、



オットがコーヒーが飲みたいと

言い出しました真顔




我が家には

ヤカンや湯沸かしポットがなく、

このポット型鍋でお湯を沸かしています。

麦茶を作ったりもこの鍋。



やかんは手放しました。




他のコトで使用中の場合は

待つしかありません。



こんなとき。

ああ、ヤカンを捨てなきゃよかったぁぁえーん

やっぱりヤカンがないと不便だぁぁぁ

失敗したなぁぁ、、、



と!
やたらと「ない」ことに反応していた
のが以前のわたしでした。
手放すときに「ほんっとに捨てて
大丈夫だよねっ、ねっ!」と、やたらと
力んでいたり、構えたりもしていました。


でも、捨て活が進んできた今、
コーヒーくらい、待ちましょう、、、
ゆで卵なんてすぐできるし。
という気持ちになります。


モノがないと、、、
ちょっと、おおらかになる気がするんです。


不便だー、キツイ、ムリ、
時間の無駄、コレがないと、、、
など、こういう気持ちって、
今思えばすごく気を張っている状態の
ように思いました。


もちろん、「あって良かった」と
思うモノもあります。
ニューヨークにいるわたしは、
飲み慣れている、日本の薬がそれです。






薬は健康(命)に関するモノ。
健康(命)に関するモノ以外、
ほんとうに必要なモノって
ほんとうに少ないのかもしれない。

むしろ、おおらかになれるので
モノはないほうが、健康なのかも
しれない笑い泣き


参考にしていただければ
幸いです。

最後までお読みくださり、
ありがとうございました。




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