one voice -11ページ目

one voice

ひとりごと。
ある意味、日常の垂れ流し…

――ということで、この台風大接近の中、恒例の京都旅行。
波乱含みのイヤな予感満載な中、行ってきました。

土曜の朝、京都に着くなり13日の決断をしようと、電車の時間を変更。
条件は14時前後の二人並んで座れる電車――
希望通りに取れたので予定通りにGO!


2泊3日の京都社寺仏閣リストは以下のとおり。
この社寺仏閣の大半にはちょっとした共通点があるんですけど、それは後程。

・上賀茂神社
・平野神社
・晴明神社
・護王神社
・菅原院天満宮
・吉田神社
・宗忠神社
・真正極楽寺
・金戒光明寺
・岡崎神社
・若王子神社
・八坂神社


以上が今回のラインナップ。


ちなみに1日平均歩数は2万歩です。

3日目は台風の影響をどうせ受けるのなら――ということでホテルでまったりダラダラで八坂さんにだけお参りして駅でお買い物をして帰るだけにしました。


初日、上賀茂神社は若干アタシにはブルーな記憶があり、一眼のレンズを壊した(自分の不注意で三脚を倒した)記憶があり、「むぅ……」と思いながらカメラの取り扱い注意な感じでしたけど。
現在本殿を来年の式年遷宮で修理中とのことで、本殿への特別拝観をしていたのでなかなか中に入れない本宮と屋根の吹き替え作業を間近で見ることができました。
なかなか見られそうで見られないんですよね。
見事な手仕事と歴史を感じました。

本宮の扉に描かれた影狛の絵は珍しかったです。
影狛とは、狛犬の実物の前にろうそくなどを立てたときの影を見立てての狛犬の影なんだそうです。
狩野派絵師によるものだとか。

バスの乗り継ぎ乗り継ぎの行程のわりにはスムーズにいきましたね。
途中、地元の方にもよくしていただきました。おじさん、ありがとう!
相変わらず晴明神社はかつての鬱蒼さはなくなってて悲しいのですが(ホントにメディアの影響って怖いよ)昔の手書きのお札が懐かしいっす。ま、これも時代だよね。
時代は時代で受け止めます。


2日目はこれまた鬼門のような場所で、かつて吉田神社には行けたのに、目と鼻の先の真正極楽寺と金戒光明寺のふたつに迷ってたどり着けなかったいわくがあったので、今回どうかと思ったら、案の定、吉田神社抜けて迷子(汗)
携帯のGPSもポンコツで、ご近所の方が「差し出がましいようですけど、もしかして迷っていらっしゃいますか?」と親切に声をかけてくださったので、お言葉に甘えました。大変助かりました。ありがとうございます。
危うく逆に向かって歩くところでしたけど。
おかけで念願の真正極楽寺と金戒光明寺にたどり着けました。
金戒光明寺ではどうやら歴女のお嬢さんたち。
京都守護職の本陣だったので新撰組か、会津藩か? よくわからないけど(爆)
その看板、そんなに激写する意味あるのかな? と、思うくらい「京都守護職」にキャッキャッしてましたね。
いいね。
アタシも新撰組は少しやったよ。
東本願寺とか、壬生寺とか、輪違屋とか、角屋ね(←っつうか、基礎中の基礎だけどね(^^;))思い出すわ。
でも金戒光明寺までは知らなかったっていうか、一度たどり着けなかったトラウマは大きかったさ。


若王子神社まで2日間、ばっちりと予定をこなせたのはホントによかった!
3日目はもう台風の影響を受けるだろうと思っていたので京都に入った時点であきらめましたけどね。
でも、ホテルをチェックアウトして駅につくまでカサいらずでいられたのは幸運です。

JRもギリギリ定刻発着だったし、東京もそんなに天気が荒れていなかったので台風に当たった割にはどうにか予定は85%はこなしてきたと言う感じですかね。
不幸中の幸いでよかった。
こういうところの勘というか決断はホントに運がよかった。

なにぶん、相変わらずのポンコツっぷりで(笑)詰めが一歩甘いところもありましたけど、楽しい旅行でした。
2014年の旅行はこれで終わりだけど、また来年に向けて楽しみたいと。


そして、今回の旅のテーマは「動物!」ということで、写真が動物っ子たちです。
動物みくじですね。
八咫烏(2匹)、うさぎ、イノシシ、うし、馬、リスですね。
どの神社にどの子がいるのかは、自分で調べた方が断然京都を覚えられるので楽しんだ方がいいと思います。
勘がいいとなんとなくわかるものもあるかと思いますが、これぞ、京都旅の醍醐味!!(笑)



――というほどこだわってはいない。
というか、数字にこだわるようなものもなかった。
例えばスポーツで背番号を貰うとか、そういうのもない。
運命的な番号というのも思いつかない。


せいぜい好きになるのはスポーツ選手たちの背番号だ。
これも統一性はない。
むしろ選手に依存してるから背番号は二の次だ。


でも、好きな数字は誕生日。
月も日付も大好きである。


日付の数字は数年前のバレーの選手の背番号とリンクしていたのでアクセサリーでナンバーコレクションとして持っている。
当時、月の方はどうしようかと思って保留にしていたのだが、メーカーが日本から撤退したこともあり、購入しないまま終わった。


そして数年前、FRANCK MULLERのタリスマンシリーズのチャーム(高いヤツじゃないっス)を買おうかどうか迷っているうちに製造終了……
で、ダメもとで聞きに行ったらエナメルシリーズならあるということで出してもらった。
欲しい番号を言ったら黒しかないとのことで、黒をキープしつつ、白の在庫を当たってもらった。
昨日あるという連絡をうけたので結局白を受け取ってきた。


着てるものがカラスちゃんなので、黒だと服に沈む気がするから白で正解だろう。


デカいタリスマンもいいんだけどさ、値段も結構な可愛い値段になるし、あの大きさ、普段使いいける? ってなるとやっぱりチャームの方が勝手は良さそうな気がしている。
まあ、タリスマン=お守りだからね。


ちなみに私のマスターナンバーは2です。
計算の仕方を変えると11にもなるんだけど。
六星占術でも霊合星人だということに気付いたのは数年前だったからね……「11」のマスターナンバーだったらこれも2重の運命数だね。11の場合「1+1」で「2」にも行つくからね。


「2」も持っててもいいのかも知れないけど……いままであんまり縁がなかったと言えばない。
内田選手の「2」くらいかな?(笑)

避暑というには遅い軽井沢旅行。
ショッピング、山登り、お散歩と盛りだくさんで楽しかったです。
2泊3日でしたが、初日は荷物をロッカーに放り込んでホテルに行もせずアウトレットへ。
まあ、いきなりロッカーでトラブル発生でしたが、ほぼほぼ予定通り見たいお店に行き、買いたいものを買って大満足のお買いもの。


ただ、コスメがちょっと思ったものがなくてまったく買い物ができないままでしたが。


予定通り16時過ぎにはホテルにチェックインしてゆっくり和食のお食事をしてあとはぐでぐで(笑)


翌日はご機嫌なホテル朝食を食べ、いざ碓氷峠のトレッキング。
短時間で急な斜面を登る鞍馬とどっちが楽かと言えば、碓氷峠はダラダラカメラ構えて何人もの人に追い抜かれ(笑)緩い坂道とはいえ、2時間近くかけてゆっくり上ったのですが、鞍馬よりは楽しめたのかも。
まあ、鞍馬は魔王殿とかあるからね……あれはあれで楽しいんだけどさ。


で、熊野皇大神社にお参りし、茶屋で蕎麦と力餅と田楽(でも1品ずつで相方とシェアしました)帰りはバスです(汗)
さすがに下りは右膝靭帯を痛めてリハビリ中の相方には負荷がかかるだろうし、アタシも足の爪がやられそうだったので、当初から下りは歩かないと決めていたので。(上りはそんなにムリをしなければ負荷にはならない)

途中下車してまた旧軽通りを散策してお土産を買いながらホテルに。

のんびりして2日目の夜は洋食のお食事。


連休でしたので月曜は朝食後パンを買いに行き、その後チェックアウトして雲場池や駅のあたりまでお散歩し、夕方16時に荷物ピックアップでホテルからタクシーで新幹線へ。


なかなかのんびりなタイムスケジュールだったので楽しかった!(3日目は持て余し気味でしたけど)
ホテルものんびり過ごせたし、食事は相変わらず美味しかった!


また来月も京都ですが、京都は少し初日がハードスケジュールなので(詰め込み過ぎてるけど、行かないとならない!)

夜は早めに寝るようにしなければ!
でもやっぱり旅行は楽しいね!

本日「相田みつを美術館」に行ってきました。
ママンと行ってきたのですが、やはり得も言われぬ美しい空間でした。
どの作品も雰囲気があって、どれも側に置きたくなるし、どれにも物語を感じました。
組み合わせる色によって、重ねる板木によって、いくつもの世界が広がり、メッセージを感じます。
トトアキヒコ氏の気迫も優しさも、決意も感じました。

そして、改めて、また自分の身近に新たな作品を置きたくなりました(笑)

これが欲しい――というのではなく、またトトアキヒコ氏と話しをして、氏と私の中で物語を作り、見たもののなにかに似ているのかも知れないけれど、まったく違う作品として依頼側と作り手の互いの想いを重ね、そして時を重ねて行くことで、見る人にいろんなものを感じてほしいと思えるものを新たに作り上げるつもりで。
そう言う意味では、またひとつ自分の中に目標が出来たということになるのでしょうか?


唐紙は型通りであるものの、トトアキヒコ氏が言うように、アートと足りうるものを秘めていると私も思います。
我が家も建て替えにより畳のない家ですが、「天平大雲+丸龍」「変わり流水+龍亀」も額装で違和感なく部屋に存在しています。

他のkira額もポストカードも、季節によって、気分によって私の生活に寄り添っています。

その後に見た、相田みつを氏の作品と、唐紙は理由は言葉で説明するのは難しく、例えできたとしても何かが言葉とその瞬間に感じたものとの間には違いがあるような気がしてしまうので敢えてムリに言葉にはしませんが、どこか私の中では繋がるものがありました。


むかし、人に言われました。
私の趣味と好みはどこかバラバラとしていて、人に言うと掴みどころがないように見られていることが多かった。
いまでも初対面の人や仕事でしか繋がっていない人にはチグハグでそんな対極にあるようなものが同居しているのかはわからないのだろうと思います。
なんで全部が違和感なく自分の中に存在するのかもわからなかったし。
でも、自分の中で「好き」と思ったものはみなわけ隔てなく存在するのだから――と、受け入れてしまうのも私の世界観でした。
そんなときに、それはいまは点でしかないけれど、いつか点と点が線になって繋がっていく時が来るのよ、と言われ、いつしか点在していたものがひとつひとつ繋がりしだしたことを感じたのは実にここ10年くらいです。


唐長も最初の出会いはもう15年くらい経ちます。
愛子さんの作った1枚のポストカードとの出会いがいまに繋がっているのです。
唐長というポストカードだということに気づいたのも、購入してから数年してからでした。
けれど、購入したときからこのポストカードは私にとっては特別で、いまでも大事にしています。
その大事なポストカードにあった「唐長」という文字と再び京都で出会ったときの感動はまさに点が線となった部分でもあります。

儚く、凛として、優しい――そんな美しいカードであり、文様です。

もう一度、今度は友人と伺うつもりです。
今日見た景色と、また違う景色が見えるのだと思っています。


◆相田みつを美術館

◆雲母唐長

困ったものである。
ここ何回か書いてしまったお嬢さんたち。
まあ、「たち」で一括りにするともうひとりのお嬢さんが可哀相ですけど。


ちょっとさ、あんまりにもマナーというより、道徳観が低すぎて社内でもヤバいことになってる。

例の裸足でペタペタ歩ってるのを見かねて(――というか、うんざりして)昨日現行犯で「ねえ、そこ土足で歩くところだから裸足になるのやめてくれる?」って言ったら、驚愕の返答が返ってきた。


「暑くて限界なんです!!」


意味が分かんないんですけど。
じゃなにか?
暑くて我慢できなかったら裸足で会社の土足フロアを歩くのか?
みんなが外やトイレから帰ってきた靴で歩き回るところを、裸足で歩いて、そのまま靴を履いて、家に上がって、またその靴を履いて、会社で土足フロアを裸足で歩き、足の裏に穴の開いたサンダルでトイレ行ってそれを繰り返すのか?


もうね、社会人マナーとかじゃなくて、幼稚園の子供のレベルだよね。
もうさ、年が一回り以上違う先輩に対しての口の利き方でも、聞き入れ方でもないんだよ。


こういう言い方は
「だから裸足で歩くのをやめません」ってことでしょ。
普通は「すみません。気を付けます」じゃ、ねーのか?


自分が暑い寒いじゃなくて、他の人が見て不快になるってことを気にしない。
人が見たら「ギョッ」とするっていうことが抜け落ちてる。
しかもサンダルの足の裏に穴が開いていることも、他の人からも指摘されて買い替えもしなければ、行き帰りに履いている靴にシフトするわけでもなく、サンダルの底から足の裏を晒して履いているわけです。ええ、もちろんこのままトイレにもいくし、裸足でも歩き回るわけです(←この不衛生さ、サンダルの意味をなさない)


スカートの裾も落ちていると指摘されてもそのまま。
縫う時間がないのなら、せめて安全ピンや両面テープでもいいから止める努力をしたらいいでしょう。

女性軍にそれを言われているだけで収まればいいですが、男性軍に気づかれててなお、平気っていう感覚も救いようがない。

スカートの裾が落ちたまま平気で毎日穿いている。



ひょんなことから社内でも私以外の人が全員同じことを思ってるって話でみんなの話題になっちゃってるんですよ。
ただ面白ネタにされてるだけならいいんだけど、それを通り越して「不快」とか「眉を寄せる」ような感じっていうのは、どうなんだろう?

信頼の問題にもなるから「仕事をお願いしたくない」とか「この人と仕事をしたくない」って感覚になったらもうお終いでしょう……


もちろん、完璧な人はいないだろうし、大抵は人に注意されたりしながら学ぶものなので最初からパーフェクトである必要性はないんだけど、目上の人(別に仕事は年功序列だとは思ってないけど)にマナーや道徳観を注意されてド無視できる感覚はある意味、会社に不適正でしょう。

だって、仕事ができるとかできないの前に不快なんだもん。

仕事がたとえできても、そういういい加減な人に任せていいのか、商品を管理させていいのか、考えちゃうでしょ。


正直ね。
毎月髪を切りに行けとか、流行ものの服を着てくれとかバッチリメイクで昼休みに化粧を直せとか、そんなことを言っているわけではないのですよ。
フツーでいいからフツーの恰好とフツーの小奇麗な状態でお願いしますということすらできない。

そこを本人が「すみません」とか「気を付けます」をたとえ腹の中で「うるせぇよ、ババァ」と思ってても言えない、実行できないは社会人というより人としての信頼感を失くしますよね。


そう。
言うなら【だらしがない】


アタシももちろんだらしがないところ、いっぱいあります。
でも、家で家族に何か言われてうるせぇよ……は、あっても、会社ではないでしょう。
さっきも書いたようにたとえ「うるせぇな、このババァ」とは思っても「気を付けます。すみませんでした」で、注意されたことを気を付けるのが社会人。
「そんなの関係ない」と忠告を無視して続けるような(しかも、こんな幼児のような低レベルな注意)ヤツはもうどうすることもできないよね。
ぶっちゃけ、本人の価値観と育ちの話でしょ。


みんなに言われて気にしない、治さない、仕事とは関係ないでしょ――って思ってるようじゃ治らないよ。
結構ハートが強いな――とは思うけど、そのハートの強さはただのマイナスでしかないけどね(笑)



女らしくして欲しい――は、また表現としては違うのでしょう。
職場はファッションや性別を持ち込むところじゃないから。
でも、人に不快感を与えるのは「この人と仕事したくない」「一緒にいたら恥ずかしい」「仕事を任せていいのか?」っていうレベルなんだけど。


ま、好きにしたらいいよ。
うちの会社以外でやっていけるのかどうか、試す気もなくて、社内の忠告を受けないというのは図太いとしか言えないね。