こんにちは。

今日は過去編を読んで謝憐のこと。


台湾版5巻からは、2巻から3巻で途中まで

進んだ過去編の続きが始まります。

(こちらはアニメ1期2期、日本語版3巻まで、

台湾版4.5巻までのネタバレです)




5巻の過去編は仙楽国がついに滅亡してしまい、

謝憐たちは皇族の立場を失い、父、母、風信、

慕情と共に、隠れるような生活をするところに

なります。


謝憐たちは宝剣や着物などを売ってなんとか

生活しますが、慕情が去り、風信も去り、

両親も自殺という形で謝憐の元を去り、

彼は1人にショボーン


その間にも、白無相の嫌がらせや、

お金がないゆえに盗みをしようとして、

それが若手神官にばれて、

屈辱的な思いをするなど、そうしたくてそうして

いるわけじゃないけど、誰にも理解してもらえ

ない状況になります。


「まさか、あの太子殿下が?」と

周囲が感じ出すんです。

そんな行動に出てしまうのにはやもをえない

理由があります。

彼はいままで太子として何も不自由なく生きて、

一旦神官になったとはいえ、まだ若者なんです。


どうやって生きていけばいいかなんか

わからない。

怒ったり、暴言を吐いたりしても仕方がないです。

普通の若者が当たり前にすることです。


だけど、いままでの神格化された謝憐とは

違う姿に周囲はただただ困惑し、

彼を救うことができず、彼もまた本音を

打ち明けることができません。


なかなか、苦しいですよね。

もう性格歪んじゃってもおかしくないように 

思いますが、そんな状況でも彼がやってきた

ことがあります。


それは、民を守ること、でした。


・白無相に太子廟に民と閉じ込められた時、

人面疫に感染するかもしれない状況から、

自分を刺して助かるように促す。

(感染しない方法が人を殺めることだから)


・商人が売り飛ばすために、捕まえていた

鬼火が仙楽国の戦で亡くなった者たちだと知り、

なけなしのお金をはたいて解放する。


・人面疫を発動させる怨霊を放って仕返し

しようとするものの、最後は思いとどまり、

自分でその怨念を受けようとする。

(これは無名と呼ばれた謝憐の最後の信徒が

代わりに犠牲になります)


仙楽国が滅亡して、民たちは一気に謝憐に

恨みを持ち、まともに街を歩けなくなりました。

そんななかでも、謝憐はことあるごとに

民を守ろうとします。


これは、その後800年間生きてきた中でも

同じで

・花将軍の時も敵国と戦うのではなく、

両方の民に戦わないことを教える。


•芳心国師の時は千秋にどんなときでも、

民を愛して守ることを教える。


・リュウ金宴でも争いが起きないように、

自分が犠牲になる。


また、天遊祭で子供だった花城を祭りを中断

してまで助けたり、半月国で孤児だった

半月を救ったり。


彼は太子であろうが、神官であろうが、

ただの人間であろうが。

国の一大イベントであろうが、

自分が極貧であろうが

「万人を救いたい」気持ちは変わらない。


もともと、謝憐は深い優しさと、どんな 

相手でも認めて美しむ気持ちを持ってるなって

思うんです。

それを慈悲深いと言うのかもしれない。


だから、困っていれば助けるという気持ちが

自然と湧き上がってくるのかな。


もしかしたら子供の花城はそんな

謝憐の慈悲の心に包まれて人生が変わった

のかなって。

それだけ花城もたいへん感受性が豊かな

子供だったのかもしれないですね照れ


でも、救うのは素晴らしいけど、

自己犠牲が多すぎて💦

自分の辛い気持ちとか後回しだから💦


そう思うと花城の登場から、ほぼ自己犠牲な

出来事ってないんですよね。

(花城と千秋の争いを止めた時くらい?)


だから、本当によかったなって、

振り返ってつくづく思いました照れ


謝憐はやりたいことをやってるけど、

花城が助けて自己犠牲することがなくなり

ました。

ほんと、2人が一緒にいることができて

よかったなー照れ

謝憐にはこれから人を救う喜びだけじゃ

なくて、1人を愛する喜びも

感じられるんだなって


自分の気持ちを後回しにするんじゃなくて、

いっぱいいっぱい喜びを最優先で

感じてほしいって思いましたおねがい