最近、神がということ話になったのですが、
正直、神の愛なんて言われても、
想像もできないし、
そういうことを言われても人は救われないように
思う。

だけど、人から溢れる思いやりで、
人は救われるだと思う。
たった一人の人でもこの人は愛してくれてるだと
分かれば人は生きていける。

神はね、とか説かなくても。



映画「レミゼラブル」は主人公の
ジャンバルジャンが
教会から銀の燭台を盗んでしまいます。




だけど、神父さんはこれはあげたんだと言って、 
罪を許します。

もともと神父さんて、持っているものは
すべて神から与えられた神のもの、
自分のものはない、
という考え方なので、必要な人に必要なものが
行っただけ。

それを自分を通して与え、
ジャンを許して、彼の行動を受け入れました。

その時に、ジャンははっと目が覚めたように
なって、
もう自分は罪人で生きて行くのではなく、
人のために生きていこうと誓います。

貧しく、虐げられて生きてきた彼に、
初めて向けられた無償の愛でした。  

ここから、彼の全く新しい人生。
人に愛を与えて豊かに生きられるように
尽力します。

人は変われるだって、大きな衝撃を 
受けたのを覚えています。

ここからがおもしろくて、
仮釈放から逃げてしまったジャンを執拗に
警官のジャベール追いかけます。

ジャベールは正義の人。
法に背いたジャンを許すわけにはいきません。

しかし、ジャベールはクーデターを起こした
若者に捕まり殺されるところでしたが、
ジャンが助けます。

憎まれて当然の存在なのに、なぜジャンは自分を
救うのかと混乱して、ジャベールは身を投げて
死んでしまいます。

法が絶対で、それを守ることこそが、
人が幸せに生きていくことだと信じていたのに、
法という概念を越えたもので、人は救われる、
許されることを目の当たりにしましたが、
彼は受け入れることができませんでした。

ジャンとジャベールって同じ無償の愛を
知ったけど、まったく違う決断をした
ふたりなんですよね。

子供の時はジャベールを悪者だと思って、
善と悪との対立のように感じていたのですが、
全く違いました。

ジャベールもまた悩み苦しんだと思うと、
彼もまた憎むべき相手ではない。

信念はときに人を苦しめます。
でも何かを糧に、何か信じて生きていきたい
ものです。

だけど、何も信じくても、
ただ目の前に来るものを受け入れるだけで、
それでいいのかもしれないなとふと感じたり
します。

そう感じるものの、その答えは今の私には
わかりません。

ふと私の大好きなレミゼラブルのレビューでした。