この辺は裏道が多く、ちょっと通りを入るとまったく知らない場所になる。
向井くんが案内してくれたのは、そんな私が知らない通りの地下にあるバーだった。
「よくこんな店知ってるね」
店内は少し暗くて、人も少ない。
相談を聞くにはちょうどいい場所だと思った。
カウンターに並んで腰掛ける。
「すぐに追いかけたつもりだったんですけど、いなかったから、もう帰っちゃったのかと思いました」
「あ、ごめんね。ちょっと遠回りして歩いてたから。ほら、健康のためには歩かないと!」
おどけて言ったつもりだったが、向井くんは笑ってくれなかった。
運ばれてきたカクテルに少しだけ口をつけて、ポツリと一言。
「先輩は、がんばりすぎなんですよ」
いつもと違う彼の口調に、そしてその言葉に、私はなんと返していいかわからなかった。
向井くんが私を見る。
「悲しいときや辛いときは、そういう顔をしていいんじゃないですか。泣いたっていい。無理して笑ってる先輩の顔を見るのは、俺が辛いです」
向井くんから発せられた予想外の言葉に、私は一瞬表情を失った。
「…もしかして、何か聞いた?」
「いえ、聞いてないです」
「じゃぁ…気づいてた?」
向井くんが小さく頷く。
「まいったなー、誰にも気づかれてない自信、あったんだけど」
いたたまれなくなって、向井くんから目をそらした。
「たぶん、俺だけだと思います。だいぶ前からなんとなくだけど、そうだろうなって思ってたんで」
「…そっか」
ここで笑って、冗談のように切り返すことはいくらでもできたが、私はそれをしなかった。
というより、彼の表情がそれをさせなかった。
口を開いたのは、向井くん。
「どうして今日、来たんですか?」
「ん…。そうだなぁ、彼に私は大丈夫だよって姿を見せたかったのかもしれない」
恥ずかしいほどに、私は急に素直になっていた。
「優しいですね、先輩は」
「…そんなことない」
「怒ったり、しなかったんですか?」
ほんとはあのとき言いたかった。
どうして私じゃないの?どうして私には仕事って決め付けるの?私たちの時間は何だったの?
泣き叫んでわめきたかった。でも。
「…言えなかった」
あの夜から初めて、私の頬に涙が流れた。
向井くんは黙ってハンカチを差し出してくれた。
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本日は、ここまで。
実はハチクロを見てからずっと書きたかった後輩編。
真山風な向井さんの妄想です。笑
ちょこちょこ書いてはいたんですが、最初のほう向井さん出てないし!ってことでちょっと溜まってから更新しました。
またそのうち続き書くつもりなのでよろしければお付き合いください。
それでは。