物事の選択は 何を基準にされていますか?




人気のあるなしや 世間の評判でしょうか



世の中の常識といわれるものでしょうか



自分にとって それが得になるかどうかでしょうか



好きか嫌いか でしょうか



(誰が何と言おうと)自分が心から望んだものやこと(だからということ)でしょうか



法律に基づいた(善悪等の)価値観でしょうか



絶対的権力者(所属先のトップ等)の言うことでしょうか



それとも 尊敬している誰かや 信頼している誰かの決めたことや言ったことでしょうか




また 自分がなぜそれを基準にしているか わかりますか?




何を基準に選ぶかは そのときそのとき ときと場合にもよると想いますが



いずれにせよ 何を基準にどう判断し 何を選択をしようとも どれも間違いではありません



どんなモノサシを使おうと 各々の自由です



選択は 自由に与えられています




おそらく 何を選ぼうとも 何かしらのメリット・デメリットはあるでしょう



その中で そのときの自分にとって 一番“マシ”なものを選んでいるのではないでしょうか




もし たとえデメリットやリスクがあったとしても(それ以外の面や そのときに重要視したい点においては好条件である等の理由から)



そのときの自分にとっては


どうしても“それをする意味がある”とか “そこでする必要がある”とか “所属していたい”からではありませんか




きっといつも “そのときの自分”にとってのベストを選んでいるということなのでしょう




もし やっていく中で 違和感を覚えたり もっとこうした方が今の自分には合っている気がする… と想ったならば



また 自由に選択し直して そのときの自分に相応しいもの ぴったりなもの しっくりくるものを採用すればいいですよね



どちらか一方を選ばなければならないとか 「これしかない」と 自分が決めつけたり思いこんだりしなければ



選択肢は無限にあるのですから より良いものを選べばいいのです




その際 知っているといいかもしれないことがあります




それは たとえば どちらを選べば得かどうかや


周りの多くの人が そのように言っているから大丈夫だろう… といったような



“アタマ”の判断で選択するよりも



ハートに従った選択… 内なる自分… 魂の声… で選択した方が



あなたを よりあなたらしく輝かせていくということ



そして 真の豊かさや幸せに至る確率が 実は高いということです




魂の声と豊かさって どう結び付くの? と想いますよね




(損得勘定などを含め)アタマの判断で決めた場合に 何か望まない流れや結果となったとき


(物事は常に表裏一体ですから 当然ながら メリット・デメリットもセットでついてくるのですが デメリットの方が全面に強く出てきた場合)


どうしても 選択する際に採用してしまった誰かの想いや考えや声のセイにしたくなったり ハラが立つこと 怒りたくなることはありませんか?



穏やかでいられないことや 優しくなれないこと 疲れてしまうことも多くなるかもしれません




そうなった(うまくいかなかった)理由は何か… に注目したり 考えこむこともあるでしょう




メリットよりもデメリットである ダメな点… 失敗だったと想われる点… 間違いだったと感じる点… の方に 気をとられてしまうものですしね




原因を明らかにして そうならないように気をつけていくことは大切なことですし 決して悪いわけではないのですが



宇宙には 「見つめたもの・フォーカスしたものが拡大する」という法則が働いていますので



ダメな部分ばかりを見つめていたのでは


更にその部分が そのような現象が大きくなっていくのも避けては通れないのです




マイナスな部分… 欠けた部分…



「持っていない」

「出来ない」「出来ていない」

「よくない」




原因を追究し わかったとしても



「ない」から始めたことは 途中でどのようなものを得ようとも 最終的には「ない」状態に終着するようなのです



だから いつまでも「ない」という意識が残り そのために得ようする意識が働き 求め続けていく… を繰り返しているのかもしれませんね



((望むものとは限りませんが) “必要”は必ず ベストなタイミングで与えられてはいるのですが)


「ない」から始め 「ない」で終わることにより 足るを知ることなく…


満足することが出来ずに (他者・他国から ときに奪ってまでも)もっと欲しい… という想いが育っていき


得ようとする心の動きや求めの行動の形が出来上がり



それが途切れることなく続いてきた(いく)のかもしれませんね



これでは いつまでも真の豊かさや心の平安に辿り着くことは難しいでしょうね





私たちの本質は 愛であり光です



私たちの本質は 無限の豊かさに包まれていて


必要なものは最初から自らの中にそなわっています



また 必要とするときに 必ずや与えられ(てい)ます



そのことを魂は知っています



ですから 真の豊かさに至るということは 忘れている“そのこと”に気づくこと… 思い出すことに他ならないのです




魂は知っている…



ですから そんな魂の声に従うならば 真の豊かさに至っていくことも理解が出来ますよね



忘れていたことを想い出せたとき…


既に持っていること 持っていたことに気づけたときが 私たちの中にある 無限の豊かさという源泉を堀当てることが出来たときといえるのでしょう




魂の声に“素直”に従うこと



本当の自分… 『素(の自分の声)に直に』つながることが



『自分の聖解』を知る鍵となるのですね





このことは 何よりも やって体験してみるとよくわかります




今までの経験から こうすればこうなるだろう… と アタマで予測出来ますが 予測の出来ないことも起こります




内なる自分の声… 魂の声を信頼して従ったその行方は



想像すらしていなかった方向へと向かい



奇跡とも想えるような 予期せぬ嬉しい結果を招いてしまうこともあります



想像できないくらい 本当に 状況がガラリと変わることもあります



気づいていなかっただけで 本当にいつも愛に包まれているんだな… ということを実感出来てしまったりします




そして 結果的に…

表も裏も プラスもマイナスも すべてが 同時にそこにたたみ込まれて存在していたのだということが 瞬時に腑に落ちてしまうこともあったりします





あなたの聖解に 良い・悪いはありません



同様に 誰の聖解に対してもそれは言えることです




きっと どのような考え方であろうとも 本来誰も責める必要もなければ 裁く必要もないのでしょうね





~自由には責任が伴う~




どのような結果になろうとも


自分の好きな基準によって 自由に選び 自由に行動した結果に対して



ただ “自分(その人)自身が”責任を持つだけ…


受け入れるだけ…



それでいいのかもしれません




大いなる流れの中で起こる様々を感じながら… そんな気がしています





世間の常識や 誰かの声に従っていると


うまくいかない理由を それらのセイに出来るので ある意味楽かもしれません



自分の魂をモノサシにして選択すると


責任はすべて自分ということになりますから 大変なことももちろんありますが



心身共に そしてあらゆることが とてもスムーズで爽快で 快適になっていくように感じます







上でも下でもなく


良いでも悪いでもなく


光でもなければ闇でもない…



あらゆる可能性がすべてたたみ込まれ 詰まっている


それでいて 無限の自由がある場所へ…