技術は手段 目的はみんなの幸せ
見せかけの言葉ではない
清く 潔い
心のこめられた誠実な言葉
魂のこもった信念を侮ることなかれ
そして 何者も裁くことなかれ
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
ひふみ祝詞
ひふみ よいむなや
(一から十までの数を表し 「宇宙の秩序と原理」を象徴)
こともちろらね
(言葉(言霊)が調和し 世界を整える)
しきる ゆゐつわぬ
(広がる調和の中に 意志と繋がりをもたらす)
そをたはくめか
(神聖な源泉に心を向け 浄化と統合を願う)
うおえ にさりへて
(水 火 風の循環と共に進化し 清らかな波動へ)
のますあせゑほれけ
(霊的な覚醒 魂の再生 命の躍動をもたらす)
◎場の浄化
◎心の安定 ストレス軽減
◎邪気払い 霊的防御
◎魂の覚醒 潜在意識の活性化
◎祈願の成就
◎ヒーリング効果
(属する宗教に関係なく読み上げ(継続す)ることで)
上記の作用があるともいわれています
温故知新
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
人は心の中に 怒りや悲しみを抱えたとき
誰かのせいにしたり 自分を責めたりすることがあります
それは 「どうして?」 「なんでそうなの?」といった
相手を責めたり裁いたりして 思ったようにしようとする気持ち(欲)であったり
理想通りでない自分を許せないという心の執着から己を責める行為であり
うまくいかない 思い通りでないと感じたその矛先を
誰に向けるか 誰を責めるかの違いであって
どちらも「コントロール」の意識から生じています
(イイワルイの問題ではなく)
この意識を持ち続けている間は
ますますその現実(思うようにならない)を繰り返すことになり兼ねません
何とか思い通りにもっていこうとしたとしても
足を引っ張るようなやり方
陥れるようなやり方
さもそうであるかのように見せかけるやり方は
自らそのレベルではないということを
見せつけられているように受け取られてもおかしくはないばかりか
もし 仮にうまくいったとしても
結果オーライ めでたしめでたしということにはならない気がします
潔くはないですよね
すべてにおいて完璧な人はいないでしょう
何かがあったとしても
必ずや そこに何らかの学びがあるのだと想います
だからこそ 責めることも裁く必要もないのでしょう
何が何でも… 人を出し抜いてでも… という気持ちになったとき
そこには執着という歪みが生じ 心を固くします
心が固くなることで 波動も重くなります
だから(重い波動ゆえに天の流れに乗れず (物事が)動かない) 「現実が動かない」が繰り返されていくのです
私たち一人ひとりの声(言葉)には力があります
その力を 破壊や支配…
意図的 または無意識に人々の理解や解釈を誤方向へ導くなど
誤って用いたこともあったかもしれません
力は 使い方次第で 癒しや救いにもなれば 破壊にも繋がるのです
誤った使い方の危険性に気づき
今までのプロセスの尊さを感じ取り
愛と調和の意図をもって その偉大なる力を扱っていくならば
今の状況も未来も 最善にととのっていくでしょう
言葉は消失してしまうものではなく 存在感を形作っている大切な要素のひとつです
誠実な言葉そのものは光となり
魂の輝きを映し出しながら響きわたっていくでしょう
小さなことにこだわっている場合ではありません
同じように見えているもの 見せられているもの
ミスリードにのらず しっかり見極めていきましょう
知らず知らずのうちに いつの間にかこんなことになっていた…
現状を見ても多々あります
当たり前 良いことと思って(思わされて)いたことは
実はそうではなかった 逆だったということかもしれません
それは 誰のため 何のため どんな目的のため
どんな意図をもったものなのか
心の芯にある信を見抜いていきましょう
愛と調和の振動で
潔く 堂々と 己の真を生きていきましょう
この世のすべてが 最善にととのいますよう 天の意志にお任せします