ときどき社会的地位のある人や有名人などがハラスメントを訴えられて記者会見を開くことがあります。先日も、有名企業の役員の不適切発言が話題になりましたが、個人的にはビックリというより「またか」とガッカリしました。
こうした不適切な言動に対する謝罪の決まり文句として、「そんなつもりじゃなかった」「悪気はなかった」があります。
私はこれを聞くたびにやるせなさや虚しさを感じます。
被害者が聞きたいのは「私の認識(言動)が間違っていました。ごめんなさい」という謝罪のことばであって、加害者の言い訳ではありません。なのに、加害者は決まって自分のほうが被害者だとばかりに自己正当化の言い訳に終始するからです。
もちろん、加害者にも言い分があるでしょう。でも、それを聞いてもらえるのはまず加害者が自分の非を認め、そのうえで被害者が事情を聞いてくれるならです。加害者が自分が傷つけた相手に自分の事情を率先してわかってもらおうとするなんておかしくないですか。これでは二重の加害行為になってしまいます。
わかってもらおうとする=自らの行いを正当化しようとしている、つまり、自分は悪くない、自分に非はない、と責任逃れを主張しているのと同じです。
私はハラスメントやアダルトチルドレンの相談を多く受けてきましたが、そのなかで被害と加害は裏表の関係にあるということを痛感しました。最もやっかいなのは、加害者や行為者が自分の非を認めない・認められないことです。
実は、加害者に関して学ぶなかで、彼らもかつて被害者だったことや自分の弱さを受け入れたら自分が崩壊してしまうように感じているらしいということ、「自分は正しい」が彼らの生命線なので死守したいのだということがわかってきました。
人間関係のトラブルの多くは、人によって「正しいと思うこと」(価値観)が違っていて、他人の価値観を否定し自分の正しさを他人に強要するからだと思います。
何が正しいのか、誰が正しいのかは誰にも決められません。それぞれの正義は尊重すべきです。とはいえ、自分に実害があるときは自分を守るために動かなければなりません。そのときもいきなり相手に反撃するのではなく、第三者や専門家に相談するなど平和的な方法があります。
また、「そんな(傷つける)つもりじゃなかった」としても、人を傷つけてしまうことは誰にでも起こりえます。そんなときは、真摯に謝って、相手の回復のために相手が望むことをできる範囲でする、それが責任をとるというではないでしょうか。
一方で、「こんなこと言ったらパワハラ(セクハラ)になっちゃうかなー」「冗談だから」などと言っておけば大丈夫と誤解している人がいますが、これは免責どころか非常に悪質なハラスメントです。
ぜひ知っておいていただきたいのは、権力、腕力、経済力など、力をもっている人の言動には本人が思っている以上に影響力があり責任が伴うということです。それが力をもつことのリスクだということを、力をもつ人に対してどう自覚してもらうか、とても悩ましい問題ですね。
(*2024年に修正しました)