よーく人間を観察していると、頭ごなしにものいう人と諭すように話す人とがいる。
子どもたちが、恐い先生だと言っているのに、目を三角にして、「喧嘩売ってんのかー」と叫ぶ人がいる。
「どうしたの?」と聞いて「そんなことされたら嫌でしょ。自分がされたら嫌なことは相手にもしない」。
子どもだってわかることが分からない大人がいて、目を三角にして怒る。
毎日繰り返しているんだから、時々対応をかえてみようとかいうい発想はないのかしら?
そして怒りまくり一日が終わって帰る頃にはもうぐったり状態。これじゃ可哀そう。
帰って、又主婦に戻らなくちゃいけないのに…家に帰ったらころっと可愛い主婦になるのかしら?
もう10年以上自分のことは自分で考えどうしたらいいか結論を出し、行動に移す。
他人にいろいろ相談してなんていうことはほとんどない。だから出来ることをするし、出来そうにないことはできるだけしない。
そうして生きてきたが、世の中どうもそうではないようだ。新米はこうしなければならないと思い込んでいる人もいる。
つい数日前そんな話をしたのに、ケロッと忘れて世の常識を持ち出す。それも化石に近い常識を。
ただどなっているだけではみんなそっぽを向いてしまう。お願いではなく、命令口調これがいけない。
最初から喧嘩ごしなので、そういう人には一応「はいはい」と答えてはいるが……
何かいつも不満があるのだろう。そうでないとあのような言葉は口をついて出てこないはずだ。
他人には出来るだけ笑顔で接していたいと思っているが、十人十色でなかなかうまくいかないこともある。
そう思っていない人もいることは確かだ。しかし子どもたちは知っている自分を一番愛してくれているのは誰かを。
忙しすぎると心が滅びる。そんなことも考えていないのだろう。「いろいろあって疲れたね」と言った。
「私はあんたと一緒で疲れた」と言いたかったが、言っても無駄なので笑ってごまかした。
いろんな人がいる。まだそんな社会学の勉強の実践編を学んでいる途中(^_-)-☆