――8月29日(月) 0時ジャスト――
Happy birthday!
28歳、おめでとう♪
アタシは、恋人にメールを送信した。
すると、即行で返事が返ってきた。
ありがとう。
誰よりも早く言ってもらえて嬉しいわ。
“誰よりも早く”
もちろん、それを狙っていた。
誰よりも早く言いたかった。
彼とバイバイしてから6時間ほど、ずっとこの時を待っていたのだ。
そのために、デート中、“おめでとう”などと言ってしまわないよう、細心の注意を払っていたのだから……。
彼の誕生日前日である28日は、日曜日にもかかわらず、朝早くに起こされた。
妹を高校まで(部活のため)送っていかなければならなかったのだ。
休みの日というのは、こきを使われて仕方ない。
でも、デートの日はなぜか、どんなことでも喜んで引き受けてしまうから不思議だ(^^;)
彼と会うのはお昼から。
せっかくなので、妹を送ったついでにジムへ寄ることにした。
開館と同時に入り、その日、最初のスタジオプログラムを受ける。
こういうものは即効性のあるものではないと知りつつ、この後にデートが待っていると思うと、妙に気合いが入ってしまった。
プログラムが終わると、お風呂に入り、身体を念入りに洗う。
それから着替え、メイクをして……。
そうこうしているうちに、結構いい時間になった。
ジムグッズを、駐車場に停めている車の中に放り込み、小さな手提げバッグだけを持って電車に乗り込む。
怖いくらいに順調だった。
待ち合わせの駅に着き、駅前のコンビニに入る。
いつもなら、早く着くにしても遅れるにしても、待ち合わせ時刻の少し前に彼からメールが入るのだけど、その日はまだ何も連絡が来ていない。
それだけでちょっぴり不安になる。
待ち合わせの時刻から5分が過ぎた。
“今日の約束、もしも彼が忘れてたら……”
アタシの悪い癖だった。
いろいろなことが順調で、周りから幸せだと思われているようなとき、すぐに悪いことを想定してしまう。
そう考えていれば、本当にそうなってしまったとしても、「やっぱりな、そう思ってたわ」って思え、傷が浅くて済むからだ。
そう、自己防衛の手段なのだ。
でも、一度そう思ってしまうと、「着いた」というメールさえ打つのが怖くなる。
アタシはもう一度、約束を交わしたときのメールのやり取りを見返してみた。
やはり日も時間も間違ってはいない。
時間にルーズな女だなんて思われたくないから、とりあえず着いていることだけ報告しなきゃと、意を決してメールを送った。
彼からの連絡が来るまでのあいだ、アタシは不安で不安で仕方がなく、雑誌を手に取り、パラパラとめくってみるものの、内容がまったく頭に入ってこなくて、結局すぐにラックに戻すという作業を、延々と繰り返していた。
もし彼がアタシとの約束を忘れてたとして、家で、もしくは友達と遊んでいる最中にこのメールを見たとしたら、彼に恥をかかせてしまうことになる。
それが、アタシにとっては何よりも心苦しく、耐え難いことだった。
だから、メールを送ったあとは、いつも「送らなきゃ良かった」と、後悔ばかりしてしまうのだ。
そんなアタシの煩悩を、彼は知るよしもない。
メールを送ってから5分ほどして、ようやく電話がかかってきた。
「ごめんな、もう着くし! 道がめちゃくちゃ混んでてさぁ」
いつもの彼の声。
心底ホッとした。
彼が忘れていなかったことに、そして、アタシのメールが彼に恥をかかせることのなかったことに。
“会えないこと”よりも“恋人が不快に感じていないかどうか”を気にしてしまうのは、アタシがあまりに自意識過剰なせいなのだろうか……。
純粋に“寂しい”とか“会いたい”といった感情を持ちたいのだけど、こればっかりはコントロールのしようがない。
根っから可愛くない女なのかも……(苦笑)
何はともあれ、無事に彼と落ち合うことができた。
アタシのあまりにつまらない悩みは、恥ずかしいので彼には話さないでおく。
「ごめんな、遅くなってしもて。なんで今日、こんなに混んでるんやろ。ホンマ多かったわぁ」
「そうなんやぁ。夏休みも終わりやし、最後のお出かけなんちゃう? ほら、ラスト3日間は宿題せなアカンし。うちの妹もここ最近、必死でやってるよ」
「宿題? 俺、そんなもんしたっけなぁ??」
彼は少し考える。「いや、してないぞ、そんなもん」
「してないの?」
「うん。ていうか、俺らたぶん、宿題なんてなかった」
「うそぉ? なかったの?」
「確かね。……私立のスポーツクラスやったから、スポーツで成績を残せばそれで良かったねんか。だから普段から宿題なんてなかったな」
「へ~」
彼が、そんな高校に通っていたなんて知らなかった。
こうやって、直接質問して答えを聞くのではなく、話の中から少しずつ、彼を知っていくのはとても楽しい。
「でも、アタシも夏休みの宿題はでききらへんかったな」
「そうなん?」
ちょっと意外そうな声。
「う~ん、量が尋常じゃなくってさ。毎日やっても終われへんぐらいの量やったねん。それこそ答えを丸写しでもしないことには。でも、それだけは絶対にしたくなかったからね」
「いやいや、答えを写すのは基本やろ(笑)」
「基本なん?(笑) でもまぁ確かに、それで提出できなくなるより、答えを写して提出したほうが点数はもらえるしね。でも、どうしてもそういうことができないねんな。とにかく要領が悪かったねん」
あの頃は、とにかくテストや宿題に追われていた。
その場しのぎで身につかないような勉強を強要する学校に、正直腹が立っていた。
だから、テスト勉強や受験勉強は一切しなかった。
テストが終わったらすぐに忘れるようなもの、やったって仕方がないと思ったから。
「あぁ、そうや、俺らスポーツクラスの場合、宿題出すと部活の顧問が怒るねん。それのせいで練習時間が少なくなると、スポーツの成績が悪くなったりするから。だから、授業なんて一日中寝てても大丈夫なぐらい楽やった!」
「マジで? なんか未知の世界やぁ!!」
「でも、間違いなくそこでバカになったね(笑)」
彼は自嘲的に笑った。
アタシたちは、普通のカップルなら、1年以上続いた時点で知っていそうなお互いのことを、未だに知らなかったりする。
でもそれは別に、隠しているわけでも会話がないわけでもなく、単にこれまで、話す必要がなかっただけ。
アタシは、彼のすべてを知っておきたいとは思わないし、彼もおそらくそうなのだ。
似た者同士なのだろうか?
いや、違う。
彼のことを知るたび、自分とあまりに異なっていることを痛感しているのだから。
きっと、基の部分は違うけれど、心地よいと感じる場所が同じだったりして――例えば、彼はマメじゃない、アタシはしつこいのが苦手という別々の理由から、あまり頻繁に連絡を取り合わないほうが楽だという、お互いの利害の一致が生まれている――価値観が一致しているのだと思う。
ホテルに向かう車の中、彼と話しながら、そんなふうにいろいろと考えを巡らせていた。
ホテル街(というかむしろ、集落w)に到着すると、彼が友達から、いつもより長く滞在できるところを教えてもらったということで、そちらに行ってみることになった。
男性って、友達とこういう話をするんだなぁ……と、妙に関心してしまう。
女性は、少なくともアタシの周りは、こういった話をあんまりしようとしない。
まぁ、男性が主導権を握ることが多いから、スムーズに女性をエスコートするための情報収集なのかもしれないけど。
ホテルに入ると、いつものように変わりばんこにシャワーをあびる。
そして、前回の記事 のような状況に至ったわけだ。
彼が戻ってきて、慌ててブログを更新したあと、アタシたちは共にベッドにもぐりこんだ。
彼はアタシに覆いかぶさり、アタシの胸の上に頭を乗せる。
こんなふうにされるだけで、すぐにドキドキしてしまう。
(アカン……。聞こえてしまうよ……)
そう思えば思うほど、余計に鼓動が早くなる。
そんなアタシの思いを知ってか知らずか、
「……心臓の音が聞こえる」
と、彼がつぶやいた。
(聞かないで!)
そう思うものの、恥ずかしさから声にならない。
「生きてるって感じがするなぁ!」
また、彼が胸の上でつぶやく。
「生きてるよぉ!」
そう言うのがやっとだった。
「鼓動が早い」とは言われなかったけれど、おそらく彼は気づいていただろう。
アタシの言葉にフッと笑うと、そのまま唇をふさいできた。
彼の唇は、彼の舌は、彼の指は、アタシの身体のありとあらゆる部分に触れた。
2ヶ月ぶりの彼のぬくもりは、ものすごく心地よかった。
……つづく