玉響 ひとときの空想Time -14ページ目

玉響 ひとときの空想Time

未熟で拙い文章ですが、読んでくださった方、何らかのコメントを頂けると嬉しく思います。

指輪  ~10年~


 別に痩せたわけでもなかった。
10年前の体型よりも、どちらかと言えば皮下脂肪は増えていたし、当時着けた時のようにフィットしていた左薬指の結婚指輪は、今となっては窮屈な感じで少し埋もれるように顔を覗かしている。
それが最近は憎らしく、恨ましく、PCのタイプをする度に疎ましく感じていた。
けれども、それが一つの自分の歯止めにも、またここに留まらせるる様に自分を縛り付けている象徴だとも感じていた。

そんな事を思いながら一旦タイプする手を止め、ため息を一つついて、椅子の上で両手を組んで頭上に伸びをする。そして気分転換に音楽をつける。

 今までにも結婚指輪を外そうと何度か思った。
その頃は、まだ指も細くて、それはいつでも外せた。
けれど、その時には躊躇いがあった。
まだ外すには早すぎる、そう思い留まった。
私には子供もいるし、これくらいの我慢、忍耐は結婚にはつきものだ、そう思った。
そう自分に言い聞かせた。
未来への期待と希望がまだあの頃はあった。
だから、私は左指の指輪を大事にした。

 お互いのズレは少しづつ距離を広げていた事に気づきつつも、忙しさを理由に後回しにしていた。
仕事、家事、育児、完璧にこなさなければ、というプレッシャーと、自分の性格的なものが自分の首を絞めていた。
周囲の期待に応えたい。
周囲も期待している。
どこか勝気な性格と、負けず嫌いで真面目な性格の標的はいつも自分だった。
いつも戒めるのは自分自身だった。
いつのまにか自分の人格は奥の方の暗闇に追いやって、どこでも表面上はにこやかで穏やかを装っていた。
そうやって無理を重ねていた事は自分でも分かっていた。

私は左の薬指を見つめた。

「10年頑張ったよね」

その指は、やはり窮屈そうで、どこにも飛べなさそうに、じっとそこに埋まっていた。
愛情を持っていた、その場所は今は無くなってしまったのに、虚しく置いてきぼりにされているように…。




「こうなったのは、全部お前のせいだ」




 繰り返される言葉。あの日の言葉が頭から離れない。
夫はその日激高して子供の目の前でドアを何度も強く叩いた。
割れてもいないガラスが粉々に鳴る音が頭の中でリフレインした。

―――なぜ?一方的に私を責めるの?あなただって悪いところたくさんあったでしょ?

「お前のせいだ」

―――違うでしょ?あなたのせいでもあるでしょう?

歩み寄ろうとしても、無駄な会話しか続かなかった。
酷い罵り合いにもなった。
その度に心が壊れた。
破片を拾って、壊れるたびに繋ぎ合わせた心は徐々に弱くなっていった。
もう心は粉々に砕けてしまっていたのに、それすら弱みを見せることも出来ずにいた。

あぁ、いつから?

同じ方向を見ていなかったんだね。

もう、どこからなのか、糸のもつれが酷くて元に戻せない。
引っ張れば余計強く結んで堅くなるし、だからと言ってハサミで切ってしまえるほどの勇気もなかった。

 気分が滅入って塞ぎごみがちになった。
もはや家族の単位は保てていないのに、ずるずると惰性で続けているだけの家族ごっこだ。
夫婦の会話はないが、子供の前では今までと変わり無いお父さんとお母さんを装っている。

何をそんなに恐れているのだろう?

こんな偽物の世界を失うことが、こんなにも怖いのか?

飛んだらどうなるのだろうか?

飛んでもいいのだろうか?


―――思考停止。モウ、カンガエラレナイ。


 夜中は特に、そんな状態に陥る。
取り留めもなく、断片的な負の思考が頭の中を飛び跳ねてまとまらない。
お酒でも飲めれば、そんな夜もやり過ごせるのだろうか?
飲めない自分の体質を夜中になると猛烈に恨む。
そして泣いた。
誰にも気づかれないように。


そんな夜を何度越えただろうか。

 PCの前で一息つきながら、ぼーっとしている。
スクリーンセーバーに画面が切り替わって、黒い画面に自分の無機質で生気を失った顔がうっすら映りこんだ。

乾燥した手にローズのエッセンシャルオイルの入ったハンドクリームを擦り込んだ。
無意識に薬指の指輪を抜こうとした。
指の肉の間で軽く埋まっているそれは、抜こうとすると、まだそこに居たいかのように痛みを私に発してくる。
それでも私はもう今しかないと思い、軽い痛みに耐えながらその行為を繰り返し続けた。
もうこれ以上ここに留まることも出来ないし、あの頃に後戻りもできない。
私達の心はこのまま交わりもせずに、この先何十年と平行線のままなのだろう。
空虚な笑いがどこからともなく涙とともに込み上げてくる。
分かっているのに、10年という時間の束の重みに呪われているように、手放すことを恐れていた。

壊れてしまって、どうしようもないのだから、もう終わりにしよう。

その日、結婚指輪は私の左手の薬指から少しの痛みを伴って姿を消した。

薬指にはまだ10年と言う時間を刻んできたかのように、くっきりと指輪の跡が残っている。

けれど、今晩眠って明日になればこの10年分の跡も消えてしまうのだろう。

呆気ないほどに10年で蓄積された呪縛も消えてしまう気がした。


Our world

Only world

It's our world, it's a gift

(Celebrate life) we can find a better way

We can change it (rearrange it)

And there's really nothing else to say


気づけば、この曲が私の耳の奥の小さな3つの骨を振動させて音を伝えていた事だけが記憶に残った。