去年のクリスマス🎄
ハウステンボスにて
こどもたちに対する私の信頼は、かなり厚いです。
なんたってタフな子たちなので、多少のことでは動じません。
それでも、いつ、どんな風に話せばいいのか、私なりに気は使いました。
「大事な話があるの。二人とも聞いてくれる?」
と切り出すと、ちょっと身構えるこどもたち。
「タイミングはあなたたちと相談して決めようと思ってるんだけど、
離婚しようと思ってるの」
私なりに意を決して切り出したのに、
「そうなんだ。え、それだけ?
なんだ、ママ、何か重い病気なのかと思ったよ〜
」
ほっとした様子の息子と、息子よりは少し心配そうな娘![]()
離婚した場合に変わること、変わらないことについて一通り説明すると、
「僕は別に今すぐでも構わないけどね」
と言います。
息子は大抵、私の信頼をあっさりと超えてくるのです。
(見事に裏切られこともあるけれど、それは唯一課金についてだけです(笑))
娘も、単体でもかなりメンタル強めではあるけれど、
恐らくは息子のおかげで更に安定を保てているんだろうな、と思います。
そして数年が経ち、
いよいよ今年、離婚を実行しました。
証人には、私の父と、晴れて成人となった息子になってもらいました。
(サインしながら、
「成人になって最初が両親の離婚届かぁ〜、重いな〜」
と、すごく軽く感じで言って、
離婚を望んでいないパパにキレられていました)
そんなこどもたちと、3人での旅行の行き先を決めるのは、いつも娘です。
ここ数年は、ずっとカナダに行きたいものだとばかり思っていろいろ調べていたのに、
何かの拍子で、一番行きたいのはイタリアだということが判明しました。
よくよく確認すると、カナダは2番目ですらなく、
フランス、イギリスに次いで4番手でした。
私たちはよく話をする親子だと思うけれど、なぜこんなことが起こるのか、
本当に不思議です😅
こうして、息子の大学受験と娘の大学進学のための試験が終わったら、
カナダではなくイタリアに行くことになりました🇮🇹
かなり先の話なので、準備期間はたっぷりあります。
私はDuolingoでイタリア語を学び始めました。
(横で娘は韓国語とチェスを学んでいます)
息子が「僕ポンペイ行きたい」と言うので、
ポンペイについても学んでみたり。
ジョジョの第5シーズンも舞台がイタリアだということで観ていたら、
正しくポンペイが舞台の回もありました!
ジョジョの再現写真撮るならポーズとか練習しなくちゃ、と思って、
「聖地巡礼する!?」と聞いたら、
「それはいいかな」とあっさり断られました![]()
Disney +で、ポンペイについての考察番組があったので、それも観てみました。
再現映像のおかげで、当時のポンペイ人の方々の生活がとても身近に感じられるようになって、より悲しい気持ちになったけれど、
7〜8割の方は避難できていたということにうれしくもなりました。
所々、「えぇ〜(苦笑)」とつっこみたくなってしまう所はあったけれど、
(実際娘は「え〜〜〜!?」と言っていたので、私も2回目からは言ってみたら、
スン、と見つめられました。言わないんかい)
概ねとても興味深く、とても勉強になりました。
噴火の生存者の一人と思しき若い男の子に関して、こんな考察がされていました。
街の外の鍛冶屋で見習いをしていたその少年は、噴火時、恐らくは街の外の仕事場付近にいて、
噴火開始後、街の中にいる母親を探しに行ったのではないか、と。
災害時、人は皆、愛する人を探しに行くのだそうです。
それがとても危険な選択であったとしても。
観終わっての息子の開口一番は、
「僕はこの状況だったら探しには行かないな。
全力で逃げて、みんな無事に避難して会おうねって思う」
ひどっ!!!
思わず口から出てしまいましたが、
ひどいのは私を探しに来ないことではありません。
私だって、こどもたちには、私のことなど探さず、自分の命を守る行動を取ってほしい!
でも、それはママが言いたいの!!!
「僕もママを探しに行っちゃうな…
」
「それはダメよ…あなたたちが生きてくれることがママの願いなんだから、ママを探さず逃げてね…」
「でも……
うん、わかった…」
はい、これ大事!
この件省略すると、全然違う話になっちゃうからね!!!
合理的であることは、時に罪にさえなりうるのだ。
息子は伝え方が悪かったと気づいたらしく、
「僕の安全を確保できる範囲では探しにいくからね!
」
と訂正していました。
すごい正解だけど、まだだいぶ間違ってるで。
彼女とかにも変なこと言って、泣かれたりとかして、すごい面倒な思いして学ぶといいよ![]()
ちなみに娘も、
「私も助けるっていうか助けてもらう方だから…」
と便乗していました。
こういう二人だから、私が離婚しても、さほど思い悩んだりしないのだろうな、と思います。
ママは結局どうなったって、
僕たちのことが一番大切なママなのだ。

