息子が生まれるまで、私の人生の主役は私でした。
3日前の検診では順調だったのに、
急に破水し、緊急入院となって、
子宮口を開くためにバルーンを入れていただきます。
「痛くないですからね」
と言われたのに痛いので、看護師さんに、
「なんか痛いんですよね、あ、でも、痛くなくなったりもします。また痛くなっちゃうんですけど・・・」
と訴えると、
「それ、陣痛です」
と言われ、これがあの有名な陣痛というものか!と驚きました。
そんなこんなで生まれた息子、
早産で低体重出生児として生まれたので、本当に小さくて、この世のものとは思えないくらいかわいかったです。
人類としてあり得ないくらい小さいので、どこに出かけても、かわいい、かわいいと言っていただいて、赤ちゃんとはそういうものなのかと思っていたのですが、
娘の時に、そうではないと知り、
そういえば、私も母と、
「あなた、一度もかわいいって言われなかったのよ〜。
毎回賢そうって言われて。」
「みなさん、気を使って絞り出してくださったんだろうね〜。」
と笑い合ったことを思い出しました。
低体重出生児と言われてもよくわからず、きょとんとしていた私でしたが、
出産の翌日には、夫が『低体重出生児の育て方』的な本を何冊も買ってきてくれて、
それを読んで「これは大変なことになった」と思うことになりました。
一緒に退院できるか、ギリギリまでわからなくて、退院できると決まった時には泣きました。
息子が生まれた時、うれしいのはもちろん、
無事に生まれてくれてホッとしたのも大きかったのですが、
予想していなかった感情も芽生えました。
それが、「自分が主役ではない」感と、「降りられない列車に乗ってしまった」感です。
うれしいも、安堵も、想像していたより大きかったですが、
でもそれはきっとそうなのだろうな、と想定していたもので、
それと比べると、この、自分が黒子になったような感覚と、逃れられない責任の感覚というのは、
本当に、このbefore、afterで、こんなにも世界は変わってしまうのかと思うくらいの変化でした。
そういう感覚は、様々な場面で感じます。
例えば、去年の夏、ロサンゼルスのグリフィス天文台に行きました。
ここは、映画『ラ・ラ・ランド』のロケ地としても有名な観光スポットなのですが、
なんというか、自分が物語の世界に浸るというよりは、
こどもたちの将来を投影させてみたり、感情移入できる対象が違ってくるのです。
「(私も)あんな素敵なデートがしてみたいな」
ではなく、
「(あの子たちが)あんな素敵なデートができたらいいな」
になってしまうのです。
ちなみに、グリフィス天文台は、多分夜がオススメです。
そうなんだろうな、と思ってはいたのですが、グリフィス天文台は電波が届かないし、なんとなく初めての場所に夜行く勇気がなくて、昼間にしました。
私はプラネタリウムが目的だったので、それでもよかったのですが、
「あのね、映像が飛び出してくるんだよ!」
とこどもたちに力説したら、
「それ、日本のプラネタリウムでもあると思う」
と言われてしまいました。
そんな主役たち、
娘は中学受験が終わった時、
息子は高校受験が終わった時に、
「1年は遊んで暮らすつもり」
と宣言してきました。
それでも要領のいい娘は、遊びつつも、行きたい学部に推薦がもらえる評定はキープしていたのですが、
問題は息子です。
実は息子は、一緒に入学したほとんどの生徒さんとは違う入試方法で入学していて、
その入試の結果で入学したお子さんは初めてだということで、おそらくはとても期待していただいての入学だったのだと思うのです。
(手続きに行った夫は、「なんか、すごいですねって言われちゃった、どうしよう」とソワソワしていましたが、
その不安が的中することとなりました。)
本当にほとんど全くと言っていいほど勉強しないで過ごした結果、ほとんどの試験で学年ビリを量産しました。
(国語の試験など、その場でなんとかなるものもあるようです)
一度だけ、
「テストでこの点数をクリアできたら、課題をやらなくてもいい」
という条件を出していただいた時だけは、それなりに頑張ってそこそこの成績を取っていましたが、
それ以外はほぼ何も勉強せず、
「1時間目から帰るまで、ほぼ寝ています」
とお電話が来ることもあり、思わず、
「お手数をお掛けしてしまって申し訳ありませんが、廊下につまみ出していただけませんでしょうか?」
と言いそうになりました。
あとは、毎度のことですが、病気を疑われます。
試験中も寝るので、何か病気なのではないかと心配していただいてしまうのです。
そういう時は、
「下の子は、電車で寝てしまって、かなり遠くまで流されてしまうことがあるのですが、
息子は一度もそういうことがないので、本当に寝たくない時は起きていられるのだと思います。」
とご説明すると、
「確かに、そういう風になってもおかしくないですよね・・・じゃあ病気ではないのですね・・・。」
と言っていただけるのですが、
いえ、ある種の病気です。
そんな風なので、この3月はとても大変でした。
このままでは2年生になれない可能性が出てきたのです。
なんとか回避して、無事進級が決まった時は、諸手を挙げて万歳三唱です!!
2年生になれそうでよかった!!!
何の話でそんな話になったのかは忘れてしまったのですが、
息子と、私が、息子が生まれた時から感じている黒子感の話をしていて、
「ママはね、もう脇役よ、脇役。あなたたちが主役なの。」
と話したら、
「えー、ママ、全然主役だと思うよ?ママの人生、いろいろドラマがあってさ!!」
と言われましたが、
そのドラマの制作者、あんたやで。