おはようございます。
朝から少しだけ深いお話です。
今年の4月に上の子が高校生、下の子が小学生になるのを機に、私も「自分の人生のことをきちんと考えよう」と思い、あれこれ模索してきました。
色々な人にあったり、セミナーやワークショップに参加してみたり、本をたくさん読んだり…
色々な考え方の人に出会って、とてもよい刺激を受けました。
その中で「人生の目標を決めると幸せになる」的なお話もたくさん聴きました。
たしかに、目的を決めたらしき人たちはイキイキしていましたし、そういう生き方もあるなぁ、かっこいいなぁとは思いました。
「そうか!」と思って、自分の人生をきちんと決めようと思ってもみました。
でも、なんとなくしっくりこない。
思い起こしてみると、子どものころから「将来○○になりたい!」というものがなかった私。
将来どうこうというより、その時にやりたいことをやっていればいいんじゃないかなぁ??と子どもながらに生意気にも思っていた記憶があります。
だから、小学校の作文で将来の夢を書けと言われると、本当に困ってしまって、いつも適当にデタラメを書いていた記憶があります。
お嫁さんになりたい!とか看護師さんになりたい!とか思ったことがない。
また、例えば夏の終わりに秋の洋服を買っておく、なんてこともできない。お出かけ用に新しい服が欲しいときは、できるだけお出かけの直前に買いに行きます。
一週間分の食材をまとめ買いというのも試してみたことはあるけれど、無理でした。
その時に何を食べたいかは、その時にならないとわからないし、事前に決められてしまうと、楽しみが一つ減ったような気になります。
仕事も、毎日同じ所へ行き、同じ人にばかり合うのは少々苦痛でした。
ドラマも最終回はあまり面白くなくて、ラスト前が一番ワクワクする。
色々決めないで自由でいる方が楽しい。
決めてしまうと先が見えてしまったようで面白くない。
私って、そういうひとなんだなぁと思います。
こうするぞ!と決め込むのではなくて、なんとなく方向性だけ決めておいて、後は自由に、その時の状況に合わせていくことに喜びを感じる。
「急なアクシデント」なんてものがあるとかえって燃えるタイプみたいです。
だから、あまり自分の人生を決めないようにしようと決めました(笑
洋服を買うぞ!ではなくて、「洋服が欲しいなぁ」と思ってお金を持って売っていそうなところに出かけますが、気に入ったものがなければ買わないし、途中で友達に会ったらお茶飲んで終わりかもしれない。でもそれが楽しいという感じ。洋服なんて最低限のものはすでにある訳ですから。ふらふら適当にやってますが、ちゃんと家には帰りますし(笑
でも別にちゃんと暮らしていないわけではなくて、その時その時、出会った人やモノに感謝して、真剣勝負でやってます。
そういう方が自分らしいなと思います。
ありがたいことに、毎日面白おかしく過ごすことができていますし、お仕事も「ビシッ!」と決めていない割には、色々な方にお声をかけていただいて、楽しく働かせていただいています。ダンナが稼いでくれますし、私自身も毎日会社に行かなくても仕事があります。
お陰様で食べ物もおいしいし、特にこれといって大きな悩みもなく、毎日能天気に過ごしています。
この先もしかしたら気が変わって「ちゃんと決めなきゃ!」と思うかもしれませんが、それはその時に考えることにしようと思います。
「○○するぞ!」と決めて、成し遂げていく人ももちろん必要です。
でも私みたいに適当な人間も必要だと私は信じています。
頑張っている人にときどき「まあ、まあ、お茶でも飲んで…」とやる人。
「こっちへ行かなきゃ!」と思い過ぎていて、目の前の景色が楽しめずにいる人がいたら、「まあまあ、そう焦らずに、ちょっと景色でも眺めましょうよ」という人。
こういう潤滑油的な人もいないと、世の中がギスギスして男性的になりすぎるかなと思います。
「みんな違って、みんないい」ということですね、きっと。