男の妄想
先日もとバンドメンバーが何年かぶりに集まった。全員女だ。そこに、最近知り合ったボーカルの女の子も加わる。4人の母プラスその子供達、10人のとっても濃い会談(宴会)になった。
勿論テーマは『男と女』である。
次の日33歳になるSが10年ぶりの性欲の嵐を迎えているという。どんな男が彼女に合うかという話から
『ラテンの男はいい!!』
という話になる。
『所詮自分は女から生まれていて女は強い。と思ってる。』
とラテンと日本のハーフの旦那をもつTが語る。
『あたし日本の男ってだめやわ。亭主関白なんかつきあってられないよね。』
という彼女の言葉に全員一致で賛成する。
『亭主関白』ってあまりにも自分が弱く情けないために自分より強く尊敬すべき女をあごで使いなんとかバランスを取っている。と言う感じに思えてならない。しかも多くの場合その事に気が付いていないいように思う。日本の文化的にそれが主であってきたようだけど、あたしたちの世代はもうその歪みに 気が付き耐えられないと感じている。女が尊重されなさすぎの社会。でも異文化交流の盛んな情報社会まっただ中にきて、いつまでもそんな男達の妄想につきあっていられる程女はばかではない。 男女の関係において、男が女に頭があがらないくらいが丁度いいのだ。少なくとも女性をきっちり尊重する事。勿論お互いに。
『女は男の3歩後ろを少し目を伏せながら歩いて、セックスの話なんか口にしてはならない。』
そんなどっかの弱っちい男の妄想を無視して、女達は
『オナニー好きな人?』
『はーい』
と、真実と真正面から向き合わん為に、くったくない少女のままたくましく母をやっているのだ。
メス猫談義
『最近タイプじゃない男にもふらっとするんだよねえ、、、。』
と彼女は言う。 うんうん、わかるわかる。子供が2、3歳になってくると、母としてのみ機能していた自分の身体が女に戻るのだ。そして次なるご懐妊に向けて性欲が異常に増して来る。自然の摂理なんだよねえ。だから世の中の2、3歳児をもつお母さん達は大方、むらむらと沸き上がる欲望をじっと殺して生きている、、、、もしくはその欲望を満たすべくやりたいだけセックスしてめでたく妊娠する。
側に相手がいる人はいい。いない場合はどうするか、、?!
鼻を効かせて探すしかない。
今度、あたし達の事を知っている人など全くいないところへ行ってはめを外そう! 彼女とあたしは約束した。
まだ誰にも秘密にしているけど(話す機会がないだけ、、かな。) 少し前、たった一人で男を求めて町に出た。誰かと行く必要等全くなかった。ただ『これだ』と思うオスを見つけて身体でもって相手を愛したかった。 そして辿り着いたところは『ラテンバー』だった。
日本のラテンバーの世界を初めて覗いたけど、とってもへんてこりんな感じがしてしまった。何故かそこにいる日本人の男達はぱっとしない地味ーなのばっかだったんだなあ。 でも彼等はラテンのルールに従ってちゃんと女の子に
『Shall we danse ?』
と言わんばかりに手を差し伸べてくる。普段なら絶対触れられたら困るような相手に誘われてもなんとなく断れない。あたしはそこではまるで初心者で、断るなんておこがましい事はしてはいけないような気がしていた。彼等はあたしの身体に触れ、時には動かそうと押してみたりしながら必死であたしをリードしようとするがあたしの身体は一向に彼等の言う事を聞こうとしない。全然踊れない。ま、しょうがないね、という表情を見せて彼等は去って行く。観察していると常連の女の子たちはちゃんと彼等と踊っている。う~ん。 どうやって彼等と踊ってるのだろうか???眺めてみてもそこには流れる音楽との接点が見つからない。法則があたしには見えない。なんだか少しだけ取り残されたような気分になる。そこへいかにも『ラテン踊って10年!!』みたいなっ気合いと自信たっぷりのおっさんがやって来てあたしの手を取る。
『Shall we danse ?』
そしてまたあたしは振り回される。今度は法則が何となく見えたが、あたしの動きに一々注文をつけてくる。いや、教えてくれているんだろうけど『あーだこーだいわないでよ!』と言う気分になる。なんかちっとも楽しくないのだ。いくらあたしが男探しに来ていたとはいえ、この場が楽しくなければ男探し以前の問題である。せっかく大好きなラテンダンスが踊れると思って来たのに、なんか奇妙な世界で居心地が悪く白けてしまった。 場所間違ったかなあ、、、。と思い始めた頃、背の高い白人の男が入って来た。そして女の子の手を取ると、驚くべきリズム感で踊り始めた。やさしく添えてあるだけ見える彼の手は確実にかつ紳士的に彼女をリードしていく。そうだよそうこなくっちゃ!! あたしの知っているラテンダンスはこういうのだ。ほっとした。彼とならうまく踊れる。そう思った。
それから何度か彼と踊るうちにあたしの身体に刻み込まれたはずのラテンのリズム、そして動きが蘇ってくる。気が付けば殆ど抱き合うようにして身体を密着させ彼の腰の動きに 合わせて身体をしならせるまでになっていった。つい30分前まで固まってうまく動けなかったあたしがこんなになってしまったのだから端からみていればさぞかし驚いたことだろう。ラテンのダンスは男がいかに女をリードするかにかかっている。
身体を密着させて踊っているとセックスをしてるような気分になってくる。なんせあたしはメス猫だ。その匂いを嗅ぎ取り彼は一層際どい動きにあたしを導いて行く。参った。 そう、これがあたしの本日の課題だ。そのうちに頬と頬がなにかでひっつけられたみたいに離れなくなる。軽くキスをしてみる。始めは唇の少し横のところに。次は唇にそっと。その次は、、、、。1曲終わるごとに二人の関係が進んで行く。少しずつ少しずつ。 それはなんともいえない気持ちのいい時間だった。流れる音楽に、彼の奏でる法則に、それに沿った動き全てに酔っていく。一滴もお酒を飲まずしてあたしはあたしの望んだ通り泥酔していった。
一番印象に残っているのは、たくさんの愛情のこもったキスを丁寧に彼の顔にしていったことだ。『大好きだよ』って思いながら。それから彼の笑顔。ちょっとだらしないくらいやわらかい笑顔だったなあ。
本気で男探しに行くときはやっぱ一人の方がいいな。
と彼女は言う。 うんうん、わかるわかる。子供が2、3歳になってくると、母としてのみ機能していた自分の身体が女に戻るのだ。そして次なるご懐妊に向けて性欲が異常に増して来る。自然の摂理なんだよねえ。だから世の中の2、3歳児をもつお母さん達は大方、むらむらと沸き上がる欲望をじっと殺して生きている、、、、もしくはその欲望を満たすべくやりたいだけセックスしてめでたく妊娠する。
側に相手がいる人はいい。いない場合はどうするか、、?!
鼻を効かせて探すしかない。
今度、あたし達の事を知っている人など全くいないところへ行ってはめを外そう! 彼女とあたしは約束した。
まだ誰にも秘密にしているけど(話す機会がないだけ、、かな。) 少し前、たった一人で男を求めて町に出た。誰かと行く必要等全くなかった。ただ『これだ』と思うオスを見つけて身体でもって相手を愛したかった。 そして辿り着いたところは『ラテンバー』だった。
日本のラテンバーの世界を初めて覗いたけど、とってもへんてこりんな感じがしてしまった。何故かそこにいる日本人の男達はぱっとしない地味ーなのばっかだったんだなあ。 でも彼等はラテンのルールに従ってちゃんと女の子に
『Shall we danse ?』
と言わんばかりに手を差し伸べてくる。普段なら絶対触れられたら困るような相手に誘われてもなんとなく断れない。あたしはそこではまるで初心者で、断るなんておこがましい事はしてはいけないような気がしていた。彼等はあたしの身体に触れ、時には動かそうと押してみたりしながら必死であたしをリードしようとするがあたしの身体は一向に彼等の言う事を聞こうとしない。全然踊れない。ま、しょうがないね、という表情を見せて彼等は去って行く。観察していると常連の女の子たちはちゃんと彼等と踊っている。う~ん。 どうやって彼等と踊ってるのだろうか???眺めてみてもそこには流れる音楽との接点が見つからない。法則があたしには見えない。なんだか少しだけ取り残されたような気分になる。そこへいかにも『ラテン踊って10年!!』みたいなっ気合いと自信たっぷりのおっさんがやって来てあたしの手を取る。
『Shall we danse ?』
そしてまたあたしは振り回される。今度は法則が何となく見えたが、あたしの動きに一々注文をつけてくる。いや、教えてくれているんだろうけど『あーだこーだいわないでよ!』と言う気分になる。なんかちっとも楽しくないのだ。いくらあたしが男探しに来ていたとはいえ、この場が楽しくなければ男探し以前の問題である。せっかく大好きなラテンダンスが踊れると思って来たのに、なんか奇妙な世界で居心地が悪く白けてしまった。 場所間違ったかなあ、、、。と思い始めた頃、背の高い白人の男が入って来た。そして女の子の手を取ると、驚くべきリズム感で踊り始めた。やさしく添えてあるだけ見える彼の手は確実にかつ紳士的に彼女をリードしていく。そうだよそうこなくっちゃ!! あたしの知っているラテンダンスはこういうのだ。ほっとした。彼とならうまく踊れる。そう思った。
それから何度か彼と踊るうちにあたしの身体に刻み込まれたはずのラテンのリズム、そして動きが蘇ってくる。気が付けば殆ど抱き合うようにして身体を密着させ彼の腰の動きに 合わせて身体をしならせるまでになっていった。つい30分前まで固まってうまく動けなかったあたしがこんなになってしまったのだから端からみていればさぞかし驚いたことだろう。ラテンのダンスは男がいかに女をリードするかにかかっている。
身体を密着させて踊っているとセックスをしてるような気分になってくる。なんせあたしはメス猫だ。その匂いを嗅ぎ取り彼は一層際どい動きにあたしを導いて行く。参った。 そう、これがあたしの本日の課題だ。そのうちに頬と頬がなにかでひっつけられたみたいに離れなくなる。軽くキスをしてみる。始めは唇の少し横のところに。次は唇にそっと。その次は、、、、。1曲終わるごとに二人の関係が進んで行く。少しずつ少しずつ。 それはなんともいえない気持ちのいい時間だった。流れる音楽に、彼の奏でる法則に、それに沿った動き全てに酔っていく。一滴もお酒を飲まずしてあたしはあたしの望んだ通り泥酔していった。
一番印象に残っているのは、たくさんの愛情のこもったキスを丁寧に彼の顔にしていったことだ。『大好きだよ』って思いながら。それから彼の笑顔。ちょっとだらしないくらいやわらかい笑顔だったなあ。
本気で男探しに行くときはやっぱ一人の方がいいな。
偶然の出会い
何と7年ぶりぐらいにカラオケに行った。歌った歌った10年以上前の曲ばかり数曲。 そして踊った。いやあ気持ちよかったなあ。土曜日の夜と言う事もあるけれど、相変わらずカラオケは大盛況。昔とちっとも変わらない。日本のすごい文化の一つだな。高校の時、中学の時に大好きだった曲を歌うと心はもうティーンネイジャー。お尻ふりふり歌っちゃった。しかも連れはさっき出会ったばかりの『ニール』君(敢えて彼をこう呼ぶことにしよう。)
あるCAFEの前を通り過ぎた時、一瞬外人さんと目があった。タイプではなかったけど魅力的な目をしていた。50m程歩いて突然話してみたくなったのでそのCAFEまで引き返す。彼から見えない入り口から入りコーヒーなんか注文し、(そんなものちっとも飲みたくなかったにもかかわらず、こういう時って何故かコーヒーを頼んでしまう。)彼の背中に向かってまっすぐ歩く。すると予想外に突然彼が振り向いた。
それまでは、後ろから
『Can I sit here?』
と声をかけるつもりでいた私は突然怖じけずきつい彼の後ろにある椅子に腰をおろしてしまう。ばっかだな~。ここに座ってコーヒー飲むために来たんじゃない。彼に話しかける為にわざわざここまで戻って来たんじゃないの。意外な所で意気地のない自分に少し腹がたつ。がとにかく座ってしまった。でもまだ座ったばかり、ここで知らん顔して本でも読み始めてしまえば全て終わる。私は半分腰を浮かした中途半端な姿勢で自分の内側と戦っていた。すると彼がまたこちらを伺うような様子をみせる。よし今だ!
『Are you waiting for somebody?』
と声をかける。
『No,just ah... readinng a book. 』
『Can I sit there?』
『Yes,sure.』
とやっと落ち着くべき所に落ち着いた。心の中で自分を褒めてやる。案の定彼は英会話の先生で、日本に長く住んでいる人だった。これからレッスンで、それまで時間を潰していたところだという。たわいもない、よく日本人と外人の間で交わされる話題をひとしきりした。そしてこういう出会いは好きだ。というと、彼も旅慣れているらしく、全くの他人との突然の出会いは慣れているし充分楽しめるタイプらしい。まあ自国を離れて暮らしているんだからたいていの外人さんの場合はそうであると思う。こうして私達は出会い、彼が レッスンを終えるのを待って二人でカラオケに行った。二人とも歌って踊ってとっても楽しかった。そして終電でそれぞれの家に帰った。
たいした切なさも悲しさもなく、またどこかで!って感じで別れる。その時共有した楽しい時間、楽しい感覚をそっと抱いて。まるで旅をしているみたいだ。彼とsexしたいとも思わなかった。(驚くべきことに!!)一応名刺は渡したけど連絡が欲しいかというとそうでもなく、何にも交換しないで別れるのは少し寂しいような気がしただけだ。また偶然どっかで会える方がずっとドラマテイックだな。と思う。
また何かの御縁があればお会いしましょう。
あるCAFEの前を通り過ぎた時、一瞬外人さんと目があった。タイプではなかったけど魅力的な目をしていた。50m程歩いて突然話してみたくなったのでそのCAFEまで引き返す。彼から見えない入り口から入りコーヒーなんか注文し、(そんなものちっとも飲みたくなかったにもかかわらず、こういう時って何故かコーヒーを頼んでしまう。)彼の背中に向かってまっすぐ歩く。すると予想外に突然彼が振り向いた。
それまでは、後ろから
『Can I sit here?』
と声をかけるつもりでいた私は突然怖じけずきつい彼の後ろにある椅子に腰をおろしてしまう。ばっかだな~。ここに座ってコーヒー飲むために来たんじゃない。彼に話しかける為にわざわざここまで戻って来たんじゃないの。意外な所で意気地のない自分に少し腹がたつ。がとにかく座ってしまった。でもまだ座ったばかり、ここで知らん顔して本でも読み始めてしまえば全て終わる。私は半分腰を浮かした中途半端な姿勢で自分の内側と戦っていた。すると彼がまたこちらを伺うような様子をみせる。よし今だ!
『Are you waiting for somebody?』
と声をかける。
『No,just ah... readinng a book. 』
『Can I sit there?』
『Yes,sure.』
とやっと落ち着くべき所に落ち着いた。心の中で自分を褒めてやる。案の定彼は英会話の先生で、日本に長く住んでいる人だった。これからレッスンで、それまで時間を潰していたところだという。たわいもない、よく日本人と外人の間で交わされる話題をひとしきりした。そしてこういう出会いは好きだ。というと、彼も旅慣れているらしく、全くの他人との突然の出会いは慣れているし充分楽しめるタイプらしい。まあ自国を離れて暮らしているんだからたいていの外人さんの場合はそうであると思う。こうして私達は出会い、彼が レッスンを終えるのを待って二人でカラオケに行った。二人とも歌って踊ってとっても楽しかった。そして終電でそれぞれの家に帰った。
たいした切なさも悲しさもなく、またどこかで!って感じで別れる。その時共有した楽しい時間、楽しい感覚をそっと抱いて。まるで旅をしているみたいだ。彼とsexしたいとも思わなかった。(驚くべきことに!!)一応名刺は渡したけど連絡が欲しいかというとそうでもなく、何にも交換しないで別れるのは少し寂しいような気がしただけだ。また偶然どっかで会える方がずっとドラマテイックだな。と思う。
また何かの御縁があればお会いしましょう。
おぼろ月
涙ぐむような
おぼろの月に
鐘は鳴ります寒山寺
ああ、、、昨晩の月のなんとも美しかったこと。蘇州夜曲のに出て来る『おぼろの月』にであったのは初めてだ。きっとこの月に違いないと思った。 うっすらかかった雲の向こうに浮かぶ淡いオレンジ色の月がまぼろしのように辺りを照らす。そのぼんやりした輪郭は涙に濡れた瞳を思わせる。その存在自体が夢のように感じるのだ。それにしてもお月様って女っぽいなあ。妖艶な眼差しを全てに注ぐ。
昔お前は『風」やな。っと言われた事があった。それはとてつもなくあたしを切ない気持ちにさせ、月に嫉妬したのだった。
そうあの月と同じ愛を 溢れるがままにして
あの月と、あの月と同じように 見守り続ける。
今のあたしはどうだろう。
あれから10年がたった。彼はあたしの事を今でも『風』だというだろうか、、、?でも、もうそんな事言ったことすら覚えてないかもしれないなあ。
今度どこかで会ったら聞いてみよう。
おぼろの月に
鐘は鳴ります寒山寺
ああ、、、昨晩の月のなんとも美しかったこと。蘇州夜曲のに出て来る『おぼろの月』にであったのは初めてだ。きっとこの月に違いないと思った。 うっすらかかった雲の向こうに浮かぶ淡いオレンジ色の月がまぼろしのように辺りを照らす。そのぼんやりした輪郭は涙に濡れた瞳を思わせる。その存在自体が夢のように感じるのだ。それにしてもお月様って女っぽいなあ。妖艶な眼差しを全てに注ぐ。
昔お前は『風」やな。っと言われた事があった。それはとてつもなくあたしを切ない気持ちにさせ、月に嫉妬したのだった。
そうあの月と同じ愛を 溢れるがままにして
あの月と、あの月と同じように 見守り続ける。
今のあたしはどうだろう。
あれから10年がたった。彼はあたしの事を今でも『風』だというだろうか、、、?でも、もうそんな事言ったことすら覚えてないかもしれないなあ。
今度どこかで会ったら聞いてみよう。
MISTY
朝早く薄暗い中外にでると、辺り一面霧に包まれたなんとも言えない幻想的な世界に出会う。見えるはずの山の峰は白いベールに姿を隠し、ぼんやりとしたいつもの景色は現実感が薄く、吸い込んだ空気はたっぷり水を含みまろやかな土の匂いがする。心地いい.
たくさんの水滴がまるで宝石のように庭の木を飾る。
MISTY
LOOK AT ME I`M AS HELPLESS AS A KITTEN UP A TREE
AND I`M FEELING LIKE CLINGING TO YOUR CLOUD
I CAN`T UNDERSTAND I GET MITY JUST HOLDING YOUR HAND.
ふとこの一節を思い出す。あなたといると泣きたくなる程しっとり濡れてくる、、。
と解釈し、とてもエロテイックな感じが前から大好きだった。
水って生命の源であり、時には激しく時にはこのようにやさしく全てをつつむ。そしてエロテイックだ。不思議な存在だなあ、、。
たくさんの水滴がまるで宝石のように庭の木を飾る。
MISTY
LOOK AT ME I`M AS HELPLESS AS A KITTEN UP A TREE
AND I`M FEELING LIKE CLINGING TO YOUR CLOUD
I CAN`T UNDERSTAND I GET MITY JUST HOLDING YOUR HAND.
ふとこの一節を思い出す。あなたといると泣きたくなる程しっとり濡れてくる、、。
と解釈し、とてもエロテイックな感じが前から大好きだった。
水って生命の源であり、時には激しく時にはこのようにやさしく全てをつつむ。そしてエロテイックだ。不思議な存在だなあ、、。
不吉な痛み
ここ2、3日夜にな ると膣のあたりが痛みだす。なんとも形容し難い痛みなのだが、生理痛と同じようにじんわりと下半身を包み込む。激痛ではないのだが、気がそちらにそれてしまう。何か身体の中に異物があって、それがうずいている、、、。と言う感じなのだ。じっと痛みと向き合わずにはいられない。
前回の生理前も同じような痛みが襲い、なんなんだ?と思っていたら翌朝生理が始まった。そして出血がいつもより確実に多かったのだ。でも今回はなかなか生理も来ない。お月様がどんどん膨らんでいっている。2週間おくれている、、、。 気になって『家庭の医学』をひっぱり出し女性特有の病気を一通り読んでみる。その中には身に覚えのある症状がたくさん書かれている。どう考えても身体の中で何か異変がおこっているらしい。そういえばちょっと前に子宮の辺りに激痛が走ったなあ。それに1か月ぐらい前突然めまいがして気分が悪くなって動けなくなったことがあった、、、。 う~ん嫌な感じ。 半年前にだんなの保険から抜けて以来生命保険に入ってなかったなあ。せめて保険に入っていれば心おきなく病院にも行けるんだけど。今から入っても3か月以内に発覚した病気に関しては保険は効かない。3か月待って病院へいくべきか、、、? 参った。
うっかりしていたなあ。しかし、、、あたしがそんな大病にかかるわけがない。そう、それは困る。何でもありませんように、、、。
前回の生理前も同じような痛みが襲い、なんなんだ?と思っていたら翌朝生理が始まった。そして出血がいつもより確実に多かったのだ。でも今回はなかなか生理も来ない。お月様がどんどん膨らんでいっている。2週間おくれている、、、。 気になって『家庭の医学』をひっぱり出し女性特有の病気を一通り読んでみる。その中には身に覚えのある症状がたくさん書かれている。どう考えても身体の中で何か異変がおこっているらしい。そういえばちょっと前に子宮の辺りに激痛が走ったなあ。それに1か月ぐらい前突然めまいがして気分が悪くなって動けなくなったことがあった、、、。 う~ん嫌な感じ。 半年前にだんなの保険から抜けて以来生命保険に入ってなかったなあ。せめて保険に入っていれば心おきなく病院にも行けるんだけど。今から入っても3か月以内に発覚した病気に関しては保険は効かない。3か月待って病院へいくべきか、、、? 参った。
うっかりしていたなあ。しかし、、、あたしがそんな大病にかかるわけがない。そう、それは困る。何でもありませんように、、、。
『受け身』な生き方
2日前母と弟が遊びに来た。 娘は父親のところに行っているのでものすごく久しぶりに3人でゆっくりと話をすることができた。おいしいお魚料理を食べに行き家に帰ると9時をまわっていた。娘と一緒の時はそろそろ寝る準備にかかる時間だ。習慣でその時間はとても眠くなる。
『姉ちゃんねむそうやな』
『うんちょっと。でも大丈夫やで、何か話ししてくれたら。』
ちょっと戸惑いつつもまってましたといわんばかりに例の話を始める。アムウェイの話。あたしがその事についてあまり好意的でなく、むしろ彼の事を心配すらしているのを彼自身しっている。やり辛そうだったので、とっておきの優しい顔で聞いてあげる。
『ええ~っとまず、これが5年前の姉ちゃん。そこから数々の選択を繰り返し今に至るわけやんか。そしてこれが5年後の姉ちゃん。そこへ向かって行くのにまたたくさんの選択を繰り返す、、、。』
紙に図を書きながら説明していく。それからそれから、、、、。
『これが姉ちゃんの理想な。そしてこれが予想。』
ここで『え?』って思う『理想』と『予想』、、。
『この二つの間には少なくともギャップがある。人によってその差は違うけど、それは狭ければ狭いほうがいい、、、。』
うんうんそれから?
『それを狭める為に、みんな努力し選択を繰り返すけど、ここにアムウェイという選択があって、それはギャップを狭めるものであるかもしれない。それをやるかやらないかは姉ちゃんの自由やから気軽に話を聞いて欲しいねんか。』
と言ってその紙をしまう。その後はどっかできいたことがある話で、話自体はやっぱりつまんなかった。でも弟が一生懸命話をしてくれる事が嬉しかった。
予想と理想、これらをはっきりと意識したことがなかったので、一瞬何の事か理解できなかった。『これから』についてあまりはっきりとしたビジョンを持ってこなかったような気がする。2、3か月後に何かをしよう!と決めることはあっても何年も先の未来って闇みたいで、その中になにがまっているかなんてそこに入り込むまではわからない。みたいな結構『受け身』な姿勢。ずっとこのまま気持ちいいことをしていたい。自由な感じでいたい。と自分の内面的な状態はイメージできるけど、具体的に何をしていたい、何をもっていたい、どこに住んでいたいということはあまり考えてこなかった。
とても小さい頃からあたしは人の気持を察する能力があった。人の気持ちが分かるから今自分が何をすれば人が喜ぶのかいつも分かっていた。そして少し大きくなると、具体的な事柄について、自分と他人の求めるところが違うと自分を少し横にやり、他人にあわせたり、譲ったりすることが争いを避けると理解していた。そして実際にそのように行動し自分の周りにはいつも平和的な環境を作ってきた。自分の要求を通して、不和が起こる事より、人のそれを『受け入れること』でみんなが幸せになれるのであれば必ずそちらを選んだ。そしてそれはとても大切で良い事である。と大人達は口を揃えてあたしに教えこんだ。お陰で環境に自分を合わせ、与えられたもので、精いっぱい楽しむ、という意味での『受け身』な姿勢は小さいころから養われてきた一つの能力であるかもしれない。
未来の闇を恐れはしない。ただどんな環境でもめいいっぱい楽しめると思っている。それでも耐えられない事がある。それ、はこの一本の線路に沿ってひたすら進みなさい。よそ見をしないで寄り道もしないで。そしてあなたは10年後ここに行くのですよ。という言わば自分の将来を『予言』されてしまうことだ。、、、あ、そっかだから予想の話でつまずいたんだなあ。
半年程前に家を出たのだが、その頃あたしの未来は線路の上を走りかけていた。『受け身』が得意なあたしが何故それ自体を受け入れる事ができなかったのか?あたしの様な性格の女には我がままでごう慢な男が引き寄せられる。他のタイプの女では彼を受け入れる事ができないのだ。彼と付き合い始めてから7年ずーっと受け身な女でいた。といってもやりたい事したり、むちゃをしたりは彼と一緒にやってきたのだけど。ただ、彼との関係の中では限りなく受け身であった。 『受け身』である事は調和をもたらすし決して悪い事ではない。しかし自分の『尊厳』を横にやらなければ受け入れられない事は受け入れるべきではないのだ。それは要求が満たされないという簡単な話ではなくなり、魂が悲痛な叫びをあげはじめる。そして、『受け入れているふり』をする事により相手も欺いている。その事を学んだ。あたしにとっては『主張』することより『受け入れる』ことのほうがはるかに簡単なのだ。でもそれは『いい子ちゃん』のふりをしているのと同じで、相手のみでなく自分自身をも欺く。いやなもんはいや!そう言えなければ、本当に相手と向き合っているとは言えない。
今、全身全霊をもって『主張』しているところだ。『いやだ』って。本当の『調和』が一方の苦しい我慢によって成り立つ事は有り得ないのだ。こうして初めて本当の自分のままで彼と向き合おうとしているのかもしれない。
『姉ちゃんねむそうやな』
『うんちょっと。でも大丈夫やで、何か話ししてくれたら。』
ちょっと戸惑いつつもまってましたといわんばかりに例の話を始める。アムウェイの話。あたしがその事についてあまり好意的でなく、むしろ彼の事を心配すらしているのを彼自身しっている。やり辛そうだったので、とっておきの優しい顔で聞いてあげる。
『ええ~っとまず、これが5年前の姉ちゃん。そこから数々の選択を繰り返し今に至るわけやんか。そしてこれが5年後の姉ちゃん。そこへ向かって行くのにまたたくさんの選択を繰り返す、、、。』
紙に図を書きながら説明していく。それからそれから、、、、。
『これが姉ちゃんの理想な。そしてこれが予想。』
ここで『え?』って思う『理想』と『予想』、、。
『この二つの間には少なくともギャップがある。人によってその差は違うけど、それは狭ければ狭いほうがいい、、、。』
うんうんそれから?
『それを狭める為に、みんな努力し選択を繰り返すけど、ここにアムウェイという選択があって、それはギャップを狭めるものであるかもしれない。それをやるかやらないかは姉ちゃんの自由やから気軽に話を聞いて欲しいねんか。』
と言ってその紙をしまう。その後はどっかできいたことがある話で、話自体はやっぱりつまんなかった。でも弟が一生懸命話をしてくれる事が嬉しかった。
予想と理想、これらをはっきりと意識したことがなかったので、一瞬何の事か理解できなかった。『これから』についてあまりはっきりとしたビジョンを持ってこなかったような気がする。2、3か月後に何かをしよう!と決めることはあっても何年も先の未来って闇みたいで、その中になにがまっているかなんてそこに入り込むまではわからない。みたいな結構『受け身』な姿勢。ずっとこのまま気持ちいいことをしていたい。自由な感じでいたい。と自分の内面的な状態はイメージできるけど、具体的に何をしていたい、何をもっていたい、どこに住んでいたいということはあまり考えてこなかった。
とても小さい頃からあたしは人の気持を察する能力があった。人の気持ちが分かるから今自分が何をすれば人が喜ぶのかいつも分かっていた。そして少し大きくなると、具体的な事柄について、自分と他人の求めるところが違うと自分を少し横にやり、他人にあわせたり、譲ったりすることが争いを避けると理解していた。そして実際にそのように行動し自分の周りにはいつも平和的な環境を作ってきた。自分の要求を通して、不和が起こる事より、人のそれを『受け入れること』でみんなが幸せになれるのであれば必ずそちらを選んだ。そしてそれはとても大切で良い事である。と大人達は口を揃えてあたしに教えこんだ。お陰で環境に自分を合わせ、与えられたもので、精いっぱい楽しむ、という意味での『受け身』な姿勢は小さいころから養われてきた一つの能力であるかもしれない。
未来の闇を恐れはしない。ただどんな環境でもめいいっぱい楽しめると思っている。それでも耐えられない事がある。それ、はこの一本の線路に沿ってひたすら進みなさい。よそ見をしないで寄り道もしないで。そしてあなたは10年後ここに行くのですよ。という言わば自分の将来を『予言』されてしまうことだ。、、、あ、そっかだから予想の話でつまずいたんだなあ。
半年程前に家を出たのだが、その頃あたしの未来は線路の上を走りかけていた。『受け身』が得意なあたしが何故それ自体を受け入れる事ができなかったのか?あたしの様な性格の女には我がままでごう慢な男が引き寄せられる。他のタイプの女では彼を受け入れる事ができないのだ。彼と付き合い始めてから7年ずーっと受け身な女でいた。といってもやりたい事したり、むちゃをしたりは彼と一緒にやってきたのだけど。ただ、彼との関係の中では限りなく受け身であった。 『受け身』である事は調和をもたらすし決して悪い事ではない。しかし自分の『尊厳』を横にやらなければ受け入れられない事は受け入れるべきではないのだ。それは要求が満たされないという簡単な話ではなくなり、魂が悲痛な叫びをあげはじめる。そして、『受け入れているふり』をする事により相手も欺いている。その事を学んだ。あたしにとっては『主張』することより『受け入れる』ことのほうがはるかに簡単なのだ。でもそれは『いい子ちゃん』のふりをしているのと同じで、相手のみでなく自分自身をも欺く。いやなもんはいや!そう言えなければ、本当に相手と向き合っているとは言えない。
今、全身全霊をもって『主張』しているところだ。『いやだ』って。本当の『調和』が一方の苦しい我慢によって成り立つ事は有り得ないのだ。こうして初めて本当の自分のままで彼と向き合おうとしているのかもしれない。
喫煙
半年前、4年間やめていたタバコをまた吸い始めてしまった。そして4か月前、その時の恋人に見つかりやめる約束をして1度はやめていたのについ2週間前再び始まった。やけ酒、やけ食いに似た衝動なのかな。いや、、ちょっと違うな、自分の身体にあまり良くないことをして自虐的な気分を味わいたくなるのだ。(久々に吸うといかに害のあるものが身体に入って来たかがよ~く分かるのよね。)
覚せい剤やヘロインなんかと違ってタバコって家から10秒の所に売ってたりするもんなあしかも24時間。間がさしたら終わり。弱いなあ、、、あたし。
でも最近そのお陰で庭の木を観察したり、風を感じたり、流れ行く雲をを眺めたり結構楽しんでる。タバコの匂い、じつは大嫌いなのだ。だから我が家は禁煙にし、なるべく外で吸うようにしている。娘にくさ~いって言われちゃうし。そしたら寒くても外にでる機会が増えいっぱい得した気分になっている。
今朝など、4時に起きて外にでると満点の星空があたしを迎えてくれた。田舎町の明け方の空気は本当に本当に極め細やかなおいしい空気なのだ。タバコを吸った後深呼吸すると、そのおいしさが良~く分かる。これってばかみたいだけど。 それもこれもちょっと一服、と外に出る事をしなければ見られない、感じられない事だ。
それともうひとつ、色んな過去と繋がれる。(大自然を目の前にひとりぼっちでぼんやりタバコを燻らせた。)という思い出は、どれもこれもとっても印象的で、いつも同じものを感じていた気がするのだ。そんな過去の自分と同じところに、ふっといける。思い出しているというより、その時の感覚が蘇って来るのだ。地球とあたし。いや宇宙とあたし。大げさだけど。そこではいつもたったひとりなのだ。
小さいころ一つの考えの虜になった。
『私はひとりぼっちなのではないか、、、?』
という妄想。
お父さんもお母さんも友達も、世間で起こっている事も、遠い国の出来事もぜーんぶ私を成長させ完成させる為に仕組まれた言わばお芝居のようなもの。その仕組まれた世界の中で、私はひとりぼっちで大きくなっていかなければいけない。神様みたいなのが仕組んだ、というのではなくただそういうもので、私が特別な存在かというとそういうのでもなく、私しかいないからしょうがない、、、みたいな。今思えばこんな感じかな。ものすごく不安になって、養父に
『世界は私のためにうごいてんのとちゃうかなあ?』
ときいてみた。彼は当然
『あほか!なにゆっとんねん。』
と笑い飛ばしてくれ、ほっとした。
最近その感覚を思い出しつつある。そう娘が断乳してから少しずつ。
これもまた喫煙のお陰かもな、、、。
覚せい剤やヘロインなんかと違ってタバコって家から10秒の所に売ってたりするもんなあしかも24時間。間がさしたら終わり。弱いなあ、、、あたし。
でも最近そのお陰で庭の木を観察したり、風を感じたり、流れ行く雲をを眺めたり結構楽しんでる。タバコの匂い、じつは大嫌いなのだ。だから我が家は禁煙にし、なるべく外で吸うようにしている。娘にくさ~いって言われちゃうし。そしたら寒くても外にでる機会が増えいっぱい得した気分になっている。
今朝など、4時に起きて外にでると満点の星空があたしを迎えてくれた。田舎町の明け方の空気は本当に本当に極め細やかなおいしい空気なのだ。タバコを吸った後深呼吸すると、そのおいしさが良~く分かる。これってばかみたいだけど。 それもこれもちょっと一服、と外に出る事をしなければ見られない、感じられない事だ。
それともうひとつ、色んな過去と繋がれる。(大自然を目の前にひとりぼっちでぼんやりタバコを燻らせた。)という思い出は、どれもこれもとっても印象的で、いつも同じものを感じていた気がするのだ。そんな過去の自分と同じところに、ふっといける。思い出しているというより、その時の感覚が蘇って来るのだ。地球とあたし。いや宇宙とあたし。大げさだけど。そこではいつもたったひとりなのだ。
小さいころ一つの考えの虜になった。
『私はひとりぼっちなのではないか、、、?』
という妄想。
お父さんもお母さんも友達も、世間で起こっている事も、遠い国の出来事もぜーんぶ私を成長させ完成させる為に仕組まれた言わばお芝居のようなもの。その仕組まれた世界の中で、私はひとりぼっちで大きくなっていかなければいけない。神様みたいなのが仕組んだ、というのではなくただそういうもので、私が特別な存在かというとそういうのでもなく、私しかいないからしょうがない、、、みたいな。今思えばこんな感じかな。ものすごく不安になって、養父に
『世界は私のためにうごいてんのとちゃうかなあ?』
ときいてみた。彼は当然
『あほか!なにゆっとんねん。』
と笑い飛ばしてくれ、ほっとした。
最近その感覚を思い出しつつある。そう娘が断乳してから少しずつ。
これもまた喫煙のお陰かもな、、、。
親子の時間
先週末から娘とずーっと一緒にいる。最近仕事がひまなので、保育園にはなるべく預けないようにしている。 今行かせているのは1時保育室で、環境が非常に悪いのだ。6帖程の狭い部屋にへたすると1日中いる。そして1日中テレビがついている、、、。来ている子供達は小さい子が多く、もうすぐ4歳の娘は先生にかまってもらえない。だから独りぼっちで遊ぶかずーっとテレビを見ている。お陰で、彼女はアンパンマンの大ファンになってしまった。
春の気配がそこらじゅうに感じられるこのすばらしい季節、2人で海に行ったり、森に入ったり、公園に行ったり、図書館でいっぱい本を読んだり。なんて幸せな毎日だろう。 昨日は海で水遊びができるくらい暖かかった。子供って海に行くとものすごくテンションがあがるんだよねえ。広い浜辺でぽつんと一人無心に砂遊びをしている我が子の姿は日の光に照らされ透き通るような美しさを放ち、ふらふら身体を動かして歩いて行く様は限りなく自由だ。思いのまま生きる、それを実現させられるのは子供の間だけなんだろうな。
明日からまた父親の所に行く。彼女と父親との関係はとってもうまくいっている。なにしろ本当に愛されているんだから。彼はしばらく引き裂かれていた彼女との貴重な時間を必死で取り戻そうとしている。昨日は彼に
『自分達2人の事と娘を含めた3人のことを混同しないでくれと言われた。』
娘との引き裂かれた時間の事を言われると、どうしても何故そうなったか?という根本的な2人の問題をほりおこしてしまう。それはやめてくれと言う事だ。そうだなあ、、、2人の問題はさておき、対娘の事は大切に考えないと。一緒に暮らしていたころはお風呂に入れる事もなければ、寝かし付けることなんて1度もしたことがない彼が今それらを必死にやっている。ただ遊ぶのではなく生活の世話をしてあげている。それは彼女にとってとても貴重な事だ。あのままいけば一生彼にからだを洗ってもらう事はなかったかもしれない。
あたしの母親には彼と縁をきってしまうように言われたがそれはできなかったし、しないでよかった。父親は1人だ。不器用で、ろくでもない父親であっても父親というのは たった一人で、その愛は深い。その表現のし方がどうであれ。 それは彼を見ていてすごく感じたことだった。だから娘からそれを奪ってしまうことはしたくないとずっと思っていた。
新しい関係を築いて行きたい。両親そろった暖かい家庭は作れなかったけど、違う形であれ、両親の愛をしっかり感じて受け止めて育っていってほしい。
そしていつかあたしも実の父に会いたい。30年以上も失われた時間は取り戻せるのだろうか?しかし無性に会いたいのだ。
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春の気配がそこらじゅうに感じられるこのすばらしい季節、2人で海に行ったり、森に入ったり、公園に行ったり、図書館でいっぱい本を読んだり。なんて幸せな毎日だろう。 昨日は海で水遊びができるくらい暖かかった。子供って海に行くとものすごくテンションがあがるんだよねえ。広い浜辺でぽつんと一人無心に砂遊びをしている我が子の姿は日の光に照らされ透き通るような美しさを放ち、ふらふら身体を動かして歩いて行く様は限りなく自由だ。思いのまま生きる、それを実現させられるのは子供の間だけなんだろうな。
明日からまた父親の所に行く。彼女と父親との関係はとってもうまくいっている。なにしろ本当に愛されているんだから。彼はしばらく引き裂かれていた彼女との貴重な時間を必死で取り戻そうとしている。昨日は彼に
『自分達2人の事と娘を含めた3人のことを混同しないでくれと言われた。』
娘との引き裂かれた時間の事を言われると、どうしても何故そうなったか?という根本的な2人の問題をほりおこしてしまう。それはやめてくれと言う事だ。そうだなあ、、、2人の問題はさておき、対娘の事は大切に考えないと。一緒に暮らしていたころはお風呂に入れる事もなければ、寝かし付けることなんて1度もしたことがない彼が今それらを必死にやっている。ただ遊ぶのではなく生活の世話をしてあげている。それは彼女にとってとても貴重な事だ。あのままいけば一生彼にからだを洗ってもらう事はなかったかもしれない。
あたしの母親には彼と縁をきってしまうように言われたがそれはできなかったし、しないでよかった。父親は1人だ。不器用で、ろくでもない父親であっても父親というのは たった一人で、その愛は深い。その表現のし方がどうであれ。 それは彼を見ていてすごく感じたことだった。だから娘からそれを奪ってしまうことはしたくないとずっと思っていた。
新しい関係を築いて行きたい。両親そろった暖かい家庭は作れなかったけど、違う形であれ、両親の愛をしっかり感じて受け止めて育っていってほしい。
そしていつかあたしも実の父に会いたい。30年以上も失われた時間は取り戻せるのだろうか?しかし無性に会いたいのだ。
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弁天様
さっき、田口ランディさんのプログに弁天様の事が書いてあるのを読んだ。
我が家のリビングの柱にその弁天様のシールがピンクの数珠とともに祀ってある。いや、、飾ってあるといったほうがいいかなあ、、。彼女とは5年ぐらい前から一緒に暮らしていて、毎日目にするような場所に置かれていたので、存在感は大きい。というか、いつも気配を感じている。輸入雑貨屋さんで買った、なんて事はないシールなんだけどとっても愛着が湧いてきていて、ついに新居では『柱』という特別の彼女だけの場所を獲得したのだった。
彼女が大暴れするらしい。なんだかわくわくする話じゃないですか、、、?!
KEY WORD
・女ー あたしは女だ!!メスの匂いのぷんぷんする程身体も心も女盛り。
・水ー 水=波と戯れるべくサーフィンを始めよう。
先日晴れた日に海岸を散歩していて、とっても気持ちが良かった。水はキラキラして、勢いのいい波の音は心地よく、焦点を合わせずぼんやり海を眺めると現実感がすーっとなくなっていく。ふと、どうしても誰かと話したくなった。しかし海に浮かぶアシカ達みたいなサーファーは誰も岸へ戻って来る気配はない。
4年前東京から海の近くに引っ越して以来、サーフィンはとても身近なものであり、サーファー友達が随分増えたにもかかわらず、あたしはまだ波に乗れていない。ずーっと観察してきた。
海は大好きだ。何時間でも浮いてられる、、、かも。やったことはないけど。泳ぐというより海に浮かぶのが好きだ。ビーチで寝そべってる人の気が知れない。海で寝そべればいいのにといつも思う。
ちょっと座って待っていようと思い岩場に向かいかけた。すると海から一人のサーファーが静かな波に乗りつつ大きなボードの上で2、3歩足を進めたりしてゆっくり岸に向い、そのままボードを抱え歩いてきた。
『こんにちは、きもちいい、、、?ですよねえ?!』
と声をかけると、聞いてくれてありがとう!と言わんばかりの笑顔を見せて
『うん!すっごくきもちいい!!』
と帰ってきた。これだけで充分だった。今度こそあたしも波にのるぞ!! その彼女に安くでボードを売ってもらって、なんとか始めよう。と心に決めたところだった。
・芸ー といえば、音楽しかない。もうちょっと音楽をからめた、自分っぽい仕事を作り出そうかな。と検討中だったのだが、これはやるべし!とさっき決めた
・言葉ーあたしの仕事は言葉を教える仕事。
というわけで、全部あてはめ、むりやり自分を盛り上げる。昨晩仕事も含めて今後の事で突然不安になって無口なママになっちゃってた。ごめんね。弁天様が一緒に暴れてくれるらしいからママもやるぜ!! 今日はいい天気!!海に行って思いっきり遊んで全部ふっとばそー! 仕切り直しにはいい日和です。
我が家のリビングの柱にその弁天様のシールがピンクの数珠とともに祀ってある。いや、、飾ってあるといったほうがいいかなあ、、。彼女とは5年ぐらい前から一緒に暮らしていて、毎日目にするような場所に置かれていたので、存在感は大きい。というか、いつも気配を感じている。輸入雑貨屋さんで買った、なんて事はないシールなんだけどとっても愛着が湧いてきていて、ついに新居では『柱』という特別の彼女だけの場所を獲得したのだった。
彼女が大暴れするらしい。なんだかわくわくする話じゃないですか、、、?!
KEY WORD
・女ー あたしは女だ!!メスの匂いのぷんぷんする程身体も心も女盛り。
・水ー 水=波と戯れるべくサーフィンを始めよう。
先日晴れた日に海岸を散歩していて、とっても気持ちが良かった。水はキラキラして、勢いのいい波の音は心地よく、焦点を合わせずぼんやり海を眺めると現実感がすーっとなくなっていく。ふと、どうしても誰かと話したくなった。しかし海に浮かぶアシカ達みたいなサーファーは誰も岸へ戻って来る気配はない。
4年前東京から海の近くに引っ越して以来、サーフィンはとても身近なものであり、サーファー友達が随分増えたにもかかわらず、あたしはまだ波に乗れていない。ずーっと観察してきた。
海は大好きだ。何時間でも浮いてられる、、、かも。やったことはないけど。泳ぐというより海に浮かぶのが好きだ。ビーチで寝そべってる人の気が知れない。海で寝そべればいいのにといつも思う。
ちょっと座って待っていようと思い岩場に向かいかけた。すると海から一人のサーファーが静かな波に乗りつつ大きなボードの上で2、3歩足を進めたりしてゆっくり岸に向い、そのままボードを抱え歩いてきた。
『こんにちは、きもちいい、、、?ですよねえ?!』
と声をかけると、聞いてくれてありがとう!と言わんばかりの笑顔を見せて
『うん!すっごくきもちいい!!』
と帰ってきた。これだけで充分だった。今度こそあたしも波にのるぞ!! その彼女に安くでボードを売ってもらって、なんとか始めよう。と心に決めたところだった。
・芸ー といえば、音楽しかない。もうちょっと音楽をからめた、自分っぽい仕事を作り出そうかな。と検討中だったのだが、これはやるべし!とさっき決めた
・言葉ーあたしの仕事は言葉を教える仕事。
というわけで、全部あてはめ、むりやり自分を盛り上げる。昨晩仕事も含めて今後の事で突然不安になって無口なママになっちゃってた。ごめんね。弁天様が一緒に暴れてくれるらしいからママもやるぜ!! 今日はいい天気!!海に行って思いっきり遊んで全部ふっとばそー! 仕切り直しにはいい日和です。
