リブログした記事の続きで、15世紀以降とされているヨガの経典『ゲーランダ・サンヒター』の読書メモ。
本物の表記ではないので誤った表現になりますが、ヨガでは
・空気を飲み込んで我慢してからオナラを出す。
・水をガボッとやまもり飲み込んで、グネグネして肛門からビチャーと出す。
・まるで脱腸か?直腸を体の外に出して手で洗う。
・親指を口に突っ込んで喉をこする。
・棒やら植物?やら長い布やらを口から入れて、消化器の内容物を吐く。
・浣腸をする。
・鼻に細長い糸を入れて口から出す。
ということをやるそうです。
やらなくなっている方法もある感じですが、いまだにやってることもあります。
ファッション体操ヨガの資格を取るためだけに、その意義も価値も分からないでちょろりんとやって、あとは一生やらないなんて人も、かなり多いかもしれません。
これね、単なる健康法という側面もあるんしょうよ。
民間療法的に正しく行うなら、何らかの効果があるのでしょう。HTはやってないので分かりませんけど。
でもね、真価はね、そんなもんじゃないんっですよ。
自分の心の使い方
肉体の使い方が
因縁となって
果報へ結びつく
これをね、古代の先輩たちは知ってた訳ですよ。
祈りを叶えるために、自分の心と体をどのように使えばいいのかってことです。
で、本記事でリストアップしたような行為をですね、特定の存在につながっていきたいなぁーという祈りをもっていたしますとですね、その人それぞれの段階や程度に応じて
餓鬼界所具畜生界
餓鬼界所具修羅界
餓鬼界所具天界
餓鬼界所具縁覚界
餓鬼界所具仏界
現代のほとんどの方々、こういうね、自分の思考や行為が、因縁になって、必ず何かの果報があるってことに無頓着すぎますね。
言い換えますと
・なりたい自分になりたい
・高次元な自分になりたい
・高次元な存在や天とつながりたい
・健康になりたい
・人間関係や仕事をよくしたい
などなど
どれでもなんですよ。どれでもね。
その果報を得るための因縁を、自力で作っていくことが可能ということです。
ちょっと語弊があるかな。他力や環境要因などが必要となることも、けっこう、多いです。
つづく